Porrimaー18ー

 二人は、完全に納得したわけではなさそうだったが、一応、感情的な面以外の正当な理由もあって俺が悩んでいるという部分に関しては、理解してくれた……と、思う。表情から察するに。

 ただ、俺の言い方が拙かったのか――。

「いいか、お前は、この先も仲間であり、王の友ヘタイロイであり続ける」

 と、プトレマイオスが強く言い切った。

 ……自覚は無かったんだが、アルゴリダの一件以降、そういう発現が多かったのかもしれない。

 このままでいいのか、ここにい続けることが正解なのか、未だ先の見えない迷いの中にある。が、皆を裏切るつもりは無い。

 そして、単に心配されたい、構って欲しいってわけでもない。

 だから少し、意識して自重しないといけないかもしれない。

 自分自身の命題について、明確な答えを見つけ出せるまで。

 異母弟を救出した後、矢継ぎ早に、アデアとの婚約など、これまでと少し違う方向の問題と向き合うことが増えたせいで、心のどこかが――そう、今の俺を構成する古い部分が軋んでいるんだろう。俺の居場所はここじゃないと――逃げ癖を発揮してしまっているのかもな。


 軽く、心配かけないように笑って答える俺。

「だから、もしもの話だよ。でも、だからこそ、それを想定するのは重要だろう?」

 プトレマイオスは、納得はしていない様子ではあったが、それでも一応引き下がってくれた。だが、その分、ネアルコスが踏み込んできた。

「では、アーベル兄さんは、エレオノーレさんを王太子に譲るつもりなのですか?」

 予期せぬ質問で眉間に皺が寄ってしまったが、ネアルコスの表情や声色を見て、すぐさま俺は普段通りの表情を作った。

 ネアルコスは、意地悪をしたいとか、そういう顔じゃない。純粋に、そう、さっき俺自信がもしもを想定することが重要と言ったことで、生じた疑問なんだと思う。

「それは……」

 なにか言おうと思ったんだが、それ以上の言葉が口から出てこなくて、いつの間にか下唇を噛んでいた。


 今となっては、考えられない話ではない。

 エレオノーレを亡国の王家の血筋としたことで、王太子と釣り合いがとれなくはない。もっとも、現在の国情などを考慮すれば、とても対等とはならないので、あくまで側室としてならという意味であり、正室にはもっときちんとした大きな国の王女を貰う必要はあるが。


 王太子の妻としてのエレオノーレ、か。

 なんだか、場面を上手く想像できなかった。ミュティレアの主として祭り上げられてるだけでも、居心地が悪そうにしているのに、いずれは王妃のひとりだなんて……。


 俺が答えられずにいると、ネアルコスがプトレマイオスの隣から、俺のすぐ目の前まで詰め寄り、やや膝を曲げ、俺の顔を下から覗き込んできた。

「前は、アーベル兄さんの我侭を見逃しました。確かに、きちんと結果も出ておりますし、ここに帰ってきてくれたので、そこに不満はありません」

 普段、いつも笑みを絶やさないネアルコスだからか、真顔で見上げられると、幼さの残る顔の中にある種の凄みのようなものを感じた。

「でも、今度はダメです。パリスの審判を例に出さずとも、女性問題の拗れは致命的な結果になりかねませんので。後悔がないように、素直に、心のままに選んでくださいよ」

 分かって、いないわけじゃない、と、思う。

 でも、そう簡単な話でもないんだよな。


 もし……。

 もし仮に、エレオノーレとも婚約、もしくはエレオノーレの年齢を考慮してすぐさま結婚となった場合、絶対に俺が逃げられないような理由が欲しかった。俺が、ひとつの言い訳も口に出来ないぐらい、明確で周囲も異を挟めないような動機が。

 人任せ過ぎる自覚はあるし、それを恥だとも思っているが、そうまでしないと無理だと感じていた。


 俺は、エレオノーレを不幸にはしたくない。ただ、俺は今後も第一線で戦い続けるのは間違い無い。なら、それは、エレオノーレの望みに反することである。よって俺自身はエレオノーレに相応しくはない。

 それは、分かっている、んだが……。

 じゃあ、誰ならアイツを不幸にしないと納得できるんだ、って話か。


 ったく、昔はあんなのに手を出す物好き、俺しかいなかったってのにな。

 分からんもんだぜ、まったく。

 なんとなく、手持ち無沙汰って言うか、丁度いい場所にあったので、ネアルコスの頭を掴む。

「なんですか⁉ なんですか⁉」

 そのまま、猫っ毛のネアルコスの髪を、わちゃわちゃと撫で回しながら「あ――、も――」と、唸るものの、そんな簡単に答えなんて降ってこない。


 エレオノーレは嫌いじゃない。

 俺自身が見出してここまで連れてきたという自負もあり、他の誰かに安易に譲りたくは無い。

 だが、それでも、いや、だからこそ、あまり俺の近くにいて欲しくないとも感じていた。

 でも、じゃあ、俺の知らないところで、俺の知らない誰かと結婚しても良いのか、納得出来るのかって話に戻る。

 矛盾する自分自身の感情から、上手い解を導くことなんて、きっと不可能だ。


 嫌そうな顔をしながらも逃げないネアルコスを捕まえ、振り回していると、名案ではなくプトレマイオスの楽しそうな声が降ってきた。

「ふ、はははは。王太子に報告がてら、昼は四人で食おうか」

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