Algolー4ー

 夜が明けた。

 今の所、追っ手の襲撃は無く、周囲に敵の気配は感じなかった。上手く敵を撒けているのか、それとも、追跡よりも国境線や港湾なんかの移動手段を押さえにかかったのか。

 どちらもありえそうだが、尋問の結果から追っ手側も充分な人数が居るとも言い難いし、更に分散して追撃隊と防衛隊に分かれたとは考え難いし……。

 もし追っ手が、分散して、街道と港湾を押さえつつ、更に追跡部隊を分けたというなら、話は楽なんだがな。広く展開しているなら、その分層は薄くなる。追跡隊を逆襲して一度後退させ、挟撃を避けて港へと突入しやすくなる。

 ちなみに、俺なら総員での追跡を選んでいたと思う。

 子供を連れての冬の山道では、移動速度はかなり遅いからな。弓のように中央を窪ませた陣形に展開し、接触した瞬間に包囲に持ち込む。

 逆に、それを避けるには、敵の布陣に制限があり、かつ、ある程度の見通しが利く山際を移動するのが……最善とはいかないが、充分に訓練をつんでいないこの人員でも実施可能な次善の策だ。

 難点は、川まで多少距離があることと、俺がここにくるまでに使った道よりも、北に大きく湾曲してしまい、距離が長くなることだ。が、その程度は許容範囲だろう。

 兵の質が高ければ、平野部を突っ切りたいんだがな。この程度の錬度じゃ敵を先に発見し、伏せって気配を殺してやり過ごすなんて芸当は不可能だろうし、完全な山道や森を突っ切るには装備と体力に不安がある。

 やれやれ、だ。


 ガキもそうだが、レオが連れてきた連中も、一晩で疲れを抜き切ることが難しかった様子だった。しかし、ここでこれ以上時間を浪費するわけには行かない。

「レオ」

「はい」

 返事するレオも、疲労……というか、逃亡生活による消耗を隠せてはいないが、他の連中と比べればはるかにマシだった。

「ここの野営の痕跡は消せない。追っ手に対する罠を設置しておけ」

 レオは小さく頷き、簡単な落とし穴、焚き火跡の針――火の痕跡を見つけた場合、経過時間を知るためにそこに手を触れて調査するが、その際に負傷させることを意図した罠――等を効率よく設置し始めた。

 レオ以外の連中には、逃走経路の説明と移動時の注意事項の説明を始めたが――。

 ガキの方は、どうも話についてこれていない様子だったので、先に出発のための身支度をさせることにした。……のに、準備が完了したのは一番最後だった。

 しかも、俺の話を聞いていた他の人員よりも、かなり遅れてだ。

 つか、その準備にしたって――。袋に入れる順番とかさぁ? 重いものと軽いものと、嵩張るのと、頻繁に使うのとか、そういうのがわかってるだろうに、なんで考えられねえのかねぇ。クソが。んで、袋の口を縛るのに、どうじて、二度と解けないように結ぶんだろうか。

 異母弟は、なにをやらせてみても失敗しかしないという、珍しいぐらいのグズだった。


「おい、レオ、これは、どういうことだ?」

 キれそうになるのを我慢しながら、ガキをあやしつつ出発準備を進める――兵隊よりかは子守係だな、レオが連れてきた連中は――レオの部下を一瞥する。

 エレオノーレと旅をした時のように、自立させるために自分の事は自分でさせ、それが不恰好だった場合には手を貸そう。とか、考えていたが……その気が失せた。

 まあ、レオの部下……と、俺のガキの頃の友人だとか言うヤツは、戦闘ではなんの役に立たない連中なんだし、雑用係と割り切って使うしかないな。

 というか、そうでも思わないと、やってられない。

 レオは、よく我慢してこんなのの指揮が出来たな。

 ……俺の家庭教師やってた頃のレオだったら、ねちっこい嫌味と場合によっては拳骨までふって来ただろうに。

 いや、拗ねてるわけでもねえが、なーんか、不平等感を感じちまうな。

「なにぶん、お生まれになってからずっと牢獄で過ごされておられましたので」

 仕方が無い、とでも言いたそうなレオの顔と声に、盛大に溜息を吐いてみせる。

 そんな台詞がレオの口から出るなんて、な。

「どこのゴミ溜めでも、頭の使い方ぐらいは覚えられる。生き延びたければ、どんな手でも使わなくてはならない。例えば、他の罪人を纏め上げて抵抗するなり、世話役をたらしこんだり、な。それさえも出来ないのが、俺の弟とはね」

 その時、丁度、クソガキが、またなにか失敗したのか、ヒャウ、とか、ヒュグみたいな、上手く文字に出来ない女みたいな悲鳴を上げあがった。

 そうだな、ラケルデモンを抜けてからは子供を殺すこともなくなったから忘れていたが、俺はどうもこの変声期前の男の悲鳴が嫌いだった。高い音が耳を衝くし、そんな声を上げる程度の弱さも鼻につく。

「勝手に泣いてろ、声を敵に聞かれて、殺されたいならな」

 ガキの方を見れば、腕をどこかにぶつけたらしく、涙目になっていて――慌てて……ああと、なんだっけ? そういえば、名前は訊いていなかったかもしれないが、昔俺と遊んだとか言う話をしていた男が、手当てしていた。

 遠目からではあるが、怪我を見るに軽くあざになっているだけで、切れたりはしていないようだ。あの程度の内出血なら、ほっといても三日もすれば治るだろ。

 ただ、怪我に慣れていないのか、ガキがかなり痛がっていたので、はん、と、これみよがしに鼻で笑って、注目を集めた。

「甘えんな、世界は、無能な人間に優しくできてなんていない」

 率直に言って、雰囲気は悪くなった。

 だが、怒らせたことで痛みを忘れさせ、ちっとはましに動けるようになるなら、それで良いはずだったんだが……。

 ガキが俺を見上げる視線に、憎しみは無かった。なにか言いたそうではあるんだが、表情から感情が読めない。これはこれで心をざわつかせる様な面をしていた。良い意味でも、悪い意味でも。

「なんだ?」

 そう訊ねても、返事をしないのはどこか最初の頃のエレオノーレとも似ていたが……。

 ともかくも、異母弟はどうにも不思議なヤツで、そう簡単には理解できそうに無いヤツだった。

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