Syrma-16-

 戦いが終わり――、浮かれる兵士の中で大きく息を吐いた。

 苦戦でなかったとは言わない。しかし、想像していたよりも意外とあっさりと壊滅できている事実が少し信じられなかった。

 今回のラケルデモン軍が海戦を意識していたのは分かるが、騎兵への応手のひとつふたつ浮かんでもおかしくはないのに。部隊としての運動は無理でも、各個人が馬との戦い方を知らなかったとも思えないし。


「損害を確認の後、報告しろ。負傷者の手当てをし、戦場で価値のある品を確保しろ。昼食は野営地で取り、午後には移動する。撤退は速度が要だ、目先の勝利に浮かれるな」

 クレイトスと向き合ったまま俺の配下の兵士に命令するが、同時にクレイトス側にも俺の意図は伝わり、軍団の幹部に当たる人間は兵站の管理のために慌しく動き始めた。

 個々の兵士が、戦勝の記念に相手の装備を略奪するのは別に構わないが、記念品とならない水袋や保存食、医薬品は軍団全体で管理しておきたい。

 俺自身も、クレイトスと話すことよりも近くの死体を改めることを優先し、今回の戦いの評価を吟味してみるが……。

 斬られ、そして、馬に踏まれた死体。身体の損傷は多いが、頭は無事だった。兜を脱がせて見る。下級兵だな。兜の質が良くない。金属部分はほとんどなく、布と木片を組み合わせた兜だ。顔は――。

 中途半端な髭は、追撃戦ということで身だしなみに気をつけられなくなった証だろう。ここ数日で起こった変化だ。指揮官や部隊の振る舞いに違和感を感じたんだが、単に指揮官アイツだけが際立って変だったって話か?

 俺の考えすぎか、と、立ち上がろうとした際、馬に踏まれてひしゃげた胸鎧の隙間に、ふと目が止まった。

「どうしたのですか?」

 前に話したことのあるクレイトスのところの若い騎兵隊長が俺の隣で馬から降り、俺の横で同じようにしゃがみ込み、敵の死体をまじまじと見つめた。

「……いや」

 日焼けの痕に少し違和感を感じた。

 改めて死体の男の年齢を推理してみるが、若く見積もっても二十代後半、どれだけ上に見た所で三十代の半ばは過ぎていないだろう。

 ラケルデモンは、年齢に応じて厳格な階級制度がある。少年隊、青年隊、そして自由市民と。無論、日常的な服装に関してもそれははっきりと分かれており、この男が自由市民であったとするなら、上半身全体に長く日に焼けた痕跡があることは不自然――腰巻きひとつの少年隊なら別だが、自由市民なら他国と同じ装いをしている――だった。

 髭の感じから、もしかしたら半自由民――ラケルデモン人の犯罪者は、半自由民とされ、商工業を担当し、顎鬚の半分を刈られた特徴的な姿をさらして生きる――が、許され、髭を整えた後に参戦したのかもしれないが……。

 いや、それにしたって、あまり外に出ない半自由民がこんなに日焼けしているのは不自然か。商工業を担当しているので室内での作業が多く、また、その特徴的な姿を少年隊や青年隊にバカにされるのを嫌って半自由民はあまり外出したがらないのだから。


「知り合いカ?」

 クレイトスが騎乗したままで訊ねてきた。

「悪ぃが、レオとエレオノーレ以外に親しいやつはいねえよ」

 ハッ、と、バカにするように短く笑ったクレイトスだったが「ほとんど全員、大人になる途中で死んだからな」と、俺が続ければ微妙な顔で絶句した。

「しかし、ふぅむ」

 持ち物を確認してみるが、急にクレイトス達を追うことになったからか、大したものはもっていなかった。軍用の鋲のついたサンダルも武具もラケルデモンの制式装備品だし、他には、水と木の実が少々、痛み止めのハーブ。

 ああ、アルゴリダは今、再びラケルデモンの支配下に戻ったんだし、そこで徴用された兵士なのかもとも思ったが、前に目にしたアルゴリダ人の特徴と目の前の男は一致しなかった。

 周囲の他の死体も検めてみる俺と、その横を、どっか楽しそうな顔でぴょんぴょんとうさぎ跳びでついてくる若い騎兵隊長。

 死体なんて眺めてなにが楽しいんだか分からないが……いや、悩む俺の顔を見て面白がっているのだとしたら、中々に良い性格してあがるな、この男。

 もし後者だったなら、将来王の友ヘタイロイになれる見込みがありそうだな。良かれ悪しかれ。

「なンだよ。時間が無えのに、もったいぶるなっテの」

 傍から見れば、のんびりと検分しているように見えるのか、クレイトスが焦れたように声を荒げた。ので……確かにこれ以上観察しても新しいなにかは見つからないか、と、死体の荷物から、ラケルデモン式の鉄製のハルパーを奪い、若い騎兵隊長へとそれを譲ってから俺はクレイトスと向き合った。

「いや……こいつ等、ラケルデモン人じゃない、かもしれない」

「はァ!?」

 完全に意表を衝かれたのか、らしくもない素っ頓狂な声を上げたクレイトス。って、そんなに驚くほどの事でもないんだがな。

 アテーナイヱが疲弊し、キルクスなんかの援軍さえも喜ぶような状況なんだから、ラケルデモン側だってどこかに助力を求めていても不思議ではないんだし。

「なにか、違和感がある」

「でも、どう見てもアカイネメシス人ではありませんよ。ラケルデモンの同盟国の兵士でしょうか?」

 マケドニコーバシオでは未だに青銅のパルパーが一般的なので、鉄の黒さと鈍い刃の輝きをしげしげと、しかし、輝く目で眺めてから、若い騎兵隊長が俺に訊ねてきた。

 確かに、ラケルデモンにも同盟国は多い。俺の祖父が懇意にしていたらしいコンリトス以外にも、エリアスやアカディアなんか……というか、ペロポネソス半島のほぼ全域がラケルデモンの影響下にある国々だ。豊かな耕地を持つメタセニアみたいに完全に征服されていたり、アルゴリダのように過去の栄光しかないので放置されていたりと対応に差はあるが。

 ただ、国政への口出しを行っていたとしても、ラケルデモンの法を完全に適合させてはいない。というか、しても無駄だ。戦い方は、その国の市民の特徴が反映される。

 剣捌き、隊列、戦略、今回感じたそのどれもがラケルデモンにおける教育を忠実に反映した内容であった。

「いや、戦い方そのものはラケルデモンらしさを感じるんだが……」

 と、そこで話がまたもとの地点に戻ってしまっていることに生地分で気付いて苦笑いを浮べてしまった。

 時間が無いのは確か、か、後でレオにでも相談してみよう。ラケルデモン内部で、なにか大きな変化が起こっているのかもしれない。

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