Porrimaー14ー

 長い沈黙が流れた。

 俺の訊き方を、批判と捉え、機嫌を損ねてこたえる気がなくなったんじゃないかと思うほどに。

「……分からん。最初は名案かと思ったんだが、途中から、脚本が己の手から離れていってしまった。アデアはなんと?」

 でも結局、王太子が口にしたことは、それだけだった。

 もっと明確な理由があるのかとも思っていたんだが、王太子としては、丸い石が坂を転がり始めるための最初の一押しだけをしたつもりのようだ。

 と、言うことは、だ。

 ふと、アデアの……寝台での言葉が蘇り、少しだけ、心が揺れた。

 だが、好きだと告げられた、なんて、はっきり返答することが出来ずに「良く分からん。嫌われてはいないらしいが」と、歯切れの悪い言葉で誤魔化す俺。

 なら、いいだろ、と、王太子は、特にそれを疑いもせずに俺を軽く小突いた。

 アデアの扱いだけは、どうも一致した見解がとれない。もしかしたら、俺に見せている姿と、王太子や他の王の友ヘタイロイの前での振舞いは違うのかもしれない。

 まあ、婚約した以上、そこに明確な差は設けるものかも知れないが……。


「なあ」

「ん?」

 考えても分からない問題は横に置き、俺は話を本題へと戻そうと、先ほどとは少し違った質問を投げ掛けた。

「俺を誘った本当の理由を教えてくれないか?」

「前に己が話したことも嘘ではないぞ?」

 真っ直ぐに見詰めれば、俺の今や右だけの瞳に、王太子の空の色をした左の視線だけがぶつかった。

 軽く嘆息するような短い息を吐いた後、王太子は少しいじけたように話し始めた。

王の友ヘタイロイは――親父に仕えていた者や、マケドニコーバシオの貴族も多いのでな」

 やつあたりのつもりなのか、ガ、ッガ、と、サンダルの底の土や石を神殿の礎石で落としながら、あくまで片手間ぐらいの姿勢で話し続ける王太子。

「純粋に、己の為だけの王の友ヘタイロイが欲しかったんだが……」

 王太子は、暫くそうしていたものの、最後に両足を投げ出し、俺と同じ柱に背中を預け、俺の顔を視界に入れないようにと空を見上げて呟いた。

「お前さんと過ごすうちに、いつか、本当に、ただのトモダチになりたくなっていたのさ」

 アイツ等――おそらく、他の王の友ヘタイロイだろう――も、悪いヤツじゃないんだけどな、と、おまけと言うと聞こえは悪いが、最後にそう付け加える王太子。


 言いたいことは、なんとなく分かる。

 そりゃあ、プトレマイオスにしろ、ネアルコスにしろ、ラオメドンや、更に他の王の友ヘタイロイも、ミエザの学園に集う前に、いや、それ以降も、其々が其々の問題を前に苦悩してきたんだとは思う。

 これは、苦悩の大小を問題としているわけではなくて、性質の違いのような部分だ。

 一緒にいると分かるんだが、アイツ等の苦悩は、どちらかと言えば、白か黒かを選べと言われて白を手にする過程の部分であり、悩みの中にもどこか明るさがある。

 逆に俺達は、黒を手にするために自分を理由を探すような、暗い苦悩を抱えていた。

 上手い表現じゃないかもしれないが、つまりはそういうことだ。


「そか」

 一呼吸、いや、覚悟を決めるために更に二呼吸の後、俺は王太子に向かって――。

「ありがとな」

 本心から、なんの衒いもなく、初めてその言葉を本来の意味で使えた気がする。

 俺が、そんな言葉を使うのがそんなに以外だったのか、王太子は驚き、絶句した様子だったが……最後には照れ臭くなったのか、ぶっきらぼうに言い返してきた。

「なにを、今更」

「違いない」

 ははは、と、軽く笑みを返す。


 まだなにも決まっていないけど、なにかが分かったような、変わったような、そんな夜だった。

 冬を溶かした春の夜の空気が、宴の喧騒が、眩暈を起こさせるようなそんな不思議な夜だった。


 下半分の月が、天から人の営為を嘲う神様のにやけた口のようだ。

 唆したり、焚き付けたり、煽てて頭に乗らせたかと思えば、次の瞬間には蹴落として冷や水を浴びせるような、そんな底意地の悪い神々が、気侭に俺達の運命を決めて、足掻く姿を演劇のように鑑賞しているのかと思うと――。

 その余裕ぶっこいた面に蹴りのひとつでも入れたくなった俺は、声を張り上げた。


王の友ヘレネスといわず、アカイネメシスといわず、月下世界の全て、手にしてやろうぜ、俺達で!」

「なにを今更、月下世界に覇を唱えた後は、月上の神々の世界さえも己達で食ってやるのさ!」

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