夜の終わりー3ー

 望外の報告ではあるが意外過ぎてすぐには喜べなかった。統治者? ああ、まあ、確かにテレスアリアは農業国だが民主制で、民会で選ばれた統治者が終身制の国王のように振舞う国家だったはずだが……。

 って、今の統治者が死んでないのに、代えるのか⁉

 ……なぜ?


 伝令から報告を受け、ちょうど島内の全てのギリシアヘタイロイが揃っているので、そのままテレスアリア側からの親書及び提案の評価会を開くこととなった。

 王太子が親書の内容は、こちらを感謝し、賛美する修辞語が多く使われていたが、要約すれば以下の四つになる。


 第一、テレスアリアの統治者としてマケドニコーバシオ王を戴き、各都市に監督役を派遣できるものとする。

 第二、ただし、国家としてのテレスアリアはテレスアリアとして存続し、民会との並立を行う。

 第三、軍事行動の際の指揮権はマケドニコーバシオ王にあり。テレスアリアは兵士を供与する。よって、テレスアリア防衛の指揮もマケドニコーバシオ王の責任において実施する。

 第四、テレスアリアにおける現行の身分制度を永続的に維持する。


 以上の条件を全て呑めば、テレスアリアはマケドニコーバシオ王の統治する土地となるわけだが……。

「一応確認するが――」

 皆、内容に関して頭を悩ませているので、まず俺が議論の糸口にでもなればと口を開くことにした。

「テレスアリアには、兵士の帰還に関する交渉をしていたよな?」

 そもそもの問題は、そこにある。

 俺達が助けたテレスアリア兵は、まだその大部分がミュティレアに滞在していた。表向きの理由としては、重病人の手当てや帰還のための船、そして、テレスアリア側の受け入れ態勢の準備のためだ。ただ、裏側の事情としては、戦果を現国王に掠め取られないようにするためでもあったし、テレスアリア兵の治療費や食費、その他さまざまな費用請求といった実利面での交渉をすすめるためであった。

 綺麗ごとだけではないのだ、国と国の関係というモノは。

 無論、王太子派だけで交渉を行っていたのは、現国王側からの余計な口出しを防ぐためでもあった。


 ちなみに、改めて全員に問い掛けたのは、テレスアリアとの交渉の際に独自に動いていた者がいるのかいないのか、いるとしたらその内容の確認のためでもある。

 ここまで自体が大きくなっている以上、個々の仕事の内容も明らかにする必要がある。

 無論、国の統治に関する内容までを独断で進めるとは考えられないが、なにかの連絡、もしくは恫喝が誤解して伝わった可能性は否定できない。

 俺達は、基本的に戦略目標の決定などは王太子が行うが、日常的な問題解決や予算を全て王太子に相談していては業務が停滞する。って、そもそも王太子も身が持たないだろう。

 ギリシアヘタイロイの側に関しても、プトレマイオスのようなマケドニコーバシオ貴族も多く、領土領民を保有し、その統治のための軍を保有していたり。もしくは大規模な事業を行っていて、雇っている無産階級や奴隷を統制するために私兵も保有している場合が非常に多い。

 人が多く集まる以上、必然的に外交的な交渉も必要になってくる。事業の他国への拡大のため、辺境都市の防衛のためなど、名目は様々だが、王の友ヘタイロイ各個人が、其々の意図で他国に話の通じる人間を作っており、些細な交渉なら日常的に行っている。

 マケドニコーバシオと領土を接するテレスアリアは、国境に関する部分だけでなく、商業的にも関係のある王の友ヘタイロイが多い。


 俺が口を開いてから、一拍間が開いたが、最初に噴き出したのはプトレマイオスだった。

「まさか、お前がそれを言うとはな」

 うん? と、首をかしげてプトレマイオスの方へと顔を向ければ、可笑しいのと――思い出して怒っている複雑な顔をしたプトレマイオスが続けた。

「アルゴリダの一件は、もうわすれたのか?」

 ……あ、いや、その……その件に関しては、まあ、うん、確かに俺は、暴走したが……。

 プトレマイオスの的確すぎる切り替えしに、赤面して閉口してしまう。反論が、ひとつも思い浮かばなかった。

 俺の内部に充分な動機はあり、ラケルデモンからの亡命者の受け入れと、その組織化、俺とは別の王位継承権がある異母弟の確保と成果も出たが、それは結果論だしな。

 非常に危険な作戦でもあったし、救援がなければ俺は死んでいた。


 ……ここですまないと言えれば良いんだが、生憎、そこまでの可愛げは、まだ自分の中にない。プトレマイオスとか、ネアルコスとか、王太子とか、そうした仲が良い王の友ヘタイロイに対して、こっそりと言うのはやぶさかでもないんだが。

 しかし、プトレマイオスはそれ以上の追求はせず、逆に、俺のそんな態度を不憫に思ったのか、ネアルコスが話題を変えてきた。

「現国王側からの働きかけでしょうか?」

 普通に考えれば、他に思い当たりはしないし、そもそもここにいる王の友ヘタイロイは現国王の命令で国外追放された者達なので、心証の面でもそれを否定するものはいなかった。

 だが、殺伐とした空気を一変させたのは王太子だった。

「サロ湾付近での海戦へ援軍を出したことで、ラケルデモンとの関係が急速に悪化し、マケドニコーバシオへと泣きついた、そんなところではないか?」

 一応の納得は出来なくは無い。

 ただ、それだけの理由で存命の統治者を代えることになるのだろうか?

 まあ、マケドニコーバシオ以外にも、アテーナイヱとラケルデモンが干渉して来てるのかもしれない。その統治者とやらが、複雑に絡み合った糸――いや、各国の意図を自力で読み解くことをやめ、投げ出した結果として……。

 あー、そうか、だから四つ目の条件でテレスアリアにおける身分制度の維持を要求してるのか。

 自分の手には負えないので、それが出来そうな人間にやってもらいたい。ただし、財産や生命、その他利権は投げ出したくない。この段階でそこまで保身に走る意味も分からないが……いや、慣れてなければ、未だに陸戦最強国でサロ湾での戦闘で勝利したラケルデモンからの恫喝は相当に利いたのかも知れないな。

 ついでに言うなら、先にテレスアリアへ返したのが、軍幹部連中なので、その発言から、過大な恐怖を想像したのかもしれない。

 ……身分制度の維持の条件の解釈を、農奴による労働力の保持の名目だと思い込んでしまうとは、俺もちょっとどうかしてたな。


「微妙、といえば微妙だな」

 いつまでも恥辱に顔を赤くして黙っているわけにはいかず、俺は表情を引き締め、王の友ヘタイロイとして発言した。

 どちらかといえば、テレスアリア側からの提案そのものには――現国王の権力拡大は面白くはないが、マケドニコーバシオ王という表現である以上、長期的に見れば利益になる――好感を示していた王の友ヘタイロイの視線が再び俺に集まった。

「版図が増えるのはありがたいが、テレスアリア各都市にマケドニコーバシオの統治が行き届き、属国化させるためには……上手くやったとして最低限の形が整うまでに数年はかかるぞ?」

 領土の一部を奪ったとかではなく、国そのものの属国化が大変なことは、ラケルデモンがメタセニアを攻め滅ぼした事例や、アルゴリダの傀儡化に関する話で充分に知られている。

 確かにマケドニコーバシオは、主にトラキア方面に領土を拡大しているが、基本的には征服地の異民族を奴隷とし、都市の浮民を入植させた殖民都市の建築であり、それは、文明都市を支配することとは全く異なっている。

 最初の段階で違っているとはいえ、ラケルデモンがメタセニアの組織立った反抗を全て潰えさせるのには数十年掛かっている。

 さっき口にした数年と言うのも、テレスアリア側からの提案、そして王の友ヘタイロイの能力を鑑み、若干甘く見積もった結果であり、本音では相当に拗れると思っている。

 そもそも、王の統治が行き届くためには、主要都市から新都ペラへと続く街道を整備し、連絡網の構築が必要になる。軍の徴集や移動に関する、要塞や関所の統廃合と新設に……。

 ああ、経済面では前から働きかけているので、そっちの法整備は良いとしても、条件の第二項でテレスアリアは国家としては存続するって言いあがってるので、国庫の管理に関する折衝は……。

 って、その煩雑な業務まで予測した上で、王太子の追放処分を撤回し、働かせるつもりだったんじゃないだろうな?

 現国王の評価は低い、が、遡って考えれば、この結果を予見していた節があり、微かに背筋を寒いものが這い上がった。

 王太子よりも現国王が優秀だとは思わない。だが、油断は出来ない。

 ミュティレアを独自に抑え、テレスアリア救援作戦を成功させた事で忘れていたのかもしれないが、追放された今、俺達の立場は決して安定しているわけではない。


「逆にちょうど良いのではないか?」

 会議全体が、条件の内容や統治の難しさに関する部分へと移行しつつあった時、明確に俺の意見を否定したのはプトレマイオスだった。

 視線を合わせる。平時とは違う冷徹な視線がそこにあった。

 プトレマイオスは――、普段は常識人として振る舞い、各王の友ヘタイロイの間を上手く調整している。

 ただ、本来はマケドニコーバシオの貴族であり、土地を守る、また、領民を守るという点では非情な一面を見せることもある。

 ヤると決めた時は、たとえ誰とでも戦う。

 そうした、思い切りの良さも持ち合わせている。


 俺がプトレマイオスが本気なのを認識したことにプトレマイオスも気付いたようで、うむ、と、ひとつ頷いて見せると――。

「ラケルデモンも、アテーナイヱとの戦後処理で同じだけの時間が掛かるだろうし、最後にギリシアヘレネスの覇者を決める戦いには間に合うだろう?」

 …………。

 確かに、な。

 王太子の理想である世界国家の樹立が容易な道でないことは、最初から皆解っている、か。

「アーベル」

 会議の意志がはっきりと固まったところで、王太子が俺に呼びかけた。

「ラケルデモンにおける過去の事例から、占領統治初期の問題点のあぶり出しを頼む」

「レオや、亡命ラケルデモン人に協力を仰いでも?」

「許可する」

 今、王太子に協力するラケルデモン人は俺だけではない。折角アルゴリダで助けたんだ、あの老将にももう少し頑張ってもらうとしよう。

 俺が王太子へと頷き返すと――、王太子は更に続けた。

「この場で、お前さんだけが己に同行できる。解るな? お前さんには正式に国外追放処分が出ていないからだ。テレスアリア側の出した条件の吟味、己の護衛、忙しくなるぞ……兄弟」


 王太子は、これまで、王の友ヘタイロイの前では俺を兄弟とは呼ばなかった。

 アデアとの婚約により、身内と言う意味では呼べなくはなかったのだが、時期尚早と見ていたのだろう。それが、今は、この場でも兄弟と呼んでいる。

 そして――。

 その声をはっきりと耳にしていた王の友ヘタイロイの皆も、それに動揺しなかった。

 ……そういうことなのだ。


 俺は、真っ直ぐに王太子へと向き直り、大きく頷いた。

「ああ、任せてくれ」

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