夜の始まりー2ー
「やれやれだ」
野営地の中央よりもやや奥の天幕で、麦藁を重ね布でくるんだ簡単な寝台に腰掛ける。
作戦会議の俺の案通りに和睦がまとまったが、工事が計画に沿ってきちんと行なわれるかを監視するため、基礎部分の工事が済むまでの五日程度は留まって見届ける必要がある。
冬が過ぎ去り、土地や水を巡り諍いの訴えは増えている。
いつまでも減らない、しかも、変わり栄えのない仕事に溜息を吐きたくもなる。
「己も我慢してんだから、文句言うなよ」
兜を外した王太子が、横顔――左側の空色の瞳で俺を見て、苦笑い交じりに告げた。
それは若い
まあ、この天幕には俺とアデアと王太子の三人しかいないので、愚痴を言ってしまう隙を見せられる程度には油断しているんだろう。
王太子の肩でも揉んでやろうかと思ったが、アデアが寝台に飛び込んで俺の太股に頭を乗せたので、立ち上がることは止めた。
「鎧を脱がせ」
アデアの横柄な物言いに軽く嘆息しながらも、布を重ねて青銅で補強したアデア専用の軽い胸鎧を外してやる。
「へばるなら、戦場についてくるな」
「煩い。我が夫が、あちこちの戦場に出向いて、ペラに長く留まらぬのが悪いのだ」
はいはい、と、投げ出した足をパタパタと振るアデアの背に掌を乗せて適当にじゃらす。
ふと、王太子が微笑ましく俺を見ていたので――。
「もう少し、状況が落ち着けばな」
と、先に口に出した。
膨れたアデアと、肩を竦めた王太子。
俺も、去年辺りからめんどくさくなって否定していないんだし。
「あれから、もうじき三年になるのか」
「なんだ、年寄りみたいに」
ぼんやりと呟いた俺を、今度は正面から王太子が見つめてきた。
そう……、現国王がテレスアリアの統治者となって二年と十一ヶ月になる。
長かったような短かったような、不思議な感覚だ。
マケドニコーバシオ王がテレスアリアの統治者となった後も、すんなりと権力の移行が進んだわけではない。むしろ、
そして、それだけでなく、支配者の交代にで噴き出してきた各都市間の諍いの仲裁に、連絡用の街道の再整備、テレスアリア・マケドニコーバシオ間の関所の統廃合と、他国との国境問題と、するべきことは山積みだった。
そんな余裕がない状況だったからか、現国王派王太子派とが争うような余裕も無く、なあなあの内に和解しているような空気が出来上がってしまっていた。後継問題は棚上げされたまま。
俺も――。
王太子の右腕として、テレスアリアの反対派都市の制圧や、トラキア方面の領土拡大と、時流に流されるままに戦い続けていた。
そう、昔と違って、自分自身で流れを作って切り開くのではなく、流されるまま。
反対派都市を攻める際にも、トラキア方面を平定して殖民都市を構築する際にも、事前に入念な打ち合わせをし、準備をし、万全な状態で挑んでいた。
無論、反対派都市への包囲が行き詰ることや、トラキアの援軍にアカイネメシス等の他国の軍が表れて侵攻を妨げられることもあったが、既にマケドニコーバシオはひとつの戦場の勝敗で揺らぐ程度の国家ではなくなっていた。
それが悪いっていう訳じゃない。勝つためには、今の形が正しいはずだ。
ただ、そうした戦いの質の変化によって、いつからか、戦場が自らを奮い立たせるものではなくならせてしまっていた。やるべきことははっきりしていて、利益と損害から戦うか退くかを決め、基本的には然程難しくはない計算によって戦いにおける人・物・金の収支がはじき出される。
今日の戦場の光景が、少し前にあった過去の出来事のように見えたり、逆に軍を動かす前からその結果が目の前に広がっているような感覚がすることさえあった。
殺人衝動は変わらずにあったが、いつからかそれは、戦場におけるちょっとした余興程度に変わっている。
最古参の
俺だけでなく、
南部に先進国が乱立していたのは過去の事で、
あの、かつては
アテーナイヱは、サロ湾の決戦後も篭城戦を続けたが、結局、状況を変える術を見出せないまま、その年の冬には降伏した。ラケルデモンは、一時的にアテーナイヱを支配下に置いたものの、各地に配備するだけの人員がいないのか――、はたまた、耕作に不向きな土地だから最初から領土を奪うつもりは無かったのか、多額の賠償金を課し、旧支配者層を殺して傀儡政権を打ち立て、ラケルデモンの属国とすることで一応の終戦をみた。
その結果、
おぼろげながら、誰もが時代が大きく変化しているのだと感じていた。
ラケルデモンとアテーナイヱとの大戦から、もうじき三年になる。
次の大きな戦いが、
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