Porrimaー9ー

 概ね、両国間の戦略が見えてきたので「いや、逆だろ。両勢力が共に疲弊してこそ、第三勢力の台頭が可能になる」と、白けた声を投げ掛け、キルクスの鼻に衝く芝居を止めさせた。

 キルクスも、思ったほど効果がない現状に気付いていたのか、さっさと顔を整え――。

「アーベル様個人のお考えは?」

 不意にキルクスに訊ねられたので、俺? と、首を傾げてしまった。まさかここでと前置かれるとは思っていなかった。

 ってか、俺としては、今現在こうして返事しているのがマケドニコーバシオの遠征軍の代表としてではなく、あくまでずっと一個人の見解で答えているんだがな。王太子や他の王の友ヘタイロイも、既に到着しているんだし、文句があるならとっくに口を挟まれてる。

 俺がに気を使っているとかじゃなく、同じ見解だからなっているだけで、それを邪推されてどうこう言われても……苦笑いさえ浮かばねえよ。

 なので、逆に問い返してみた。

「なんで俺が、お前の思慮の浅い私見を肯定すると思うんだ?」

「いえ、その……」

 まさかそう返されるとは思っていなかったのか、露骨にキルクスが動揺した。

 いや。なんで、当たり前みたいに俺がキルクスに従うと思っていたのかの方がはるかに疑問なんだが……。

 ん? ああ、もしかしたら、キルクス達は俺が未だにただ戦っていられれば満足すると考えているのかもしれない。もしくはラケルデモンへの復讐心に駆られているだけとか。

 確かに、それを完全に否定は出来ない。

 でも……、異母弟を押さえた今となっては、私闘を優先するつもりはなかった。特に、今回の件において王太子には大きな借りがある。優先されるべきは、マケドニコーバシオの国益であり、そして叶うならその中でも王太子派の利益を優先する。


 軽く横目で王太子に視線を送るが、余裕のある笑みを返されただけで、なにかを俺に命じるつもりはなさそうだった。他の王の友ヘタイロイに関しても、特になにか反応を示したものはいない。プトレマイオスは相変わらず真面目な顔で、その後ろに続く者も其々いつも通りの、リラックスした雰囲気だ。

 エレオノーレの脇を固めるネアルコスはニヤニヤ笑いで、その後ろのラオメドンが無表情で俺を見詰め返す。

 信頼してるってことなのかもな。

 手放しの信頼も怖いんだけどな、と、軽く肩を竦めた後――。

「俺がまとう紋章はひとつだ。お前個人のお遊びに巻き込むな」

 以前、この島を出る際にネアルコスから預かり、アルゴリダでは命を拾うことにもなった探検を懐から取り出し、ヴェルリナの太陽とも呼ばれるマケドニコーバシオの国章を見せ付けた上で、再び姿勢を正す。

 キルクスが奥歯を噛んだのに気付いたので、逆に俺は口元を緩めてからかうように訊き返した。

「ハン……。未だに御守おもりが要るのかい? おぼっちゃん」

「つまり、アナタ方はこの派兵に対し、反対であるということですか?」

 王太子側の軍団から兵を借りれないと悟ったからか、露骨に態度を変えたキルクスが俺を睨んでくる。

「いや、俺等ってか。民会の時点で意思統一されていないのに、反対だのなんだのと言いがかりをつけられても、なぁ?」

 キルクスは、民会そのものが今現在はマケドニコーバシオ王太子派の支配化にあるだろ、とでも言いたそうな、物凄いしかめっ面をしてから、負け惜しみだけはきっちりと残して――。

「今回の長期的かつ大規模な戦争は、その後のギリシアヘレネスにおける勢力図を大きく書き換えることになるでしょう。後悔しますよ?」

「お前が、後悔しないようにしとけ。戦は準備の時点で大半が決まる。行くのなら、止めない。が、負けるぐらいなら兵を温存しろ」

 迎賓館を出て行くキルクス達の背中を見送り、再び前へと視線を戻せば、エレオノーレが泣きそうな顔で俺を真っ直ぐに見ていた。俺にキルクス達を止めてほしかったのか、それか、キルクス達についていって犠牲を最小限にとどめて欲しいからなのか……。

 どちらなのかは分らないが、どちらでも意味は無いだろうと思う。

 誰も、あの男を止めなかったのがその証明だ。


 一応、事後報告となってしまうが、支援を断った件に関し、プトレマイオスと王太子へと視線を向けるが、プトレマイオスに若干煩そうに前を向けとジェスチャーされただけだった。

 まあ、訊くまでもないか。

 兵を出すにしても、もっと情報が必要だ。それに、俺を悪者にすれば、後々改めて王の友ヘタイロイがキルクスに味方することも出来るだろうしな。王太子や他の王の友ヘタイロイは、なんの言質も与えていないんだから。

 と、そんなことを考えていた時、全ての式典と議案の審査が終わったから、閉会の宣言をエレオノーレが……正直、良く聞き取れないような小声で、俯きながら行う。途端、柱列の向こうで式典と会議を見守っていた自由市民が、迎賓館へとどっと押し寄せた。


 ミュティレアとしても、戦闘で壊れた市街の復興もひと段落し、レスボス島遠征軍の統治が行き渡り、かつ、それに信頼を寄せてきた時期であり、また、春で海が再び開かれ交易で潤ってきているらしく、今夜はお祭り騒ぎになるらしい。

 この反応を見るに、どうも、アテーナイヱ本国の人間が多いキルクス達は、ここでも馴染んでなかったらしいな。

 ……まあ、それもそうか、俺達は軍事力であり、キルクス達はその俺達に寄生するような軍付きの酒保証人と見えていて、ある意味では商売敵みたいな関係になってしまっていた部分もあるんだろう。

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