夜の終わりー2ー

「はっはっはっはァ!」

 黒のクレイトスが、俺の肩を掴んで、病み上がりの俺の尻に膝蹴りを、本当に楽しそうに笑いながらしてきあがる。それも、寝台から立ち上がた後、部屋を出てもずっと。

「なぁんだよ! 久々だってのに、いきなりケツ蹴ってくんじゃねえよ。俺にソッチの趣味はねえんだからな」

 肩に回されている腕を取って投げるが、そこは流石王の友ヘタイロイだけあって――いや、俺もあくまで自分の身体の状態を確認するために、軽く投げただけで、本気じゃなかったが――、投げられた瞬間に背中を大きく沿って、きれいに着地し……。

 再びさっきと同じ位置に戻ってきあがった。

「はっはっはァ」

「ったく、なんだよ、喧嘩売ってんのか?」

「いや、これは、機嫌が良い時だ」

 俺の右側のプトレマイオスが――そう、今、左右を固められている状態だ。動きの自由度が前後だけなので、仲間とはいえ、あんまり気分の良い配置じゃないんだが――、嫌味なぐらい冷静に、しかし、クレイトスを止めようともせずに、しれっとした顔で言い放つ。

「なんで機嫌が良いと他人のケツ蹴るんだよ、クレイトスは」

 他人事もしくは我関せずという空気のプトレマイオスをジト目で睨むが、つんとした態度で顔を背けられてしまった。

「知らん」

「おい」

 こういう時、いつもなら、プトレマイオスは喧嘩するな、とかなんとか言って、俺達を止める。遊び半分でと分かっていても。

 いや、違和感はそれだけじゃなく、片目で見え方が変わっていることを差し引いても、二人の距離が近い。

 プトレマイオスとも黒のクレイトスとも、元々仲が悪いわけじゃないんだが、な。


 ……その理由に、気付いていないわけじゃない。が、いや、そうだな。確かに、はっきりと隻眼に慣れるために手伝っている、と、言われるよりは、これで良いのかもしれない。お互いに。

 鈍感を演じるのは、あまり気分が良いものではないが。


「まあ、アレだ」

 じゃれついてくるクレイトスと、適当に殴りあったり、足を踏みあったり、ついでに蹴り合いながら歩いていると、不意にプトレマイオスが真面目な声で俺に呼びかけた。

「ん?」

 軽く首を傾げて視線を向ければ、澄ましつつ怒っている顔が俺を出迎えた。

「命令違反だけなら、いや、それだけでも大問題だが。この時期にマケドニコーバシオの身分証で戦闘地域に勝手に出向いたのだから、蹴られてもしょうがないだろう? 慌てて追っかけるこっちの身にもなってだな……、微妙な政治的駆け引き……そう、今回のラケルデモンの戦争における、マケドニコーバシオの立場を……」

 一言目が出たから、抑えが利かなくなったんだと思うが、よくもまあと感心できるほど、つらつらと恨み言がプトレマイオスの口から流暢に滑り出してきた。

 反論の余地は無い。が、その小言を今言うか、と、どうしても眉根が寄ってしまう。いや、俺が全面的に悪いのも分かってるんだが。

 しかしそれは、これから食堂で全体の前で話すって流れだったし、敢てここで触れなくても良い話題だったのに。


 クレイトスも同じ気持ちだったらしく、興が醒めたような顔になっている。もっとも、蹴ってくる足も止まっているので、悪いばかりではないが。


 多分、真面目なプトレマイオスとしては、やはり……俺の左目の負傷で強く起こりにくい部分があるものの、それでも、悪い事は悪いと糾弾しておきたいんだと思う。

 いいやつ、だからな。


 ふ、と、ミエザの学園にいた頃と変わらない、むしろ聞き飽きたような説教に軽く笑みを溢してから、俺は頭を下げた。

「分かった。悪かった。しかし、時間が無かったんだッ……ハブ!」

 クレイトスの掌底が、唐突に、なんの脈絡もなく、言い訳のために顔を上げている最中の俺の顎に入った。

「油断すんなよ」

 悪戯が成功した、してやったりって感じの顔で、クレイトスが囃し立てる。

 俺は、一瞬だけ反撃を我慢して、でも、クレイトスのニヤニヤ顔と、手招きで挑発する姿を見てるうちに――。

「じょ~と~だよ! その腕へし折ってやる」

 今日ぐらいは殊勝にしようという気が失せた。


 飛び掛って行く俺の背中に、大きく嘆息したプトレマイオスは――。

「どっちも、一週間で治る怪我の範囲にしとけよ」

 とか、呆れた声を投げかけてきた。

 クレイトスの上段蹴りを腕で防ぎ、掴み、軽く捻りながら考える。

 レオから話を聞いているなら……。異母弟の事は既にプトレマイオスは、いや、クレイトスも王太子も今回ここに集まったヘタイロイも、皆知ってるってことなんだろう。

 異母弟を確保することの重要性を概ね認めているからか、プトレマイオスはまだ少し小言を良い足り無そうな顔はしていたが、それだけだった。


 武装商船隊を率いていた時、王太子に敗北し、アイツ等が離れていった時もそうだったが……。劇の終わりのように、現実はすっきりとは終われないものなんだろうな。

 引継ぎと後始末。俺の残りの王の友ヘタイロイとしての余生を考えると、少し憂鬱や億劫になりそうだったが、こんな風に、特別じゃない、普段どおりのノリでやれるなら、そう悪くないかな、とも、考え始めていた。

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