夜の終わりー3ー
多分、普段は外国からの賓客をもてなすために使っていたのであろう、なかり大きな部屋に案内をされるがままに入ると、少しだけ懐かしさを感じた。
皆が居る。
建物も国も違う、それに、この場に居ない
トラキア征伐の際、伝令をしていたため兵力に余裕があるリュシマコスは当然としても、意外なところでは財務管理担当のハルパロスも同行しているようだった。
まあ、俺はあくまで武闘派なのでハルパロスはあんまり好きじゃないし、向こうは向こうで、昔の経験を活かし割と勝手に装備や糧秣を調達して金を浮かせる俺を快くは思ってい無いはずだが……。
アルゴリダの財産を押収し、運用する上では、役に立つのかもな。
占領は良いとしても、このままマケドニコーバシオが統治する旨味はない――アルゴスは、アルゴリコス湾の際奥の都市国家であり、湾の大半はラケルデモン制海域であり、商用には極めて不適だ――はずだし。
「あの二人は、別室に待機してもらっている。事情が事情なので、自由に出歩かせるわけには行かなかった」
俺の顔の動きを少し誤解したプトレマイオスが耳打ちしてきたので、俺は誤解を訂正することはせずに「大丈夫、分かっている」とだけ伝えた。
王太子が、俺の前に立ち、黒いなにかを――。
「ほら」
差し出してきた。
「なんだ?」
受け取りながら訊ねてみる。黒い布、じゃないな、所々木や青銅で補強され……防具?
「眼帯を作らせた。即席ではあるが、額当てを兼ねさせている特注品だ。今後、必要だろう?」
間違いなく戦闘用だな。額と失った左目の場所を強く保護し、左頬にかけても金属で補強されている。複数の木の板を合わせているのか、肌に触れる部分は、堅すぎず、また、最外殻は青銅で薄く覆われている。
一品物、それもかなりの職工の作だな。
「ああ」
包帯を取り、眼帯を巻く。血は、もう止まっていたし、思ったとおり、付け心地は良かった。
「報告から、か?」
眼帯をつけた顔を、他の
リュシマコスは笑顔を返し、クレイトスは相変わらず俺の尻や背中をバシバシ叩いてきて、プトレマイオスは目の負傷を気にしてか微かに嘆息した。ハルパロスさえも、若干嫌味を感じる皮肉っぽい笑みではあったが、やんわりとした顔を返してきているし、似合っていなくは無いんだろう。
「待て、食いながらで良い。時間が無いからな」
時間が無い?
ちょっとその部分に引っ掛かりを覚えたが、確かにこの国はラケルデモンのなかにポツンととり残された他国になってしまったんだ。下手をすれば、包囲され、出国できなくなる。
しかし、正直なところ、一戦してしまった後で、国を占領できるだけの兵力を秘密裏に再度移動させるのは難しいと思うんだが……。
とはいえ、他のヘタイロイが食卓に着き、俺も相当に腹が減ってはいたので、まずは席に着き、調理用のパンを緩く似た粥の皿を一口で呷った。
「まず、現状を説明する」
で、いいのか? と、王太子はプトレマイオスを見ると、プトレマイオスは即座に頷いた。
まあ、結局、黒のクレイトスが来たから話が中途半端になってたし、きちんと戦後処理について聞いておいた方が良いだろう。
後は、この国からの脱出の手段についても。
「まず、アルゴリダは完全に占領し、新たな王の樹立にも成功。主要都市からの反発はない。リュシマコスがアルゴリダ内のラケルデモン軍を一掃し、国境線の再軍備を軽装歩兵隊が行っている。ただ――」
王太子が珍しく言い難そうにしてクレイトスの方を見た。
つられて俺もクレイトスを見ると……。
「すまん。敵将を逃した」
ばつが悪そうな顔でクレイトスが言ったので、俺は即座に――。
「いや、アレはアレで手練だ。損害が少なかったことの方に意味がある。それに、俺も苦戦した相手だしな」
と、最後に冗談めかして答えたんだが、場の空気はややいまいちだった。
怪我を軽く言おうとしたんだが、少し失敗したようだ。少し頭を掻いてから、野兎の串焼きを手に、王太子に向き直る。
「現状、進軍した
串焼きを齧り、飲み込んでから俺は聞き返した。
「意外と少ないな」
「まあ、この季節の進軍だし、大群は目につくからな。アルゴリダもラケルデモンも内情が不明だから怖いのであって、お前の事前情報あればこその小勢での奇襲作戦だった」
勝手な行動をしていた身としては、喜ぶべきか否か分からなかったので曖昧な表情を返す。
三百ならまあ、行きと同じ経路で帰れるかもしれないな。
ん?
「軽装歩兵は? ここで頑張らせるのか?」
さっき、国境線の再軍備は軽装歩兵が行っているといっていたが、それは置いていくんだろうか? 正直、アルゴリダを維持することで、マケドニコーバシオに利になることはないと思うんだが……。
王太子は、俺の指摘に少し嬉しそうな顔をして続けた。
「いや、軽装歩兵隊はアテーナイヱ兵だ。置き去りにするために連れてきた」
……なるほど、な。
ってことは、この国に残されるのは、先だっての外港都市ダトゥを落とした時の捕虜を中心とした奴隷部隊か。
確か、あの時の戦闘でかなり殺したはずだが、それでも、国内にまとめて保管するには反乱を警戒しなくてはならない数だろう。ミュティレアに引っ張っていっても、要らぬ反発が出るだろうし……。それなら、アテーナイヱの敵であるラケルデモンと戦わせ、解放した方が利にはなる。
今回の件で、外港都市ダトゥの生き残り、もしくはアテーナイヱ陣営に恩を売れればよし、仮にすぐさまマケドニコーバシオの意に反したところで、四方をラケルデモンに囲まれているこの場所に封じられている以上、直接的な害は無い。ラケルデモンとアテーナイヱの目を、レスボス島のあるエーゲ海東部からこちらに引き戻すという意図もあるだろう。
俺の勝手な行動を知った後で計画したとしたら、完璧過ぎる計画だな。
ハルパロスの方へと顔を向ければ、ハルパロスはどこか鼻につく態度でワインを飲んでいた手を止め――。
「奴隷を市場に出さなかったことで出た管理維持、武装、教導のための経費ですが、まぁ、この国の財宝で埋められたのでよしとしましょう」
とか、すかした顔で言ってきた。
苦笑いで王太子の方へと顔を戻す。
「そういうわけだ。騎兵の早足で、戦闘を避けて一気に帰還する。土産は充分だしな、お前さんの勝手な行動の罰は、それを上回る利益もあるので、また別に些細な事を考えておくさ」
土産、の部分に、少し胸が痛んだが、それは、異母弟をそういう言い草で扱われたからなのか、それとも、俺よりも意味のある土産というニュアンスを感じてしまったからなのかは分からない。
そして、俺自身は、その胸の痛みを上手く隠せていたと思うんだが、プトレマイオスが不意に口を開いた。
「アルゴリダに向かった理由は、許容は出来ないが、納得は出来る。しかし……」
真面目な顔で話し始めたプトレマイオスだったが、不自然に言葉が途切れ、沈痛な顔になってしまった。だが、黒のクレイトスが、躊躇無くその続きを口にした。
「なんで、アイツ等を殺さなかったンだ? 分かってンだろ?」
俺の目を正面から覗き込むクレイトスの瞳が、ギラギラと怪しく輝いている。
クレイトスのその一言で、場の空気も変わった。
そう、俺は分かっている。レオと、異母弟さえいれば、事は成ることを。そして、左目を失った今、戦闘面での俺の価値さえも大きく下がっていることも。
「マケドニコーバシオに、売るためだよ。異母弟と、恩師を、な」
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