Syrma-9-

 ファランクスを組む際の基本単位の一列――すなわち十六人を一部隊とし、一列に整列させたものを二列縦隊として行進させる。通常のファランクスの進軍と同じように、笛の音で歩調を合わせているが、他にも有り合せの楽器――とはいえ、戦場であつらえた太鼓以外にも、職工の手による装飾の施された七弦の竪琴のライアーなどもあったが――を伴奏としている。

 野営地の中央部で一息ついていたテレスアリア兵は、最初こそざわついていた。だが、マケドニコーバシオの紋章と、一糸乱れぬ行進を前にすぐに静まった。

 俺を先頭に俺の軍団の四部隊が広場へと入り、王太子が演説をする段の左右に二部隊ずつ展開する。

 全員の足が止まった後、俺が中央で剣を掲げると、兵士達は槍を天に衝き立てるようにして構え、その後、一礼して姿勢を正した。


 俺の軍団の行進が完全に終わると同時に、曲調が変わった。騎兵は音で歩調を取ることが難しいからだ。その分、俺の時よりも耳に残りやすいような曲を選んでいる。

 戦場に来ている少年従者が多ければ、ロコス――――演劇の際に合唱したり、劇についての朗読などを行う――を編成できたのかもしれないが、それでも充分に雰囲気が出来ていた。

 ……もっとも、俺がラケルデモンで慣れ親しんだ他国からは荒々しいと評されることの多いドーリア音階ではなかったので、どことなく盛り上がりや戦場の華々しさに欠ける気はしてしまったが、北部の都市としてはミュティレアでよく演奏されているリディア式の音階は珍しいらしく、興味を惹くには十分のようだった

 俺の兵は重装歩兵でないため派手さは無かったが、だからこそ王太子や他の王の友ヘタイロイ、そして、周囲を固めるクレイトスの煌びやかな騎兵が際立っている。

 心理的な威圧感を出すためか、歩兵の後ろに騎兵が並ぶ。

 騎兵の方が数は少ないので騎兵は一列ではあったが、騎乗していて高さがあるので歩兵の背後に立つと、立体的にかなり重厚な陣容に見えるだろう。


 王太子が馬から降り、あつらえられた壇上へと登る。

「両国の友情のために」

 王太子の呼びかけに応じ、先程会った、クレイトスが連れてきたテレスアリア人部隊の副官が前に出てきた。

 明らかに場の空気に呑まれている。

 いや、それは副官だけではなく、この場に居合わせたテレスアリア兵全体が。


 演説の内容そのものは、当たり障りが無い内容だった。

 ……いや、下手だとかそういうことではなく、事前に事務方の王の友ヘタイロイで草案を練った物を王太子の言葉で表現しているだけで、驚くような発表は無い。

 戦場では勝つこともあれば負けることもあるとか、無事で嬉しいとか、マケドニコーバシオとテレスアリアは友好国であり、その義務を果たしたとか、そんなことを嫌味にならない程度の修辞語を混ぜて話している。

 しかし、敗戦後のテレスアリア兵にはこれで充分なのかもしれない。むしろ、奇を衒った演出が受けるかどうか分からない以上、基本に忠実な方が失点とはなり難く、また、助けられたという状況を活かす上では、それが最適なのだろう。

 軍の威容を見せることで、安心――ラケルデモン追撃隊への不安を軽減――させると同時に、支配――反逆や喧嘩、窃盗などの犯罪の抑制――を行う。


 テレスアリア兵の顔を見れば分かる。

 すっかり王太子に心酔している。

 そしてそれは――、かつての俺自身の姿でもあったのだと思う。

 だからなのか、そっと誰にも聞こえないように俺は呟いてしまった。

「上手いな」

 俺には真似出来そうにない。

 ……いや、違うな。

 同じ事を行ったとして、同じだけの結果を出せないと思う。

 人は其々異なっている。王太子と俺は別の人間だから、当然と言われればそれまでだが、生まれ持った部分だけが、現状へと繋がっているとは思えなかった。

 それは、これまで受けてきた教育による立ち居振る舞いに関してや、今に至るまでに行ってきたことの結果であり、名声であり、評判であり、実績に基づく自信であり……。

 そうした、俺に無いモノの結果として、人を導ける王太子と人を斬るだけの俺とを隔てているように思えた。

 恐怖だけでは人は支配できない。

 しかし、俺は恐怖を与えることしか学んでこなかった。


 誇らしい反面、少しだけ、心がざわつく。


 自らのプシュケーの性質と違うモノを目標としてしまったら、永久的にエンテレケイア――完成された姿――には至れないということなんだろうか?

 王太子のようになることだけがエンテレケイアではない、と、思う。思いたいが……。


 異母弟にラケルデモンの未来は託した。王の友ヘタイロイの皆と共にマケドニコーバシオ、ひいては王太子のために戦う。己自身のつまらない野心は捨てたつもりではあったのだが、こうした場面で浮かび上がってくる劣等感を拭い去ることまでは、まだ出来ていなかった。

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