夜の始まりー4ー

 円堂に会議の参加者が全て集まり、王太子と王の友ヘタイロイが中央に並び立つ。無論、俺も中央で王太子の右後ろにいる。今の俺には、この位置が一番王太子を守りやすい。

 ちなみに、王太子はプトレマイオスとは違い、特に俺になにも言わず、昨日の事を追求もしなかった。

 時間が解決する、とでも思っているんだろうか? まあ、確かに昨日の今日だし、プトレマイオスがやや焦り過ぎって印象も拭えないんだけどな。

 その辺は、性分か。

 プトレマイオスの場合、やるべきことはさっさと済ませないと気が済まないという生真面目な性質だし。かつて俺の指導を行っていたことからも、早めに俺の身を固めさせて、安心したいって親心? みたいなものがあるのかもしれない。


「まず、現在の情勢だが、なかり複雑化している」

 簡単な挨拶の後、王太子が地図を広げて話し始めた。

「マケドニコーバシオは、今回のラケルデモンとアテーナイヱの戦争に加担していないが、一連の追放政策の後、ラケルデモンの支持は表明した」

「支持?」

 思わず訊き返してしまったが、俺と同じように不思議に思う者が多かったので、視線は俺に向かず、王太子に集中している。

 同盟を結んだというわけではないのかもしれないが、それはどの程度の協力関係なのだろうか?

 戦費の支援を行うつもりなのか、兵士を差し出すつもりなのか。内容にもよるが、貸したものが返ってくるとは、安易に信じられないんだけどな。

 王太子は鷹揚に頷き、まず俺の顔を見て、それから円堂の重装騎兵ヘタイロイに向き直って説明を始めた。

「そう、あくまで支持だ。支援ではない。アテーナイヱとの戦争には正当な理由があり、ラケルデモンの戦争遂行のため、軍需物資の取り引きを優先的に行う。また、取り引き中の商船に対して攻撃する国家を敵とみなす」

 円堂に向けて、全体への説明をした後、再び俺に向き直る王太子。

「微妙といえば微妙な発言だな」

 俺が代表して質問をした形になってしまっていたし、どうせなので、正直な感想を付け加えてみた。

「いや、軍需物資の原料である革製品を売りつけるための方便としては上等であろう。現時点での目的は、国力の充実なのだから、兵を出さずにおこぼれに預かれるなら、それでよしとするのが一番であるはず」

 返答したのは、ハルパロスと近い財務関連の王の友ヘタイロイだったが、正直、それもどうなのかな、と、俺は思う。

 マケドニコーバシオからラケルデモンへの直通の海路はアテーナイヱ制海域だし、陸路ならコンリトスというラケルデモンと長く同盟関係にある国を経由することになる。そもそもが、ミュティレアで得た情報から、アカイネメシスが裏から戦費の支援をラケルデモンに行っているんだし、正直、マケドニコーバシオは然程重きは置かれていないはずだ。

 まあ、マケドニコーバシオ内に革製品の在庫がたぶつくよりはましかもしれないが……。

 王太子から、視線を向けられたので、俺は「他国の出方は?」と、訊ねてみた。

 が、王太子にも、財務管理の連中にも、肩を竦められただけだった。

 まあ、それもそうなのかもしれない、南部の都市国家においては、未だにマケドニコーバシオはヘレネス最北の野蛮人の国って印象なんだし。宣言そのものが、ラケルデモン以外には無視されているのかもな。

 ラケルデモンとしても、アテーナイヱ全土を占領下におけるだけの兵士がいないんだし、それなら多少はマケドニコーバシオにアテーナイヱ殖民都市を譲るのも止む無しって所なのかもな。

 納得したわけではなかったが、現状、それ以上の見解は無かったので俺は引いた。それと同時に、今度はマケドニコーバシオの詳細な地図が掲げられ――。

「では次に、国内の状況だが……」

 と、王太子が皮肉な笑みを口元に浮かべた。

 色分けして囲まれている土地が、王太子派と現国王派、なにも印が無いのが日和見か。

「王太子派、現国王派、どちらも然程多くは無いんだな」

 マケドニコーバシオの広大な国土の中、現国王の支持を正式に表明しているのは旧都アイガイを中心とした中央部だけだったし、また、王太子の支持を表明しているのも南部のかつてエレオノーレ達を据えていた周辺の都市部や西部のエペイロスよりの要塞や村が中心で……残りの七割がたは日和見というか、どちらにつくのかをまだ明確には表明していないらしい。

「事を起こすなら、緒戦は絶対に負けられない」

 顔に見覚えは無いが、軍装を見るにエペイロス兵ではなく、マケドニコーバシオの指揮官のひとりなのだと思うが、それは、別に言う必要のある言葉だとは思わなかった。

 だが、他に取り上げる声はなかったからなのか――。

「その通りだ」

 と、王太子が返事をし、会議の場に沈黙が降りてきた。


 暫く待ってみたが、特に意見は出てこなかった。まあ、俺も、まだ迷っている段階では合ったんだが「どうした?」と、俺の視線を追ったプトレマイオスに尋ねられると、口を開かずにいるわけにはいかず、見れば分かることではあるが、俺はそれを口に出した。

「現国王の支持層には古い家柄で奴隷を多く抱える貴族が多く――逆に、新興の都市を多く押さえるこちらが経済力では勝っている」

「買収か?」

 どこからか聞こえて来た質問に、顔を上げ、円堂のやや上方に視線を向けて俺は誰にとも無く語り掛けた。

「それもある。が、現国王がラケルデモンとの軍需物資の取り引きに関する政策を打ち出したことで、少し均衡が傾くかもしれない」

 七割以上が、俺の言いたい事を察した様子だった。

 そう、新興の都市が支持層である以上、利益が出るなら鞍替えされる恐れはある。もっとも、ラケルデモンは鉄貨以外の通貨を廃しているので、アテーナイヱからの略奪品の転売でどの程度、利益が出るのか未知数ではあるが。

 ……おそらく、然程ではない、と、思うが、正直、今のラケルデモンに美術品や宝物の価値がどの程度理解できるか不安な部分もある。場合によっては、安価な武具や生活必需品と、高価な調度品を引き換えたりもするかもしれない。

 いや、仮にそうだったとしても、中継地点のコンリトスで大方は掠め取られるとは思うんだけどな。少し、まだ、情報が少な過ぎてなんとも言えない。

 ただ、可能性として、現国王派がこちらの支配域に対して、利益をちらつかせる可能性がある以上、傍観もできないわけで……。

「無論、儲けは歓迎する。が、ある程度の引き締めも必要になる、な」

 暫く間を置き、全員が俺の意見に納得したところでそう付け加えた。

 が、王太子が、ではどうする? と、目で訊ねてきたので、俺は言葉を続けた。

「商隊の護衛の名目で、こちらの武威を示しておく、その上で様子見」

 現国王を刺激せずに、かつ、支配下の都市の監視を行う上では、他に取れる手は無い。

 面白みは無い、が、いきなり投機的な戦略は打ち出せない。


 特に反論が出なかったことで、それに関しては俺が商隊護衛に関する指導指揮を行うことで決着がつき、次の議題へと移っていったが……。会議が初回だったこともあり、自分達が置かれている現状の確認と、問題の抽出、無難な対応策どまりで、大きな進展は無かった。

 全員が其々独自の戦略を考えてきて、その計画案の議論に入るのは次回以降だな。


 会議後の退席の順番を待つ間、エペイロス軍の訓練と併せ、暫くは忙しくなるな、なんて事を考えていたら、それをプトレマイオスに見透かされ、ムッとした顔をされてしまい……。

 結局、俺は、苦笑いを浮べてしまった。

 ついでに、これから部屋へ戻れば、またアデアが不貞腐れたような顔で出迎えるのかな、なんて思ってしまうと、苦笑いはより深く白々しくなってしまっていた。

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