Porrimaー5ー
「アテーナイヱは、臨時の艦隊をここの南……サモス島で編成し、北進を開始し……つい最近はこちらでも物資の買い付けを行い、さらに北へとラケルデモン艦隊を追って進軍中です」
「売ったのか?」
プトレマイオスが、やや呆れた顔で訊き返し――。
「ええ。過剰物資があり、それにきちんとお金が出ましたので」
ネアルコスが、しれっとした顔で答えた。
まるで、お前の悪い影響だ、とでも言わんばかりの顔をプトレマイオスが俺に向けてきたので「別に、ラケルデモンもアテーナイヱもどっちも客だろ? 今は。いずれ、俺等がどっちも食ってやるんだし」と、言い返すと、俺の横でネアルコスがケタケタと笑って、プトレマイオスがムッとした顔になった。
いや、そう、物資の売買ではなくむしろより気になるのは……。
「サモス島を母港とした艦隊と言ったか?」
「ええ、そのようですが……なにか疑問がありますか?」
ネアルコスは、最初は特になんの疑問にも思わない顔で答えていたが、考え込む俺を見て最後にはそう訊ねてきた。
「いや、アテーナイヱ艦隊の本隊がエーゲ海西岸にいるらしいので、他に良い港がなかっただけかもしれないが……もしや殖民都市の兵士を中心とした海軍なのか?」
「すみません、そこまでは……あ、でも!」
なにか思い当たったのか、ネアルコスが急に大きな声を上げた。
「港で艤装中の船は、キルクスが中心となり、アテーナイヱ艦隊に合流する予定ですし、アテーナイヱ艦隊は他の諸都市にも海軍を出すように要請しているようですので、その可能性は高いですね」
本国からは将官を派遣しているだけだとするなら、いよいよ戦争継続能力が低下してきているのかもしれない。決着は、そう遠くないだろう。
既に長期戦となってしまってはいるが、おそらく、初夏の麦の収穫期までに、とはラケルデモンも考えているだろうし。
ふと、左のプトレマイオスの何か言いたそうな気配に気付き――軽く顔を上げたんだが、昔みたいにそれだけでは左のプトレマイオスの顔は見えなかった。ただ、俺の仕草から、プトレマイオスもなんらかの反応をネアルコスに返しはしたんだと思う。
ネアルコスが、俺の顔を覗きこんで「どうせもう要らない連中でしょう?」と、はっきりと言い切ったから。
……まあ、その通りではあるんだが、やっぱりというかなんというか、野心はあっても実力のないキルクス相手に、ネアルコスは随分と苛々としていたようだ。
「時々ゾクッとするな」
左側からプトレマイオスのそんな声が響いて、ネアルコスが俺から視線を外した。
「はい?」
「ネアルコスは、好きと嫌いの差が激しい」
嘆息するように、呟くように重く言い放ったプトレマイオス。
ネアルコスは、否定も肯定もせずにクスクスと笑っているだけだった。
と、そこで話を聞き終えた王太子が、軽く笑みを湛えたままで口を開いた。
「艦隊の派遣自体は行っても構わないだろう。勝っても負けても、使いようによっては利になる。場合によっては、己達も督戦に向かう。迎賓館での挨拶後、マケドニコーバシオの
「はっ」
「はい」
「了解」
三者三様の返事を返す。
役割についても改めて訊く必要はない。適材適所、そういう運用が
市民の出迎えを受け、既に隊列はアゴラへと到着していた。
まず、アゴラに騎兵を並べてから、王太子、プトレマイオス、その他主だった者が下馬し、迎賓館へと向かう。
さっきと同じように先行する俺の横にプトレマイオスがつくのかと思ったのだが――不意にプトレマイオスが一歩前に出て、ネアルコスにもそうするように促した。首を捻りながらも素直に従うネアルコスと……。
当たり前の顔で俺の横に並んだアデア。
……ああ、そういうことか。
ただ、珍しいことに、アデアの態度が随分としおらしいというか、人見知りって性格でもなさそうなんだが、どうにも落ち着きがなかったのでそっと耳打ちした。
「建物は立派だが、そう萎縮するな。内実は、マケドニコーバシオに勝るものでもない」
石畳の道路に、セメントで作られた建物。鮮やかな彩色の神々の銅像、春先の今は、店先に並ぶ品物にはここよりも温暖な南のアカイネメシス領の旧古代王国からもたらされた品が多く、また、街角には商業と旅行者の神であるヘメースを象ったヘルマと呼ばれる人の背丈ほどの柱が並び、道案内を兼ねている。
そのどれもが、エペイロスやマケドニコーバシオでは見慣れない風景だった。
マケドニコーバシオは、ヘレネスの中では珍しく木材にも恵まれているため、どうしてももっと簡素な作りの建物が増える傾向にある。
南部を真似て整備中の都市や、新都ペラも悪くはないんだが、まだ新しい都市であるせいか、都市内部の補修整備の面で追いついていない部分もあるようだし。なにより、農業国という性質上、他国の贅沢品があまり流通していないしな。
「わ、わかっておる」
とか言いながら、俺の紅緋のクラミュスを掴むアデア。
軽く嘆息して見せる俺の右側に王太子が着き、プトレマイオスは肩越しにどっか悦に入った表情で、その隣のネアルコスは、本当に不思議そうに俺とアデアを見比べていた。
衛兵により、迎賓館の扉が開けられる。
広間の最奥。
立派な椅子に、どこか所在無げに座るエレオノーレが視界へと飛び込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます