夜の始まりー3ー

 場所が変わったところで、やることはそう大きくは変わらない。

 ひとまず、マケドニコーバシオから追放されない王の友ヘタイロイは帰国の途についたが、俺やプトレマイオス、それに王太子を中心とした数名がエペイロスを拠点に新たなる活動を開始した。

 その第一回目、今後の方針の確認のための会議が、昼の少し前から始まる。


 少し早めに部屋を出ると、会議室へと向かう道すがらプトレマイオスとばったりと遭遇した。

「どうだった?」

 プトレマイオスは、鼻が高く目の大きい美男で……あんまりこうした下品な笑みは浮かべないんだが、今日に限っては好奇心が勝ったらしい。迷惑この上ないことだが。

「なにがだ?」

 と、訊き返すが、なんて言われるかは分かっていた。

「初夜は」

 肘で俺をつつくプトレマイオス。何気なさを装ってはいるが、プトレマイオスの部下の兵士や、同じく会議室へと向かう重装騎兵の幹部連中も聞き耳を立てているのが、足取りからなんとなく推理できてしまう。

 ちくしょう、俺で遊んでるな、コイツ等。

「ああ、寝台は二つ用意して欲しかったがな。アデアの寝相も悪くなかったから、大丈夫だったが……」

 俺は、軽く肩を竦めて見せ、まったく分かっていない振りをして、困ったものだと呆れ顔を作った。

「いや、そうではなく」

 案の定、プトレマイオスはばつが悪そうな顔になったが、そのまま暫く歩き続けた後、唐突に真顔になって俺に詰め寄ってきた。

「……アーベル、まさかとは思うが、本当に、睡眠をとっただけなのか?」

 まあ、王の友ヘタイロイの中では一番付き合いが長いんだし、分かっていない振りをし続けるにも限界はある。

 だから俺は、嫌な顔になるのを隠そうともせずに訊き返した。

「……あのな、あんな子供にどうしろってんだよ?」

「お前とそう歳は変わらないだろう」

「だから、子供だって言ってんだよ」

「お前自身が子供だと?」

 プトレマイオスの皮肉に、ははんと、鼻で笑って返す。

「俺は、同世代の中で大人びてるんでね」


 再び、短くない沈黙が流れたが……。

「アーベルいいか?」

 どこか心配そうというか、不安そうな、神妙な面持ちのプトレマイオスに改まって切り出されたので、今度は逆に俺が気まずさというか、ばつの悪さを感じてしまった。

「なんだよ、いきなり真面目に……」

「いや、お前は、私達がからかっているだけだと思っているかもしれないが――」

 俺は、完全にそれだけだと思っていたので思いっ切り頷いたが、プトレマイオスに本気で睨まれたので、大人しく話を聞いてやることにした。

「女性の気持ちを慮れ。恥をかかせるな。そこまで状況が整えられているんだから、向こうもそれなりの覚悟があるはずなんだ。一度は優しさだと思うかもしれないが、それが続くと不和の原因になる。いいか? これは、政略的意味合いもあるんだ、分かるな?」

 プトレマイオスの言っていることは分かる。理解も出来るし、俺とプトレマイオスの立場が逆だったとしたら、俺もきっと同じ事を言っていたと思う。

 だけど――……。

「返事はどうした?」

 一度だけ、下唇を噛んでしまったが、そんな子供っぽい仕草をしてしまった自分自身に驚き慌てて……なにか答えようとしたが、言葉に詰まって――。

「……そういう雰囲気になれば考える。昨日はお互いに疲れていたし、夜も遅く、アデアも眠そうだった」

 結局は、そんな使い古されたような言い訳しか出てこなかった。

「約束だぞ」

 プトレマイオスは、俺の振る舞いを非難はしなかったが、強い眼差しでそう告げるので、俺は「……ああ」と、答えることしか出来なかった。

 プトレマイオスの王の友ヘタイロイとしての表情が、行動を強いている。


 難しいな、とは思う。

 アデアの事は、正直、なんと思えばいいのか分からない。好きとか、嫌いとか、判断できるほどアデアを俺は知らない。そして、プトレマイオスは仲間だと思っている。いや、プトレマイオスだけでなく、王太子も、他の王の友ヘタイロイの皆も。

 嫌う理由が無い以上、俺がアデアとの婚約を納得すれば、全て上手くいくんだろうなってのは分かるんだが……な。


 たったひとりのために微かに吐いた溜息は、高い天井の柱廊へと白く曇って消えていった。

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