Porrimaー11ー

 エレオノーレの過呼吸の原因は……。

 いや、なんか、俺のせいと言われると、どこか理不尽さを感じてしまうものの、エレオノーレが起きた時に俺が側に居ては話にならないのは理解できる。

 つか、心労を掛けたとか言われても、島でなに不自由なく暮らしててどうしてそうなるのかも理解に苦しむんだが、な。劣勢の戦場で敵に包囲されてるわけでもあるまいに。

 ともかくも、ネアルコスに変化した島の中でも見回ってきてくださいね、とか、笑顔のまま圧力を掛けられれば、それに従う他にはない。

 今回の件で大きな借りもあることだし。


 嘆息して、顔を上げる。

 元々アゴラやその周辺の都市中枢には戦闘による損害はほとんどなかったんだが、島を出た時と比べると、増改築の後が随所にある。

 元が商業都市であったため、ここのアゴラの周辺は市を開きやすいように作られており、外部と直結している大きな道も、大半が全てアゴラへと直結していた。物流面では優秀なんだが、兵隊も容易にその道が使えてしまう上、非常時の門や関所なんかの防衛拠点が皆無だった。

 それがアテーナイヱを離反した際の戦闘での都市側の敗北、ひいては、俺達の強襲上陸作戦の成功へと繋がったんだが……。

 ただの商業都市のままじゃ、俺達が使うには値しない。

 港へと直結される大通りに面した一角には、うまやが増設され、騎兵の詰め所になっていた。十字路には櫓がいくつか建てられているし、石材の集積所の位置も変わっている。平時の物流を可能な限り維持しつつ、有事には道を封鎖するための仕掛けだな。

 細い路地を覗けば、見知った顔にぶち当たる。迷路のような裏通りの回廊には、俺の配下の軽装歩兵の宿舎が点在させたようだ。攻め入った敵が迂回路を選べば、死角から一方的に削られ、あっという間に全滅させられるだろう。

 建物に使われている火山灰を練ったコンクリートの乾燥具合を確認してみるが、俺の帰島に合わせ慌てて作ったってわけではない。綿密な計画があり、充分に計算された堅牢な作りの防衛施設だ。

 皆、きちんと仕事してたんだなぁ……。


 なんとなく、独りになると、複雑な気分になる。

 昔の、誰とでも良いので早く戦いたいという焦燥感ではなく、虚無感に近い感情が、今の俺の中にある。

 いまや、俺がいなくても、物事はきちんと進んでいってしまう。

 俺は強い、と、思う。単なる戦闘においてだけではなく、軍務も政務もこなせる。

 でも、それだけだ。そんな人間、沢山、いる。

 いや、無論、王の友ヘタイロイというシステムが、相互に補い合い、空白を生じさせないためのモノであることも分かっているんだがな。

 エペイロスでは、皆と仕事していて、余暇もアデアがいっつも引っ付いていたので然程ではなかったが……。

 誰かに必要とされたい……かぁ。

 ……ハン! なにを今更。


 当てがあったわけではないが、今夜の宴の準備で奴隷が慌しく動いている目抜き通りに背を向け、古びた神殿側へ抜けようと柱廊へと足を踏み入れる。

 強い西日で最初は気付けなかったが、意外な先客がそこにはいた。

「先生」

 思わず声を上げると、先生も俺に気付いたようで、ゆっくりと振り返った。

 歓迎の式典で姿が見えなかったので、なにかあったのかと危惧もしていたけど、息災のようだ。歳のせいか服装は未だに冬用の厚手のものを着ていたが、足取りはしっかりとしているし、風邪を引いていたというわけではなさそうだ。

 そういえば、俺がミエザの学園に入った時も、エレオノーレが学園に来た際も、形式ばった挨拶の場にはいなかったし、そういうのがあまり好きではないのかもしれないな。


 先生がこちらを振り向いたので気付いたが、先生の少し前を誰か……ああ、アデアだ。世話役の奴隷も連れず、一人で先生と話していたらしい。いつの間に、迎賓館の待機室から抜け出していたんだろう?

 二人がこちらに気付いて先行く足を緩めたので、小走りで駆け寄り――先生と向き合うと、自然な動きでアデアが俺の左腕をとった。

「なにを話してたんだ?」

 くっついてくるアデアの態度に違和感があったわけじゃない。が、どちらかと言えば高飛車だが社交的なアデアが、こんな人気のない場所で先生と二人で喋っていることに違和感を感じて訊ねてみる。

 アデアは、ちょっと考えるような間を空けてから、不意に底意地の悪そうな顔になって訊き返してきた。

「気になるのか? 我が夫よ」

「ならん」

 楽しそうで嗜虐的な顔がなんだか気に入らなくて、俺は無表情で即答する。

「この嘘吐きめ」

 嬉々とした表情から一転、口を尖らせて目を細めたアデア。


 いや、強がりだけではなく、俺も先生と話しておきたいことがあった。それに、前にアデアも俺に関することで先生と話したい――正確には話させたい、とかだったが同じだろう――と言っていたので、そういうことなんだろうな、と、分かる。

 だから、無理に会話の内容を訊きたかったわけじゃない。

 挨拶ついでの流れで、修辞語みたいな質問だったのだ、俺にとっては。……アデアにからかわれるまでは。

 と、そこで先生も俺とアデアの婚約の話や、左目を失った事は――いや、既にアデアが伝えたのかもしれないが、俺の口からは言ってない事に気付き、改めて説明するべきか、悩み、一度口を閉じて出方を窺ってみると。

「答えは、見つかりましたか?」

 思っていたのと少し違う――しかし、俺の本心に切り込んでくるような質問をされてしまい、続く言葉が出なくなってしまった。

 先生は先生で、こういう所がある。少しペースを乱されるっていうか……。


 曖昧な表情を浮べたままの俺の様子から、先生はふと隣のアデアの方へと顔を向け「他に人が居ては、仰り難いことですか?」と、改めて俺に訊ねてきた。

 それは、そう、確かにアデアがいると、前みたいに話せないかもしれないとも感じているが……。

「夫婦の間に隠し事とは、良い度胸だな? ん?」

 俺の左腕を掴む力を強め、爪先立ちになったアデアが、俺の耳に向かってはっきりと不満そうな声を投げ掛けてくる。

 まあ、はっきりと訊ねられれば、肯定も否定も出来なくなる。

 いや、そもそもアデアが居ても居なくても、口に出来る内容は変わらないんだし、構わないといえば構わないんだが。


 アデアが分かり易く拗ねて見せたのに、俺が口を噤んだままでいるからか、アデアはムッとした顔になって――でも、すぐに俯いて腕の力を緩めてしまった。

 拗ねたのかもしれない。アイツといい、コイツといい……。まったく、これだから女ってやつは。


「話し難いことですか?」

 と、先生が俺の長い沈黙を訝しむように、改めて訊ねてきた。


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