Syrma-3-

「クレイトスは?」

 先頭の騎兵が横を駆け抜ける際に訊ねれば、戦場の音――軍馬の駆ける音や嘶き、悲鳴に怒号――に掻き消されないよう、怒鳴るような声で返事が背後から返ってきた。

「最後尾に!」

 なるほど、味方の陣地目掛けて進軍させているなら、殿の方が指揮はしやすいか。特に今回は殺して良い兵士と悪い兵士の境目が曖昧なんだから、その見極めのためには最後尾が正解だ。

 とはいえ、それなら少しは余計なのも蹴散らしてから連れて来いよ、とも、思ってしまうがな!

 おそらく、今、軍道を逃げてるのはほとんどがテレスアリア兵のはずだが、うっすらと見え始めた後半の方は明らかに他の国の兵士も混じっている。逆涙滴型、もしくは南方の古代王国のヒョウタンのような、尻にかけて膨らんだ歪な隊列だ。

 とはいえ、騎列で守ってしまっている敗残兵に下手に手出しして場を散らかすわけにはいかないが。


 軽く嘆息する。

 テレスアリア以外の連中をどうするのかは……いや、それに関しては他の王の友ヘタイロイが担当する、か。俺向きの任務ではない。

 今、俺がするべきことは、騎列の外の恐慌状態の兵士の始末と、ラケルデモン追撃隊がいるのならそれを足止めしてから後退することだ。

 先頭集団が抜けた後、おそらく中盤を守っていた騎兵の一部が左右に分かれ、俺とネアルコスに合流してきた。

 余計なお節介、とまでは言わないが、下手に殿の数を多くしてもどうかな、とは思う。まあ、いるならいるで、有効に使わせてもらうが。

「戦況は?」

 二十ほどの騎兵を率いて俺の横につけた隊長らしい若い兵士に――、陣の前面に出ようとする騎兵を制し、道を挟んで三列横隊に展開している陣の両端に、方陣で配置させた。

 基本に忠実過ぎる俺らしくない陣形に、多少訝しげな顔をしつつも、指示通りに騎兵を動かした後、隊長の若い男は答えた。

「ラケルデモンの完勝です。凄いですね。アテーナイヱ野営地は完全に確保されています」

 まだ実戦経験が少ない兵士なのか、どこか興奮した様子で早口で捲くし立てている。

 つい浮かんでしまう苦笑いを隠さずに――経験の浅い兵士に対してと、今回のあまりにお粗末な戦闘の結果の両方に対して――、ネアルコスに向かって騎兵の配置の指示を出した。

「俺達は柵だ! 軍道の入り口目掛けて敵も味方も詰まって動きが鈍る。尾鰭はそこで断つ! 騎兵は、クレイトスの救援、もしくは、が広がり過ぎた場合に両翼から追いたたせる。騎兵突撃は温存だ!」

 本気の大声だったせいか、横にいた若い騎兵の隊長は兜を耳に押し付けるようにして軽く悶え、ネアルコスは……最初声で返事しようとしたようだったが、すぐに諦めて大きく腕で丸を作った。もっとも、ネアルコスが動く前に俺の声が聞こえたのか、騎兵が既に言われたとおりに動いていたが。


 ちなみに、口にした作戦はあくまで一案。恐慌状態のアテーナイヱ兵対策を中心とした対応であり、更に後方からラケルデモン追撃隊が来る場合や、アテーナイヱ兵の動き次第では柔軟に手を変えるつもりだ。

 だが、一度に全部を話せばかえって現場の兵士は混乱するので、必要に応じて指示を出していく。今の俺は、そういう部隊の運用方法をきちんと学んでいる。

 特に借り物の騎兵は、複雑な指示を出せるほど気心が知れていないしな。なら、退くも攻めるも、その足の速さを活かせる場所に置くのが無難だ。


「すごいですね」

「ん? なにがだ? ……ああ、クレイトスんとこでは、基本的に円錐形の陣で突っ込んで、敵陣を切り裂いていくからな。今回の役回り、補助では不満か?」

 運用に関する遠まわしな皮肉かと思って、右手を腰に当てて訊き返してみる。

 若い騎兵は、一瞬、ポカンとした顔になったが、すぐに笑って答えた。

「アーベル様の声が、です。そして――、そういう所は、どこかうちの将軍と似ていますね」

 正直、クレイトスと似ているといわれても、あんまり嬉しくはない。

「クレイトスの指導の元だから、そんなにふてぶてしく育ったってか?」

 と、俺の方から皮肉を口にしてみるが……。

「かもしれませんね」

 なんて屈託の無い顔を向けられてしまった。

 まったく。クレイトスとは若干方向性が違うものの、コイツはコイツで中々に厄介な性格をしているようだ。

 軽く舌を出して見せてから、俺は……戦場の音の変化を聞きつけ、表情を引き締めて視線を軍道へと向けた。騎兵の若い隊長も、俺に釣られたように視線を戦場へと向ける。


 軍道は比較的広めで、俺達が布陣する辺りでは荷馬車が三台は余裕で通れるようなものだ。目の前には、俺達が布陣していた山から続く緩やかな丘がある。越すのに苦労する高さではないが、丘の向こう側から俺達を確認することは出来ない程度の高さはある。

 無論、高所を敵に取られたら厄介ではあるが、目の前の丘からの投石が届かない位置にこちらは布陣しているし、攻撃のために高所を確保するとしたらそれはラケルデモン追撃隊ということであり、その場合はさっさと逃げるのが最善だ。

 それに、敵前上陸作戦なら、歩兵が中心であり、騎兵の揚陸には港湾設備が必要であるため、まだ時間が掛かるはずだ。敵の装備にもよるが、軽装歩兵のこちらの方が速度の利がある。

 どうしてもラケルデモン追撃隊が諦めない場合は、俺の軽装歩兵で敵を引き付けて逃げつつ、敵が追撃のために横隊から縦隊に乱れた隙に反撃、借りた騎兵での側面突撃を何度か行う。


 消極策ではあるが、敵の本陣が近いでは損害を出さないことが優先される。冒険できる時節タイミングではない。

 

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