Algolー10ー

 先制攻撃が失敗した俺に、動揺が無かったとは言えない。

 だから、敵が弱過ぎるせいだと思う。先頭に立つ俺目掛けて集結してくる敵の動きには、連携の不十分さや目立った隙があった。

 それは、弱った心を立て直すには充分な確信だった。


 跳び退ったアギオス二世に即座に反応したのは十名弱。後続との間に充分な隙間があったので、左端の敵兵士へと向き直り、俺の長剣の間合いまで引きつけた上で、右に大きく跳んだ。右翼の敵兵が俺の動きに、というよりは、俺を追った自分自身の視線につられ、不自然に進行方向が曲がった。敵の横隊の中央部が圧迫され、列が乱れている。そして、左端の敵兵も俺に向き直ろうと、左足に重心を掛け、腰が沈んだのを見計らい――。

「ハァッ!」

 背中を蹴って転ばした。そうして出来た不意の障害物転んだ敵にまごついたのが、敵の敗因だ。足が止まれば、後は単なる作業だった。確かに、腕だけでも剣は振るえるし盾は掲げられる。が、足で支えなければ、剣速も出ず、盾の構えも一撃で崩れてしまう。

 心臓は肋骨で刺し損ねる事があるので、首を狙い、一撃、多くとも二撃で止めを刺して回る。噴出す血の量は多いが、得物が長いので返り血を躱せる余裕もある。

 血が滲み込んだ泥で足を滑らせたくは無かったので、少し場所を右に移して、改めて後続に備えたが……?

 戦いの最中ではあったが、うん? と、首を傾げてしまった。

 第二派が遠い。まるで、ついさっき改めて再編され、送り出された小隊のようで、数も十名弱と第一波と変わらなかった。

 敵と接触するまでに、少しの間があったので、レオの方を振り返ってみる。

 向こうは向こうで、俺を避けた兵士数名と戦ってはいたが、レオで対処出来ているようだ。

 意図が少し、読めない。

 俺に時間稼ぎをぶつけてあのガキの首をとるわけでも、包囲するわけでもなく、戦力を逐次投入して浪費している。精鋭を温存し、こちらを削りたいだけなのかもしれないが、極めて非合理的な判断だと思った。

 あの男は、指揮経験が無いのか?

 ……まあいい。今は、目の前の敵を殺すだけだ。対処できるように加減してくれるなら、それでいい。


 さっきの戦闘を見てか、今度は充分に間合いを取って迫ってきた敵の中央に全速で突撃する。敵の剣の間合いの外、大上段の構えから、右足の最後の踏み込みに合わせて振り下ろし、正面に居たヤツを真っ二つに両断する。

 体重を乗せて剣を振り下ろした低い姿勢のまま、長剣の柄尻を持って、回転する。遠心力に対し、敢て自分自身も振り回される形で一回転し、敵の膝を薙ぐ。

 俺が立ち上がる前に斬り下ろしてきた敵の一撃を受け流し、そのままソイツの首を払う。崩れた敵の斜め後ろのもう一人は、剣を振り上げようとしたので、その予備動作中の腕を切り落としてから、喉を突いた。


 ――なにか、おかしい。

 確かに敵は真剣に戦っているが、ここまで手応えが無いはずはないのだ。裏がある?

 しかし、考えはそれ以上には進まない。


 第二派の生き残りが突きかかってきたので、貫くために腕を前に突き出す瞬間に、真後ろに軽く下がって斬り返した。

 次の瞬間に響くのは、第三派の足音だ。

 死体が邪魔なので蹴ってどかし、第三派を確認する。再び十名程度の小隊だった。武装も変わらない。


 これを十回繰り返して終わりなのか?

 凌ぎ切れると、思う。が、必勝の確信が湧かない。こういう時は危険だ。見えない部分でなにかが進行している。

 しかし、目の前の敵を放置するわけにも行かない。

 五名ずつ、俺の左右に分かれ、挟撃を挑んできたので、最初に右の敵に向かって駆け出し、間合いの利を活かした先制で二人を仕留め、斬りかかって来た三名を――。剣速が最も早かった一人の剣を受け、直後に腕の力を抜いてソイツを引き倒した。二人目は、剣を振るう腕に合わせて捻り上げ、三人目の斬撃の盾に使った後で首の骨を折った。つんのめってる最初のヤツの後頭部を突き、味方に予想外に深く剣を差し込んで、身動きできなくなっていた三人目は眉間を突いた。そして、死んで崩れ落ちる前に、襟の外套を――髑髏を掴んだが、古い頭蓋骨だったのか握ると砕けた――掴み、迫ってくる敵目掛けて放り投げる。

 死体を避けた敵が左右に三人、二人と分かれたので、少ない方をまとめて横に薙ぎ、多いほうは頭目掛けて何度か大雑把に切りつけて無効化した。


 第四派、第五派、そして――。

 攻撃が途切れる際に息継ぎが出来ればいいんだろうが、呼吸を整えるには短く、構え直し、足場を選び後ろの様子を窺うことぐらいしかできない。

 レオもガキも無事だが、こっちの下っ端は何名か死んでいるようだ。

「ッチ!」

 敵の意図が今なら分かる。

 断続的な戦闘は、対処しやすいが、かえって疲労感が増す。身体よりは精神的に。いや、身体も充分に疲れてはいるんだが、斬り続けている分にはそれを忘れられている。

 負傷も、摺り足の早足を多用するので感じる脛の痛みも、長剣を振り回す腕の軽く痺れたような感覚も……。


 このままダラダラと戦っていては、敵の援軍がくる可能性もある。後五派で終わらない可能性も。いや、最後に三十かそこらの一番細かく指示が出せる規模の兵士で一度にごちゃっと襲ってくるのかもしれない。

 いっそのこと敵の戦列に突っ込んで、アギオス二世を狙った方が良いのかもしれない。

 ……と、ここまでは敵も考えているはずだ。

 一度の攻防だったが、アギオス二世の性格は少し分かってきた。元の生まれの階級が低いからか、浮ついた上辺とは裏腹に、意外と狡猾な部分がある。表層の態度は偽装ではなく、素であり、まだ完全に行動に一貫性を感じられるわけではないが、言い換えればそれは成長の余地があるということなんだろう。

 だからこそ、早めに表舞台から退場させたい。の夢の障害になる可能性がある。


 数が減れば、必ず隙が出来る。

 その一瞬を待つと決め、俺は第六派と向き合った。

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