Porrimaー8ー

 そういえば、と、改めてキルクスに従う連中を観察してみる。

 運動量の多い軍人は、必然的に衣類の着こなしにおいても、丈が短く動きやすい物を選ぶようになる。だが、キルクスの取り巻きは、ドクシアディスなんかの一部のアヱギーナ人を除いて、金持ちが着るような長い裾の服を着ていた。

「お前が、あの艦隊の責任者なのか?」

 キルクスは軽く片眉を上げて「ええ」と、どうしてそんな事を訊くのかと、不思議そうな顔を返してきた。

「軍団を指揮する将軍は誰だ? お前の役職は、違ったはずだな?」

「…………」

 キルクスは、すぐに答えなかった。

 俺がキルクスに許可しているのは、主に書類作成に関する記録業務だったはずだ。コイツは、そういうのだけは丁寧だし。その俺の命令を、勝手にネアルコスが変えたはずはない。

 と、いうことは、だ。

「民会における了承は?」

 自由市民全員が参加する民会でなくとも、政治や経済の代表の会議でも軍権を与えられないこともないが、ミュティレア占領後はネアルコスとラオメドンの二人がその会議には必ず参加することになっているので、こんな素人に兵士を預ける決定をするはずはない。

「完全な同意では、その、ありませんが……」

 兵を集めることに対する明確な根拠を示せはしないのか、キルクスは言葉を濁した。

 そこで迎賓館に集ったミュティレアの支配層に視線を向けるが、何人かは気まずそうに目をそらした。

 反応があった年齢層的に、口車に乗った、という雰囲気ではないな。急進派を持て余していたので、あくまで個人的に兵を雇っての参戦を見逃す、とか、そういう微妙な決定を下したんだろう。

 キルクスとしても、成功出来れば手柄を独り占めできる、と、それだけで納得したのかもしれない。

 ……ハン。

 どっかで聞いた話だな。

 まあ、あの時は俺もいたし上手くいったが、今回はどうなることやら。


 今更といえばそうなのかもしれないが、人によるのかもしれない。進歩せずに同じことを繰り返す者、失敗から学べる者、そして、大きな失敗を犯す前にそれに気付き成功しつつ更に学べる者。

 キルクスやドクシアディスは、間違っても王の友ヘタイロイへと入ることはないだろう。この程度の才能、いくらでも替えがきく。労力をかけてまで、手元に残したい人間ではない。


 状況の不利を悟ってか、キルクスは早口で捲くし立ててきた。

「皆様、ごく最近の話ではありますがアルゴリダがラケルデモンより離脱したことで、ラケルデモン近海のメロス島をアテーナイヱが占拠したことはご存知ですか?」

 アルゴリダの件は思い当たる、というか、当事者だったので俺は軽く鼻で笑った後、曖昧にうなずいた。

「状況は、海を知るアテーナイヱに傾きつつあります。ミュティレアが、自治を維持するためには、戦果を持って過去を清算し、新たなる商業拠点となることが最善の道なのです!」

 キルクスは、我が意を得たりと檄を飛ばしているが……。

 俺達がテレスアリアにいた時点では、メロス島も戦闘中で、ラケルデモンが援軍を出すか出さないかと議論の的になっていたが、見殺しにしたのか。

 まあ、キルクスのさっきの言が正しいとするなら、ラケルデモンとしては、艦隊が上陸してきたとして本土で迎撃できるので、近くの島のひとつふたつくれてやり、その分、海戦を避けてアテーナイヱ背後の補給線の遮断に出たんだろう。これまで負け続けたアテーナイヱ艦隊が、エーゲ海の西や、更に遠方のシケリアなんて遠方に出向いている今が好機と見て。

 それに関しては、納得できる合理的な判断ではあるな。シケリア遠征と比較すれば、はるかに。

 むしろ、ラケルデモン艦隊の動きを誘う意味で――多少古い情報だが、ラケルデモン艦隊が決戦を避けているらしいという話は、去年の秋に他ならぬキルクス達からもたらされていたし――アテーナイヱ艦隊は留守にしたのかも、という考えも浮かんだ。

 だが、それにしたって損害の割合が……。

「アカイネメシスに食い込んでいた、東岸のアテーナイヱ殖民都市はどうなんだ」

「どう、とは……意味でしょうか?」

 キルクスの戸惑いを前に、指をひとつ立てる。

「攻撃されたが、港湾機能を有している」

 二本目の指を立て。

「徹底的に破壊されつくした」

 そして、三本目。

「都市機能を残したまま占領されている」

 キルクスは一度俯き、軽く目を潤ませてから返事をしてきた。

「……三です。ラケルデモン艦隊による奇襲後に、アカイネメシス軍が後詰めし、駐留しております」

 それは、もう、艦隊を追っ払ってどうにかなるって段階ではないだろ、と、俺は心の中だけでつっこんだ。

 確かに、大昔の大きな戦で、ギリシアヘレネスはアカイネメシスと戦い、勝利した。しかしそれは、各都市国家が一丸となって戦った結果であり、現状、一国の軍事力でアカイネメシスの人海戦術に対抗するのは無理がある。

 再攻略の都市を要所に限定したとしても、物資を輸入に頼る商業国のアテーナイヱの需要を賄えるほどでもない。

「僕は、アテーナイヱ人だから支援したいといっているわけではないのです。アカイネメシスの脅威が迫ることを許してまで勝利に拘るラケルデモンへの懲罰は、ギリシアヘレネスの都市国家として必要なことであり、アカイネメシスの脅威を間近に感じるミュティレアだからこそ、遠方でせせら笑うラケルデモンの目を覚まさせるための行動が必要なのです」

 キルクスは、軽く鼻をすすり上げ、安い芝居のような演技で愛国心に訴えているが、間違いなくアテーナイヱはそんな意図ではない。

 アテーナイヱ艦隊は何度もラケルデモン艦隊を壊滅させているので、今度の海戦で勝利し、アカイネメシスにラケルデモンを支援するのは無駄だと示し、両国間の同盟に楔を打ちたいんだろう。

 ラケルデモンとアカイネメシスの同盟が手切れにならなかったとしても、制海権を確立させ、両国間の連絡を……?

 ……あー、そういうことか。

 マケドニコーバシオが、ラケルデモンの支持を表明しているので、ダーダルネス海峡さえ確保しておけば、陸路でもアカイネメシスへの連絡線が通じてる。

 ラケルデモン艦隊がサロ湾に居座っている理由もそれか。

 資金のあるアテーナイヱが中々干上がらないので、エーゲ海の中で大きく封鎖する作戦に切り替わってたんだ。

 じゃあ、パッと見ただけでも問題だらけのシケリア遠征も、それなりに意味があるのか。エーゲ海の中で四方からの補給を断たれたアテーナイヱが、外部からの糧秣を調達する上では。

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