夜の終わりー1ー

「……では、アテーナイヱ軍の行動に関してはどこに問題があったのだと思う?」

 ミュティレアの円堂の一室で、王太子が俺達に向かって次の議題を提示した。

 政務というほどのことではないが、こうした分析や意見交換は重要だ。他国と同じ失敗を防ぎ、また、他国の政策や軍制の有効なものは取り入れるためにも。


 サロ湾近辺での戦闘もひと段落し――、テレスアリア兵の帰還に関する交渉中ではあるが、緊急の案件がないため、レスボス島に居る王の友ヘタイロイは全員集合している。ただ、クレイトスやリュシマコス、その随伴の重装騎兵ヘタイロイや少年従者が報告のために新都ペラへと戻っているため、集まった王の友ヘタイロイやその候補生は然程多くはない。元々はミュティレア都市軍の将軍達だけで使っていた会議室が、やや広く感じるくらいだ。

「今回のは、戦闘の経過に関する問題ではない気もするな」

 クレイトスがこの場には居ないため、実際に矛を合わせた将として俺がまず答えた。

 うん? と、軽く首を傾げた王太子。

「いや、アテーナイヱ軍の戦闘における問題点は、確かに多かった。だが、その諸問題は古典的な部分であり、既に充分に研究され、マケドニコーバシオ軍において同じ事が起こるとは考えられない。であれば、作戦の問題よりも、戦闘に至る前の派兵――ああ、つまり、戦略における問題点の討議の方が意味があるのではないか?」

 ふむ、と、一同が納得しかけたところで、不意に声が響いた。

「それは、ラケルデモン軍との撤退戦の内容についての評価を後回しにしたいということでは?」

 声の方へと顔を向けると、どこかで見たような……? ああ、プトレマイオスが渋い顔をしていることから察するに、多分、俺に昔ついていた少年従者だ。

 顔が四角くなってきて、大分大人びてきているようには見えるが……いや、まだ見習いのようだな。並び立っている王の友ヘタイロイのひとりが、どこか気まずそうな顔をしている。

 俺の元を離れた後、別の王の友ヘタイロイについていたが、追放名簿に載っていたばっかりに、また俺と顔を合わせることになって色々と思うところがあった、ってところかもしれない。

 つい、クスリと笑ってしまった。

 普通は、あまりこうした場で口を開かないためか、緊張のためか赤い顔をしている少年従者。

 まあ、これも俺自身が蒔いた不和の種ではあるな。

「そうだな、撤退戦の分析の方が、今後のためにつながる可能性もある。忌憚の無い意見を聞かせてくれないか?」

 怒声ではなく、むしろ、緊張をほぐしてやろうと、意図的に穏やかに尋ねたんだが……。

 なにか裏があるとでも――後で、ぶん殴られるとか――勘繰ったのか、発言した少年従者と王の友ヘタイロイは、かえって萎縮してしまった。

 いや、まあ、日頃の言動的には思い当たる節がありすぎるので、まいったな、と、頭を掻いていると。

「迎撃戦において、間合いの不利があったのではないですか? なぜ、投石による足止めではなく、抜剣しての突撃を命じたので?」

 ネアルコスが、いつもの人好きのする笑顔を少年従者とそれを監督する王の友ヘタイロイへと向けてから、同じ表情を俺に向けて訊ねてきた。

 露骨に安心した二人が、どこか可笑しく。また、一瞬眉をひそめたプトレマイオスが、なにか言おうとして――多分、場の空気を戻すために双方を叱るつもりだったんだろう――でも、それを口に出さずに飲み込んだ難しい顔が、どこか笑みを誘う。


「確かに、そこは悩んだ。しかし、地形的には布陣が限られていたので、投石器を振り回す予備動作の時間を考えれば、連射できたとは思えない。その上、投石兵の狙いを外すために敵が散会し、騎兵の突撃力を活かした殲滅が出来ない可能性を考慮し、接近戦を選択した」

「やはり長槍が要るのではないか?」

 と、俺が言い終えると同時に、重ねるように言ったのはプトレマイオス。

 まあ、最初から言われ続けてきたこと――特に設立に立ち会ったプトレマイオスからは、何度も――ではあったので、いつもの苦笑いで、しかし、今回の戦闘を踏まえて俺は答えた。

「戦いの内容だけを考えた場合、それは否定しない。だが、行軍を含む撤退戦全体を考えた場合、長物や重量のある武器は、足が鈍る。今回は、更なる追撃がなかった。だが、次もそうだとは限らないしな」

 場の雰囲気は、やや微妙。

 まあ、配備するって言うなら使わないことはないし、長槍そのものも制式採用された槍なら、量産・補修・補給に難がないのも確かではある。ただ、マケドニコーバシオの長槍は、その長大さもあって、両手でしか扱えないからなぁ。

 軽装歩兵用の取り回しやすい三日月盾を使えないと、乱戦ではやや難がある。

 いや、乱戦にならないように戦えって事かもしれないが……。

 まあ、試しに使わせてみても良いんだが、その結果が芳しくなくて部隊の意義そのものに疑問を出されても困るんだよな。

「そうだな。設立当初からあるように、正面からぶつかった戦いには俺の軍団は適しているとは言い難いかもしれない。しかし――、一番、普通の部隊だからこそ汎用性が高いんだ」

 ともかくも、押し黙るのは会議の場では相応しくないので、俺は喋り続けたんだが。

「普通?」

 意外だと顔全体で表したプトレマイオスが訊き返してきた。

 習熟に時間の掛かる剣を使っている部隊は、確かに普通と言うのは違うかもしれない。いや、俺が言いたかったのは、得物が変だとかそういう部分ではなく、もっと、こう……。

 と、言うべき台詞に悩んでいると、王太子が口を開いた。

「重装歩兵は速度に難があり、騎兵は小回りが利かない。また、二つの兵科共に、障害が苦手で、攻城戦には不向きだ。なにが起こるか分からない戦場であればこそ、特化した部分がないが、その分、苦手とする分野の少ないアーベルの軍は有用だ。そういうことだな?」

 ああ、なるほど、と、意外な程あっさりと場が静まったが、上手くまとめられ過ぎられるのも考えものだな。若干、面白くない。

 考えていた台詞を飲み込んで椅子に座りなおすと、王太子は更に言葉を続けた。

「では、良い機会なので、今回の撤退の経路を、他の軍団で務めた場合の所要日数と必要な糧秣の量を次までにまとめ、比較しようか」

 ここまで完璧に補足されてしまうと、苦笑いも出ないな。

 おそらく、費用対効果の面で、俺の軍団を否定する意見はかない抑えられるだろう。

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