Vindemiatrixー2ー

 最終確認も兼ねて主だった者の表情を窺うが……。我関せずと、視線を背ける者ばかりだ。ったく、ちっとばっかし、遊んでやるしかない、か。

 溜息混じりに自分の長剣をプトレマイオスに向かって放り投げる。だがしかし、プトレマイオスが受け取りに多少まごついて、長剣を落としそうになっていた。

「おい」

 鉄剣は北部じゃ手に入らないんだから、注意してくれ、と、言いたかったんだが「お前は、こんな物を放り投げるな!」と、割と真面目な顔で逆に怒られてしまった。

 確かに、使い手を選ぶ得物ではあるんだけどな。

 一応、これで思い直すかと思ってアデアを見るが。

「なにをしている? 早く他の武器をもて」

 とか、全く理解していない顔をされてしまい、ちょっとだけカチンときた。

 とはいえ、剣で相手するのもなぁ。青銅の剣では、俺の振りに負けて折れたり曲がったりするので、意図せずに怪我をさせるかもしれない。

 まあ、気配から推察するに、無手でも良いと言えば良いんだが……。

 兵士達を横目で見れば、一番近くの兵士が慌てて自身の剣を持ってきたので「あー、いい、いい、その辺の適当な棒っきれで……ああ、薪でも構わない!」と、兵士達があたっている焚き火の近くの薪から、二の腕と同じぐらいの長さのものを持ってこさせた。

 燃えやすくするために割ってあったので太さはないが、まあ、この程度で充分だろう。

 軽く振って手応えを確認し、アデアに向き合う。

「随分とワタシのことを舐めているんだな」

 思った以上に不機嫌なのは、その表情から察せられたんだが……。

「そういうのは、俺に手傷のひとつでも負わせてから言え」

 実力差を鑑みて、はっきりとバカにした笑みで告げると、即座にアデアがだらりと引き摺るように構えていた剣を振り上げた。

 僅かに背中を反って、顔の前を吹き抜ける刃を見送る。顎を狙ったそれに躊躇は感じられなかった。防ぐことを確信していたのか、それともこれで死ぬならそれで良いってつもりだったのか。

 好意的に考えるなら、不敵に笑って流れるような動きで上段に構え直したアデアの様子は、初撃で決める気はなかったとも見て取れ、前者のような気はするがな。

 ともあれ、男でも女でも勇敢なヤツは嫌いじゃない。だが、蛮勇は恥ずべき行為だ。勝負は、勝ってこそ意味がある。今後のためにも、ここで少しは痛い目を見ていてもらおう、と、俺は右手だけで薪を握り、アデアに向けて構える。


 薙ぐ動きは一歩下がってかわし、振り抜いた剣を構える隙に、間合いを詰めてアデアを後退させる。退いたアデアを手招きで挑発し、粗い振りを右に避ける。

 薪は使うまでもなかった。

 とはいえ、アデアがダメなのではないとは、感じてもいる。その辺の雑兵相手なら、不覚傷を負うことはないだろう。が、なんていうかな、お行儀が良過ぎる印象もある。何度か実戦を経た中堅の兵士相手では戦い抜ける技量ではない。

 貴族出の王の友ヘタイロイ……例えば、プトレマイオスなんかも基本的には型通りの戦い方をするんだが、実戦で慣らしているのでもう少しは応用が利いている。アデアは、なんというか、生のままの戦技というか……。一撃一撃がそれだけで終わってしまっていて、次の攻撃に移る前に、必ず予備動作がある。筋肉の動き、重心の移動、視線の動きが、雄弁にそれを語ってしまっている。

 正直、攻撃を見切るのは簡単で、当たってやる方が難しいぐらいだった。

 だから――。

 アデアが上段から振り下ろした剣を、さして太くもない薪で受け止める。

 角度をつけ、刃筋を見切り、力の方向性を上手く支配できれば、そう難しい技術ではない。まして、アデアの剣術は直線的なので先を読みやすいのだ。こんなちっぽけな棒っきれでも、簡単に受け流されてしまう。

「えっ⁉」

 だがアデアとしては、まさか薪で青銅の剣を受け止められるとは思ってもみなかったのか、意外と可愛らしい声が口から漏れたので、つい笑ってしまい――鋭い視線で睨まれてしまった。

 くっくっく、と、笑いながら解説をしてやる。

「刃物を、ただ、振るな。それだと皮がだけだ。接触時に滑らせ、斬ることを覚えろ」

 その言葉を聞いた瞬間に、アデアが腰を落とし、腕を素早く引こうとしたので――ちょん、と、軽く突き出される形になった脛を蹴り、構えを崩した。

 だが、アデアは腕を引くことだけに集中していたのか、大きく姿勢を崩し……踏ん張るも、堪え切れずによろけてしまい、ぬかるみに転がりそうになったので、慌てて薪を投げ捨てて腰を支えた。

「腕に意識が行き過ぎだ。足は要らないのか? ん?」

 抱き留め、額がぶつかる距離でそう告げると、アデアはプイと頬を膨らませて視線を逸らした。

「俺の勝ちだな」

 逃げたアデアの視線を、態勢を立て直すのを手伝いながら言葉で追撃する。するとアデアは、羞恥心からか赤い顔で「今に見てろ」と、吐き捨てるように言い放った。

「あん?」

「その余裕の笑みをすぐに消してやる。ワタシはまだまだ伸びるんだ」

 真っ赤な顔で俺を指差すアデアが、なんだか微笑ましくて、今度こそ俺は腹の底から笑ってしまった。

 目尻に涙さえ浮べて笑う俺を、勝気でありながらもどこかまっすぐな視線で睨むアデア。

 そう、アデアはまだ若い。何者にもなれないまま、既に古くなってしまった俺とはとても吊り合わないほどに。


「その通りだ。だから必要以上に俺に拘るな」

 真面目な忠告のつもりだった。

 だが、どこか寂しそうな、悲しそうな目を向けられたので、ポンポンとその頭に右手を乗せ、軽く撫でてしまい――なんとなく、その流れで訓練を終えた。

 言いたい事を飲み込んだような複雑な顔のプトレマイオスと、どっか悦に入ったような王太子の視線を受けながら。

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