Alphekka Meridianaー3ー

 現国王派の船ではあったが、操船技術は悪くなかった。王太子派の俺達が、レスボス島との航路を活用しているため、それに引っ張られる形でマケドニコーバシオ全体の操船技術の向上に繋がっているのだと思う。

 まあ、それだけではなく、テレスアリアからの穀物の輸出のための大型ガレーの大量建造と保有など、水運自体がかなり活性化している影響もあるか。

 現在のアテーナイヱも、かつての海洋覇権を取り戻そうと頑張っているようだが、戦費と賠償金が国庫を圧迫しているせいか、保有船の数はこちらが勝っている。そして、その数の差が依頼の差にもつながり、人材もこちらへと流れてきて、海軍力では現在マケドニコーバシオに分がある。

 もっとも、ラケルデモンが占領下のアヱギーナと傀儡政権のアテーナイヱの船を全て徴発すれば拮抗してしまい、それ以外の都市国家の動向が戦局を左右するだろうが。


「そういえば、お前は何年目なんだ?」

 海岸線伝いの安全な航路に、波を見るのにも飽きて、ふと気になり、伝令に来ていたアンティゴノスの所の見習いに問い掛けてみる。

「二年になります」

 そいつは、真面目そうにそう返事をした。

 そばかすの目立つ面長な顔で、背も高いもののなんか姿勢に違和感を感じた。二年目だというのに、そいつは他の王の友ヘタイロイや見習いとは違って、乗馬に適した膝と膝の間が開いている脚の形をしていなかった。

 ふと、妙に思って何気なく訊ねてみると――。

「お前は騎兵じゃないのか?」

「はい、盾持ち部隊の候補生です」

 耳慣れない部隊名に、鸚鵡返しに質問してしまっていた。

「盾持ち?」

「えっと、現国王陛下の選抜重装歩兵部隊です」

 んむ、と、唸ると同時に眉根が寄っていた。

 それに気付き、島での対応を思い出したのか、ソイツはまた焦りだしたので、俺は軽く頭を振ってから苦笑いで更に訊ね続けた。

「王太子との面識は?」

「いえ、特には……」

 素直は素直なんだが、どちらかといえば、バカ正直と表現した方が良いような物言いに、もしかしたら将来敵になるかもしれないとは重々承知していたが、つい口を出してしまっていた。

「マケドニコーバシオの内部事情については分かるか?」

 かなり答え難そうにしていたが、こちらの顔色を窺いつつ、今度は言葉を慎重に選んでそいつは返事してきた。

「国王陛下と王太子様との間で、色々あったことは分かります。でも、結局は国家に尽くすということに変わりはありません」

 話始めこそおどおどした部分はあったが、流れるように話しだすと表情が変わった。

 良い兵士の目だとは思う。信じるものがあり、それに殉ずる迷いのない眼差しだ。

 しかし、アンティゴノスの元で指揮官としての教育を受けているのなら、それだけでは不十分だとも感じる。

 かつての俺自身も、剣を抜けば結局はなんとかなると安易に考えていた部分はあるが、それ故に武装商船隊では失敗し、敗北と挫折を味わった。いや、人は、痛い目を見なければ学習できない生き物なのかもしれないが、挫けた時、立ち上がるための切っ掛けは手にしておくにこしたことはない。

 どこまでこちらの真意を汲んで貰えるかは不明だったが、俺はゆるゆると首を横に振って、半ば自分に言い聞かせるように口を開き。

「その姿勢は悪くは無い、だが、それだけが解では不足だ」

「不足、ですか?」

 俺がはっきりと口にしたせいか、質問する声色と言うよりはどこかふてたような色も感じてしまい、苦笑いで更にソイツに向かって訊ねた。

「国家とはなんだ?」

 若い見習いは、返事をしようと口を動かすものの、結局言葉は出てこずに、最後には口籠もってしまった。

 当たり前であるが故に、質問の答えも広く、また、自分達の身分を保証する前提条件でもあるが故にはっきりとは答えにくいものなのだろう。そこで、俺は質問をばらして、もう少しだけ答え易いように訊いてみることにした。

「国王だけがいればそれは国家なのか? 民会が最高機関なのか? もしくは、王が代替わりした際に大きく政策が変われば? なにを以ってお前が尽くすマケドニコーバシオと定義する?」

 ん? と、一歩踏み出して矢継ぎ早に訊ねてから首を傾げて見せれば「それ、は……」と、どれかひとつを選ぼうとして――その唇が、国王と、言いかけたのを俺は見逃しはしなかったが、再び沈黙するソイツにそれを咎めることはせずに、どこかぶっきらぼうにそっぽ向いて俺は言い放った。

「悪いが、答えは無い。考え抜け、若人」

 どの程度、俺の態度からソイツは察したのかは不明だったが、短い沈黙を挟んでから再び声が俺のそらした視線を追いかけてきた。

「はい。……ちなみに、アーベル様はどうお考えなのですか?」

 まあ、そうくるよな、とは予想していたので、視線を再びその盾持ち部隊の見習いへと移し、ニヤッと笑い――。

「まあ、王太子派の筆頭ではあるな。そういう意味では王権と言える。ただ、そもそも俺はラケルデモン人であり、生粋のマケドニコーバシオの自由市民ではないからな。他の定義を選ぶのが難しいからだけって背景もある。しかし、今ここで皆といるのは、ギリシアヘレネスの新しい時代のためであり、そういう意味では政策に傾く」

 まず初めに、はっきりと、違う派閥であることを示せばソイツは少し動揺した様子だったが、一拍後には俺が敢えてそれを口にしたことの意味を考えているらしく、唇を結んで悩み始めている。


 どっか過去と被るようなその姿に、口角を下げ付け加える俺。

「急ぎ過ぎるな。それが、個人に対する忠誠であれ、政策に対する賛同であれ、理想への共感であれ、本心からの決断でなければ後悔するぞ?」

「はい」

 最初と同じように、素直な返事が返ってくる。


 流れる風が孕んでいる潮の香りが変わっていた。

 マケドニコーバシオ本土は近い。

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