Porrimaー3ー
ミュティレアの港は、妙な緊張感に包まれていた。
「プトレマイオス」
呼びかけると、プトレマイオスは静かに頷き、兵士を完全武装させ上陸後にすぐさま騎兵を展開できる準備を始めた。俺自身も、現在俺の配下にあるラケルデモン兵を船縁に展開し、投槍攻撃が出来る体制を整えさせる。
アデアは下がらせ――船倉は空気が籠るから臭いだの、ワタシも戦えるだのなんだのと騒いでいたが、満場一致でそれを無視して押し込んだ――、王太子の周囲に盾兵を配置する。
商船が沖に投錨し――。
湾内では、軍船が、艤装していた。
戦争という物は、素人が考えているほど簡単には始められない。装備を自弁できる自由市民の合意を取り付けたり、傭兵を雇い人を集めれば良いという話ではない。無産階級や奴隷兵のために武具を買い揃え、戦時の指揮系統を明確にし、作戦日程に乗っ取った物資の買い入れと補給計画を立て、輸送計画に沿って軍を展開する。
無論、敵の応手によって更に状況は複雑化するが、派兵に際しては、常備軍である
つまり、戦争の準備をするということは極めて時間が掛かり、事務手続きも多いものなのだ。
それが、目の前で行われている。
ネアルコスやラオメドンがしくじったとは思えない。優秀な軍団兵も居るし、俺が抜けた代わりに、先生が到着している。
島の北部の都市を落とすのに……まあ、そりゃあ基本的にはアヱギーナ人部隊を使わせたので、それなりに梃子摺りはしたが、そこで出る消費は経済を回す上で織り込み済みの犠牲だったはずだ。
なら、この軍備はいったい?
ラケルデモンとアテーナイヱの戦況は、テレスアリアで確認した最新の情報では未だ拮抗状態にあったはずだ。どちらかが大勝した、という状況ではない。小規模な小競り合いで勝った負けたの状態が続いている。
ラケルデモンはアテーナイヱの各地の海岸線に作られた都市を包囲するために、軍を広く展開しているので、ひとつの戦線に集中できていないし。アテーナイヱの頼みの綱の海軍は、海では優勢なものの、何度潰してもアカイネメシスの援助で再建されるラケルデモン艦隊を押さえ切れていない。
大型船を先導するための小船が来たので、それに従って――湾内は、桟橋のせいで海流が複雑で、また、敵の軍艦の侵入を阻止するために敢て掘削せずに残している浅瀬も有る――湾内へと船を進める。
いきなり攻撃を受けることはなさそうだが……。
「おい、見ろ」
「……ああ」
近付いたことでわかったが、出港準備をしている軍船は船飾りなどからアテーナイヱの軍船だと識別できる形での艤装を施されていた。乗員や装備を見るに、水夫もアテーナイヱ人だけのようだ。
「なにが起こっているんだ?」
プトレマイオスの事だから、今回の遠征を任されていたのに島を離れて、こんな状態になってしまったことに対し、俺を叱責する。いや、もしかしたら、留守番のネアルコスとラオメドンに対し憤慨するかとも思っていたんだが、声に戸惑いはあるものの冷静だった。
「分からん。ともかく、上陸したらネアルコスに聞いてみよう」
武装している船は、三段櫂船が八隻。物資輸送用のガレーが二隻か。然程の大軍ってわけじゃない。
……もしかしなくても、三段櫂船の方は俺達がレスボス島攻略に当てた船だな。ミュティレアの所有する軍船じゃない。
ってことは、また、あの中途半端な野心家がバカを始めたって事か。
いや、確かに、ネアルコスはあれを嫌っていたし、これは俺の落ち度でもあるのかもしれないが……。象徴のエレオノーレと、それに、ライバル役のドクシアディスは上手く機能しなかったらしい。
なんというか、しがらみってのは手を離してくれないものだな、なんてつい苦笑いを浮べてしまい、プトレマイオスに不思議そうな顔をされてしまった。
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