Porrimaー19ー

 マケドニコーバシオ本国へと戦況に関する報告の船を送ってすぐに――予定よりも大幅に早く、返答の船が接近中であることを付近の哨戒艦が連絡してきた。

 それを受け、念のために――現国王側からのなんらかの妨害や攻勢の可能性を考慮し――俺が完全武装の上で港で出迎えたんだが、予想外の味方だと言う証が舳先で大きく手を振っていた。ので、従卒に命じて他の王の友ヘタイロイを将軍詰め所に集めてもらい、俺はあの二人を引っ張っていくと決めた。


 港の中の海流は複雑で、また、浅瀬もあることから水先案内の小船が先導する。それは、当たり前の事であり、この港に慣れているこちらの船でさえもそうしているんだが……。

 いつも以上にぎこちない動きで、三段櫂船が桟橋に横付けされた。

 船体や櫂の数に異常は見られないので、戦闘の影響ではない。ってことは、乗員を入れ替えたのか?


「なんで来るんだよ」

 真っ先に舳先から飛び降りてきたのは黒のクレイトスで、さっきまでクレイトスと一緒に舳先でなにかこっちに向かって叫んでいたリュシマコスの姿はその隣に無かった。

 揺れる船上で立ち上がったせいで酔ったのか、それとも他にまだ誰か連れてきていて、それを迎えに行ったのか。

「ああン? 来たら悪いってノかよ」

 いつものノリで絡んでくるクレイトス。

 悪くは無いが、好くも無いだろう。一応、マケドニコーバシオ本国が王太子に対してあんまり変な命令を出さないように、抑えの意味でも残してきてる王の友ヘタイロイであり、重装騎兵ヘタイロイの指揮官なんだから。

 しかし、クレイトスに言い返す前に――って、軍団兵まで連れてきたのか? 装備を身につけてはいないものの、どこか見覚えのある兵士を伴って、リュシマコスが降りてきて……王の友ヘタイロイの中でも一、二を争うぐらい大きなその身体で俺の視界を塞いだ。

 この一瞬で萎んだように見えるクレイトスから、視線をリュシマコスへと向ける。

「しかも二人して」

 つか、船をもう一隻調達することが出来なかったのか、どうもリュシマコスの兵士を漕ぎ手として使っていたらしい。空気が淀む船倉で櫂を漕ぐため、兵士の体臭からそれが分かった。

 人情家の――兵に舐められてるわけじゃないんだが、他の軍団と比べるとコイツのところは指揮官であるリュシマコスと兵士との距離がかなり近い――リュシマコスが、背後の軍団兵……の匂いを気にしていた様子だったので、俺の近くにいた港の役人に言って、アゴラや練兵場の近くの水浴室へと案内させた。

「すまんな」

「なんでも出来るに越したことは無いが、あんま、慣れないことさせるのは感心しないぞ?」

 国によっては奴隷を漕ぎ手とする場合もあるようだが、大型の三段櫂船がその速度と機動性を充分に発揮するには、船に慣れた水夫でなければならない。輸送用と割り切ったガレー程度なら別かもしれないが、それでも、漕ぐのは専門職であり、安易に兵種を転換させられはしない。

 この二人の部隊は、マケドニコーバシオで一般的な重装騎兵ヘタイロイと重装歩兵で構成されているので、速度が落ちる前提で漕ぎ手として使いたくは無かった。

「それだけ非常事態なンだよ」

 とはいいつつも、黒のクレイトスの声に切羽詰ったような色は無い。

 むしろ、どこか遊び半分といった空気で、俺の左側で肩を組んできたクレイトス。このまま飯にでも引っ張っていかれそうな雰囲気だ。

「こっちの報告は聞いたのか?」

「いや、船に残ってるのからチっと聞いただけで、伝令は予定通りペラへと行かせタぞ?」

 悪びれなく答えるクレイトスに、また、めんどくさいことしあがったな、とは思ったが、伝令の連中は、元がマケドニコーバシオの人間なので、向こうに居残りになった連中の島への帰還はそこまで意識しなくても大丈夫だと思い直し――。

 いや、でも、こっから会議するなら、おさらいから始める手間を考えれば、やっぱり聞いていてくれた方が助かったような気がする。

「こっちもこっちで色々あったんだから、伝令何人か残しておいて、聞きながら来れば良かったってのによ」

「うっるせえよ。こっちも色々あったんダってノ」

 いや、それは当然で、なにもないのに遊びに来たって言ったら、上陸させなかったけどな。

 ともかくも、都市の市民や商人、それに奴隷が慌しく行き来するこんな場所で互いの意味する色々の内容を話せはしないので、俺は左肩にクレイトスをまとわりつかせたまま将軍詰め所の方へと二人を案内した。



 将軍詰め所では、比較的小さな会議室へと案内された。と、いうか、普段は会議用ではなく、数名で兵站の事務処理なんかを行う部屋だ。

 部屋では既に王太子に、プトレマイオス、ラオメドン、ネアルコスが待っていた。一番最初に王太子に連絡するように従卒に命じたんだが、王太子が呼んだのは一部の王の友ヘタイロイだけだったようだ。

 中央のテーブルを挟んで、空いていた扉側に、俺とクレイトスにリュシマコスが陣取る。椅子は撤去されていたが、そもそもこの部屋には五脚程度しか椅子がなかったのを思い出した。 

 どのような報告であっても、安易に周囲に漏らしたくないということからの少数精鋭なのかもしれないが……。

 既に水浴場へと二人の兵士を向かわせてしまっていたので、それを報告しようとしたら、プトレマイオスに手で制され、ネアルコスに笑みを返された。対策済み、か。

 ほっと息を吐く間も無く、クレイトスが挨拶も無く直截に切り出した。

「まず、アテーナイヱが、わけのわからんシケリア遠征を実施し、大敗したンだとよ」

「確かか?」

 キルクスの言とは真逆のクレイトスの報告に、プトレマイオスが念を押した。

 軽く肩を竦めて見せたクレイトスに変わって、リュシマコスが……多分、ペラでアンティゴノスがまとめた資料をテーブルに、雑に放りながら答えた。

「おうさ。エペイロス経由で、大量のアテーナイヱ人奴隷が売りに出されている。ラケルデモンは、メロス島を捨て、シケリアの友好都市へと少数の援軍を出したみたいだなあ」

 マケドニコーバシオ残留組のまとめ役をしているのは、王の友ヘタイロイ最年長で経験豊富なアンティゴノスなんだが……。

 正直、経験豊富ならもっと人を選べよと思う。思いっきり武闘派の二人を伝令に使うってのもどうなんだよ。伝言自体は伝わっても、その際の相手側の態度や雰囲気、言外の意味合いまでこちらに伝わるのか、そのガサツな態度を前にすると不安になる。

 もっとも、俺自身も苦手な分野なので他人の事はとやかく言えないが――。少なくとも、書類の方はかなり詳しくまとめられていたので、それで充分と見たのかもしれない。

 もしくは、新都ペラで暇だとクレイトス辺りが騒いだので、お使いを頼んだとか。

 投げ出された書類を適当に一枚手にとって目を通す。

 数千単位の奴隷が売りに出されている証拠と、あと……アテーナイヱ本国で、アルコンと呼ばれる政務担当官の幾人かが戦死、または病死し、民会が暴走気味であるらしい、との情報が添えられていた。

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