夜の終わりー4ー
言葉を多く話せば、言い訳や綺麗事にしかならないのが、気持ち悪かった。
俺達は、自らの意志と理性で、其々の戦場を戦っている。
俺には俺の命題があり、それは王太子も、プトレマイオスも、クレイトスも同じで、皆別々の人生の目的があり、その
そして、そんな自分個人の人生に対する上手く言葉に出来なかったり、口に出来ないような問題を飲み込んで、一緒に戦っている。
別に、俺だけが特別なわけじゃない。
「国を奪うなら、正当性は必要だろう? 非道な手段で正統な後継者を追い出したラケルデモンに対し、マケドニコーバシオが王の復権を支援した、なので、主従の誓いが結ばれた、とな。分かり易く、民衆に支持される物語だ」
「己達は、お前さんをその役に据える」
はっきりした王太子の言葉に、首をゆるゆると横に振って返す。
「俺では、我が強過ぎる。……他に手段がなかったとはいえ、祭り上げるには汚れ過ぎてる」
反論は、出なかった。まあ、それも当然なんだが。
手を組んで食卓の上に乗せ、軽く俯き、深く息を吐いてから天井を仰ぐ。
「皆は、陽の当たる道を進むべきだ。マケドニコーバシオの象徴でもある、太陽の紋章のように、な」
我慢や妥協も無いわけじゃない、が、それでも俺達は一緒に、ひとつの未来を目指している。その中央には、様々な方向を向いている俺達を纏め上げ、大望を抱く王太子が居る。
かつて、王太子は俺と同じだと、兄弟だと呼んだ。
でも、それは違うと、今、はっきりと答えられる。
自然と人が集まり、そこにこんなにも強い絆を結べるのだから、王太子は覇道を歩むべきであり、俺の側へと落ちてきて良い人間ではなかった。
確かに、王太子にも負の感情はあるのかもしれない。勝つために、非道を行う必要も出るだろう。
だから、俺がそれを全うする。
皆で未来へと進むために、汚れ役は全て俺が引き受ける。
俺は、王の陰となる。
「お前は、どうするんだ?」
プトレマイオスが、どこか不安そうに尋ねてきた。
そう、不安そうだということは概ね分かっているんだろう。
マケドニコーバシオ勝利のための裏工作や暗殺を俺が遂行するのなら、
そういう結末を、悪く思わない自分が居る。昔の俺では、考えられないことだが。
俺の代役には、俺にはない可能性を秘めた異母弟がいる。俺自身は今更生き方を変えられない以上、せめて、意味のある死を迎えたかった。
「致し方ないだろ?」
ラケルデモンは、やり過ぎた。
どこかで、誰かが、その恨みを背負う必要もある。
次代を背負う異母弟に、ラケルデモンへの恨みを背負わせるつもりはなかった。
「世界が、……円満に変わるためには、そうしなければならないんだ。……まぁ? ただで死ぬ気もないがな。俺の命に見合うだけの障害物を取り除いて見せるさ」
現国王の暗殺をほのめかすと、プトレマイオスはやや眉を顰め、クレイトスはいつも通りのちょっとおふざけたニヤニヤ笑いで肩を竦め、リュシマコスは意味が分かっていないことは無いはずだが、ただ泰然と受け流し――。
王太子は流石と言うべきか、表情を全く変えずに言い返してきた。
「それは……状況次第だろうが」
うん? と、少し予想外の返事に首を傾げてみせる。
「あんまり、ひとりで背負い込むなよ……兄弟。お前程ではないかもしれないが、
多少の毒も混ぜ、にやりと笑う王太子。
しかし……。
皆なら、その役回りを担うのが俺だと分かってもいるし、同意もしてくれるものだと思って視線を巡らせようと――。
「あんま先の話は置いとケ」
皆の顔を見るために首を回す前に、クレイトスに首にまとわりつかれてしまった。
左目の死角には、まだ慣れない。いつもなら避けられたと思うんだが、首にもろにクレイトスの腕が食い込んでいる。
もっとも、加減はされているので、息は出来るけどな。
は――、と、今日はやけにくっついてくるクレイトスに溜息をつくと、案外あっさりと腕は解け、目の前の王太子が、今度は真面目な顔になって告げた。
「そうだな、直近の問題を先に片付けるか。アーベル!」
命令違反の懲罰を言い渡されるのだと思って姿勢を正した俺だったが、王太子から出てきたのは全く、予想だにしていなかった言葉だった。
「お前さん、伝令と行き違ったので聞いてなかっただろうが、アレだぞ? 婚約したからな」
唐突に、そして、率直に言い切った王太子。
「アルゴリダは、まあ、おまけで貰っとくが、本題の大凡はそれだ。さっさとエペイロスへ帰るぞ。顔合わせもさせねばな。はっはっはっはぁ!」
そう王太子が告げ、高笑いを上げれば、さっさと食卓が片付けられ、バタバタと慌しく出発準備が始まった。
そうか、婚約か。
まあ、それなら急いだ方が良いのか? とか、あくまで他人事として――実際、少し前にプトレマイオスも、結婚するだのしないだのって話があったし、既婚者の
……って、誰が? 俺が?
…………。
あ゛ぁん⁉
――Celestial sphere第五部【Perseus】 了――
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