Porrimaー15ー
派手な騒ぎも、一夜明ければ日常が戻ってくる。
いや、自由市民はのんびりと奴隷に労働を任せて過ごしているのかもしれないが、少なくとも俺達はそういうわけにはいかない。
「王太子は?」
将軍詰め所には、ネアルコスとプトレマイオスがいた。
ちなみに、ラオメドンには、島の北部にある都市メテュムへと、後発の
他に、財務管理や商工業の監督なんかを行う
「長旅の後ですし、大兄様はお休みさせてあげましょうよ」
ネアルコスの苦笑いに「それもそうだな」と、答える。
事実として、俺も王太子が絶対に必要な会議だとは思っていなかったし、昨日の様子を鑑みても休んだ方が良いだろうな、と、考えていたので、その確認のための質問だった。
ちなみに俺達三人以外にも、先発隊で都市の役職に就いている人間や、何人かの見習いが集まり、お互いの状況をすり合わせるための会議は始まった。
とはいえ、最初にプトレマイオスがネアルコスや先発隊の幹部に話している内容は、アルゴリダでの一件が中心なので、俺としては若干今更感もあったが。
次いで、島の現状――目下最大の懸念である、キルクス達の出陣に関しては、ネアルコスへの説明と、残された民会の記録から精査するに、キルクス達が組織したのは、島外から連れてきた連中を主体としたアテーナイヱ人とアヱギーナ人の連合部隊のようだった。
軍事費も自前なので、ネアルコスが放任した件に関しても特に文句は無い。
しかし、連中は、以前ミエザの学園に陳情に来た時も、それをやろうとして失敗していたはずなんだが……。
いや、まあ、今回もまとまりが無いのは同じなんだろうが、名簿を見れば指揮官は全てアテーナイヱ人で固められていた。証書の記録を見るに、どうも、上手くアヱギーナ人連中に金を貸し付けて、役職に関する部分を借金の問題にすり替えてからの軍編成を行ったらしい。
悪知恵はそこそこだが、それで土壇場で踏み止まれるかねぇ。
実戦用ではなく、数を揃えるためだけと割り切って、後方に配置されれば別だが……いや、その場合でも、前衛が負け始めたら、兵の逃散が相次ぐだろうな。
そして、一度負けると、そのまま瓦解し、組織立った撤退は行えない。
その他、先発隊の現状の説明が終わり――一応、プトレマイオスの様子を窺ってみるが、経済に関する方面はやや疎いのか、逆にこれで良いのかどうかを尋ねるような目を向けられてしまった。
ふむ。
「人間はともかく、船は少し痛いな」
アイツ等が全滅したところで、俺達はあの連中を兵士として数えていないし、また、商工業的な面でもミュティレアの連中がいるので、全滅したところで困らない。
むしろ、程好く死人が出てくれた方が、後発の
「軍資金には余裕がありますよ? それに、ここの船の借用の代金はキルクスも置いていきましたし」
ネアルコスは、反論を――いや、責任逃れとかではなく、純粋にどうして俺がそう考えたのかを疑問に思っているらしい。
まあ、確かに、レスボス島北部のミュティレアと敵対していた都市メテュムに対し、兵糧攻めを行ったことで、上手く島内で消費が回っていたから、国庫にも余裕はある。また、兵糧攻めだったので確保した奴隷も多く、労働力も充分で開拓事業も新たに始められる。
ただ、借用の代金ってところが厄介だった。あくまで貸すって形だから、建造費の全額を補償出来てるわけじゃない。アイツ等が死ねば、失った船の代金の支払いは無いだろうし。
もっとも――。
「まあ、平時なら都市の経理に大きな影響が出ない形で買い直せるだろうが、今はどこも船が欲しい時だからなぁ」
残された三段櫂船は、俺達が乗ってきた船とミュティレアが保有しているものを含めても八隻。ガレーを含めれば、まだこちらには二十隻以上の船があるものの、全部を軍用に回すわけにもいかない。
って、春で海が落ち着いたので、ガレーに関しては各地の港へと向かって出航しているものも多いな。
港に残ってるのは……三段櫂船が三隻に、ガレーが六隻か。
ん、む。
どっかに攻め込む予定が無いのでこれでも良いが、今後は有事に備えて港に残しておく船の数をきちんと決めておいた方が良いかもしれないな。
陸軍が主体の俺達は、海戦を考えていないんだが、牽制の意味でも軍船の保有を見せ付けておくことには意味がある。また、船の艤装には時間が掛かるので、船が帰港してもすぐに出撃可能ともならない。
その点を、ネアルコスに言っておくのを忘れていた。
商人達は、損をしたくないので、なるだけ船は動かしておきたいんだろうが、ここの防衛力を落とすわけにはいかないだろう。
「こちらの予算では、船を買えないのか?」
商用の船と部隊の移動用の船の割合まで考え始めてしまっていたので、難しい顔になっていたらしい。それを誤解したのか、海に関してやや疎いプトレマイオスが、心配そうに訊ねてきたので、俺は慌てて表情を戻して話題を戻した。
「買えはする。が、建造期間なんかは、ちょっとなんとも。木材輸入してここで作るか、完成品を買うかは、人件費と原料価格見てだな」
「アカイネメシスに相談してみますか?」
「いや、アイツ等は今はラケルデモンに協力している関係上、こっちに木材は回せないだろ。ヘレネス南端のクレーテ方面を当たらせてくれ」
この都市で既に商人と渡りをつけているヤツと、あと、後発の見習いを何人か指名して、買い付けに当たる細かい指示を出し、材木商と船大工へと遣いに出す。
キルクス達が戻ってこないと決まったわけじゃないが、船を失った後で買い付けたのでは値を吊り上げられる。アイツ等が置いていった金を頭金に、二~三隻はすぐさま手配させておいて損はない。
物価なんてのは、需要でいくらでも変動するのが怖いところだ。金銀の価値も、常に一定とは限らない。
いずれにしても、ここの北で大きな海戦があれば、船の値段は高騰する。
逆に、夜営中の奇襲によって陸戦で決着がついたとしても、戦時中の今、船を売りに出すバカはいない。
値下がる見込みが無いなら、早めに手を回すに越したことは無い。
欲を言えば、最終的には、今年中に船の数は倍まで増やしたいところだな。
「今、出来るのは、このぐらい、か」
船の補充に関する指示を出した後、プトレマイオスへと窺いを立ててみる。
ラケルデモンとアテーナイヱの戦況を伝える伝令は、昨日の内にマケドニコーバシオへと出したが、今日明日で戻ってくるようなものではない。一応、アカイネメシス側の動きも探らせているが、未だ北に集結中の両国艦隊の確実な動向はつかめていない。
島へと到着した、王太子派の後発隊は予定通りに島内へと配備中。
うむ、と、今日は上座に座ったプトレマイオスが頷いたので、そのまま解散の流れとなった。
だが――。
会議の参加者が捌けていく中で、ネアルコスが俺とプトレマイオスを呼び止めた。
「重要な話か?」
とは、プトレマイオスの言だが、ネアルコスは。
「久しぶりですし、雑談したいだけですよ」
と、人懐っこい笑みを返している。
流れも態度もおかしくはない、周囲に疑われはしなかったと思う。
だが、
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