Porrimaー6ー

 エレオノーレと視線が合う。

 いや、俺のせいではないんだが……。横のアデアの件もあって、どこか気まずい。だからこそ、なんでもない顔で出方を窺ってみたんだが――。

「アーベル、それ、どうし……!」

「来るな!」

 はっきりと怒鳴ると、椅子から立ち上がろうとしたエレオノーレはその動きを止め……いや、露骨に肩をビクつかせて、その衝撃に突き飛ばされるようにして再び椅子へと腰を落とした。

「でも!」

 ただ、最初の衝撃が通り過ぎた後は、やはり俺の眼帯が気になるのか――意外とエレオノーレが怪我に聡いことには驚いたが、……いや、付き合いが長いから、隻眼になって以降の顔の向きの変化から察したのかもしれない――、食い下がってきた。

 エレオノーレは、もはや昔と同じ身分ではないというのに、俺の後ろに控えている王太子や、周囲の王の友ヘタイロイ、また、迎賓館に集まっている要人を気にするだけの理性を、まだ持ち合わせていないようだ。

 ふん。まあ、らしいといえばらしいけどな。

 コイツはコイツで、思い込んだら一途なところがある。

 俺は――最初に怒鳴ってしまったものの――場を弁え、溜息は飲み込んだ。

 戦場では良く通るものの尋常でない声量とまで言われる俺の声に萎縮したのか、それを咎めようとするものはいなかった。いや、この場で全員と顔見知りなので、双方俺の性格を上手く掴んでくれているのかもしれないがな。こういう男だ、と。

「お前……いや、エレオノーレ、今回の俺の独断行動に寄り判明したが、貴女はラケルデモンに滅ぼされたメタセニア王家の末裔だと確認されている。ラケルデモンの元将軍の高官や、ラケルデモンの王族からの証言もある。そして、今現在の立場は、この都市の主だ。軽々しく席を立つな」

 口調は、いきなり敬語にはできなかった。そもそも、俺は、誰に対しても敬語を使っていなかったし、やはり、とっさには切り替えられない。

 エレオノーレは、一瞬訝しむような顔をしたが、すぐに戸惑い、狼狽えた様子で再び俺に詰め寄ろうとして、今度は隣に控えていたラオメドンに諫められている。

 そう、為政者ならば、たとえ飾りであったとしても感情を出してはいけない。それは、隙になる。

「ち、ちが、私は!」

「メタセニアが反乱を起こした際、民衆に紛れる形で難を逃れたのだ。自覚が無いのもしょうがない」

 素っ気無く答え、エレオノーレが余計な事を言う前に俺はその話題を終わらせた。

 もっとも、ミュティレアの支配層は別としても、王の友ヘタイロイは俺がそれをでっち上げたとはすぐに気付いている。ただ、その方が利用価値があるので、俺がレオや異母弟に言わせている内容を信じているをしているだけだ。

 民衆はそうした貴種流離譚を好む。


 改めてざっとこの場に集まった人間を観察してみるが、先生はこの場にいないようだった。

 迎賓館の広間には他にもミュティレアの民会において神官や財務管理なんかの役職を与えられた者や、キルクスやドクシアディス、他にも島へと残していった攻略部隊の幹部が揃っている。開け放たれた扉の向こうには、都市の自由市民達も集っていた。


 ラオメドンの説得によって椅子に呆然と座り直したエレオノーレ。そして、俺に対しては、プトレマイオスの軽い爪先蹴りが、皆の視線の下から飛んできたことで、予定外だった前口上は終了した。

「失礼。話が前後したが、そういうわけです。ゆくゆくは、其々が相応しい立場を得ることもあるでしょう」

 一礼し、場の空気を整えなおす俺。

 王の友ヘタイロイでもあるネアルコスだが、今現在、一応はミュティレア側ということで、エレオノーレの側へと向かい……ラオメドンが、エレオノーレの右の座を譲り。なにかあった際にすぐに対処できるよう、護衛としての位置へと下がった。外套に隠すようにして剣の柄に手を乗せている事からも、やはり無口だが頼りになる男だと思う。

 ただ――、やはり話術の面ではネアルコスの方が安心感があるからな。今の位置取りが適材適所って事なんだろう。うん。

 ラオメドンに代わり、今はネアルコスがエレオノーレに対し、おそらくおれの左目に関して軽く耳打ちし、エレオノーレが心ここに在らずといった顔で頷いていた。


 本題の方が霞んでしまった状況に苦笑いをしながら、王太子が前へと出てゆく。

 それに対し、島側からの危急の折の支援に関する感謝や、王太子の受け入れに伴う挨拶。実務面での細かい条件は既にネアルコスと都市の上層部で結ばれているので、それに対する王太子の形ばかりの承認があり。最後に、王太子の移住に伴う財宝類の国庫への納入――とはいえ、基本的に軍権はこちらが握り、かつ、王太子と後続の王の友ヘタイロイを受け入れたことで、自由市民の人口比率さえも拮抗しているので、資産管理の権限はこちらにあるが――を、充分に見せ付ける形で行った。

 パンガイオン金山製のマケドニコーバシオ金貨にはじまり、マケドニコーバシオ王家所縁のヘラクレス像、特産品の革製品に、武具、多量の羊毛の布、陶磁器、そして、ダトゥ攻略の際に得たアテーナイヱ銀貨に、女神の胸像、俺達の雑用としての若く優秀な奴隷に、エペイロスにおける財政・軍制改革における褒賞であった東方由来の絹も。

 無論、それらはアカイネメシスとヘレネス間の交易の窓口であるミュティレアにおいても日頃目にするような品々ではあっただろうが、多くの軍人の移住に伴う経費を不安視していた島の自由市民にとっては、不安を打ち消すには充分な材料であった。

 ネアルコスの根回しが充分だったこともあるだろうが、王太子が上に乗っかる形での島の支配に対しての不満や不安の声は上がらなかったし、それに伴う緊急の動議も出されはしなかった。

 俺達が既に攻略済みであったとはいえ、これで正式にこの島がマケドニコーバシオの王太子派の版図に組み込まれたことになる。

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