Saidー9ー
衝撃を、受けられる程の純粋さは、俺にはもう無かったらしい。
ラケルデモンの少年隊でも、そこを抜けた後の旅でも裏切ったり裏切られたりする中で、多少は人間というモノについて分かってきた。
腐ってるだけの人間はどこにでも居たが、清いだけの人間には未だ会えていない。
つまり、そういうことだ。
「俺の本当の父親は――」
「アーベル様の御祖父様はラケルデモン王であらせられました」
俺の質問を遮るように、レオがはっきりと宣言した。
俺の血統そのものに問題は無い、か。
うん……アギオス家と無関係の、ただの影武者ではないようだな、俺は。
「しかし、お父上様は、正式に戴冠しないまま、国境争いにて戦死され、その後、御祖父様の弟君、その嫡子へと権力が移行し……」
確かにそれは俺が知らないラケルデモン中枢の情報ではあるが、今、聞く必要のある――いや、聞きたい話ではない。
軽く左手を振って話を打ち切らせ「結論から言って、コイツの父親は誰だ?」と、俺は訊ねた。
可能性はいくつかある。
今現在権力の座にある、アギオス家の傍流の子息のひとり、もう一方の王家、エーリポン家の子息、そして……。
「…………」
「答えろ」
レオが即答しなかったことで、概ね予想はついたが、俺は追求の手を緩めなかった。ここまで呼びつけた以上、それを口に出す義務がレオにはあるはずだ。
「お察しの通りで御座います」
「言え、と、俺は命じているんだ」
再びの押し問答。
そして、またレオが口を閉ざし……短くはない間を空け、再びレオは口を開いた。
「貴方様の、父君です。アギオス家から放逐される際に、戦場へ向かう前のただ一日の間に契りを結ばれました。現在のエーリポン家の王の姉君と」
まあ、予想に無かったわけじゃないが……。その中でも、割と、最高に最悪な部類の話だと思った。
それは、ラケルデモンでは禁忌だ。権力の癒着の元になる。
……
あのバカと、エーリポン家の女の間に、愛情があったのか否か、俺は知らないし興味もない。好きでもない妻との子だったから、俺が嫌いだったかもしれないってのもまだ許せる話だ。が、どれだけ想っていたとしても、自分の欲望に負けて王族としての責務を忘れることは許されない。その程度の人間が背負える程、国は軽くはない。そんな親父、死んで当然だ。
国を背負うなら、自らの欲望や感情を排する程度の事、出来て当然なんだ。
死地に向かうから、自暴自棄になったって?
――クソ野郎が!
唾を吐き棄て、俺はレオの灰色の目を覗きこんだ。
「
レオは、答えなかった。
それが返事だった。
「……そうか」
仔細を語らせる時間が無駄だったので、その話はそこで打ち切った。
まあ、ジジイを殺したのが時運の尽きだったな。
中央監督官の介入は、過度な政治革新を進める爺さんを排除することで二つの王家と中央監督官勢力の均衡をとるという名目だったが、そのまま結託したエーリポン家と中央監督官の権力が肥大化し、アギオス家をお飾りへと変えたんだろ。
今度は深く溜息をついて、俺はレオに訊ねた。
「なんのつもりで俺を呼んだんだ?」
「はい?」
「俺に、兄弟の情が残っていると思っているのか? あのクソな場所に捨てたにも関わらず?」
感情的にならないようにしようと思った。親父の感情の暴走の結果が目の前にあるんだから。
しかし、それは無理で、声が怒りで震えたことに自分でも気付いていた。
返事を長い間待ってみたが、それでもレオは無言を貫いた。
「俺にとって、コレが邪魔になるとは、お前は、考えなかったのか?」
寝ているガキを親指で、肩越しに差す。
「…………」
都合の悪さに口を閉ざす狡い大人に、俺は怒鳴り声で追い打った。
「俺は、質問しているんだ。答えろ!」
「先程の――」
「あん?」
ようやく口を開いたかと思えば、俺の質問に直接は答えないという態度を崩す気が無いのか、見当違いの事を話し始めたレオ。
「私の連れてきた兵に、見覚えは御座いませんか?」
「ねえよ。なんだ、あの雑魚共は。お前の奴隷かなんかじゃないのか?」
レオはいつも通りの無表情だったが、その貼り付けた仮面みたいな面の下で微かに呆れた気配が伝わってきて――腹が立った。
今更だから言わねぇが、そもそも、手前がもう少しマシな人員を集め、計画を練っていたら、こんな切羽詰った場面での再会にならなかったろうによぉ。そのカスみたいな兵士が誰であるかなんて、俺に関係ねえだろ。
「アクロポリスで、アーベル様は中央監督官や、将軍のご子息と仲良くされておりました。時には、私との勉学の時間をすっぽかして」
言おうとしていることの意味は理解出来た、だが――。
近くの連中の顔を一瞥するが……いや、そもそも、昔の友人の顔もそうだし名前も覚えていない。だから、ここでどこそこの誰です、と名乗られたところで、分かるわけはねえんだがな。
「で?」
訊き返してみるが、レオはそれ以上なにかを訴えるつもりは無かったようで、逆に少し戸惑ったような目でまじまじと見詰められてしまった。
「成程、アイツ等は、アクロポリスでかつて俺と仲の良かった上流階級の人間の子弟なんだろう。で? それが、あの時の俺のなんの役に立った? 今、なんの役に立っている?」
レオは、どこか意固地になってしまったようで、口を噤んでただ突っ立っているだけだった。
ラケルデモン人だから、アギオス本家と繋がりがあったから、友人だったから、師だったから、異母弟だから……。だから、協力すると思っていた?
なら、なんで手前等は、あの時に俺を救わなかったんだ?
誰も彼も、所詮、俺を利用していただけなんだろ、と、声に出さずに俺は心の中だけで呟いく。
言ったら惨めになると分かっていたから。
霧が晴れるように全てが明らかになっていく。
俺は、とんだ喜劇役者ではないか。
自分こそが主役だと派手に立ち回りを演じ――
しかし、全部最初から分かっていたんだな? その必死で足掻く姿を、嘲っていたんだな? このガキを逃がすため、人目を集めておくための囮の癖に、と。
いや、それだけじゃない。少年隊に放り込まれた俺は、レオ達が敵味方を見極めるための罠として設置された餌で、捨て駒だったんだ、最初から。そして進退に窮した今になって、連絡を取り、情に訴えかけて利用し尽くそうとしている。
噛み締めた奥歯が軋む音が頭に響く。
心のどこかでは、ずっと、信じていたのに。
こんなにも国を、故郷を思っていたのに!
……故国は、結局、俺を選ばない!
誰も! 誰一人としてだ!
なぜだ!
知恵も、力も、その為だけ身につけてきたっていうのに!
握った、握り締めた右手の指を、血が伝うのが分かった。爪が手に食い込んでいる。痛みは感じない。衝動で誰かを殺さないために、右手を必死で握ることで精一杯だった。
そう、いつも、ずっと、そうだった!
「クソがァああぁアッ!」
抑えようとしたが、ダメだった。
立ち上がり、座っていた敵の死体を蹴り上げる。死体の腹に膝をいれ、胸を殴りつける。一発、二発。普通の戦闘の時と違い、憂さ晴らしに全力で拳を振るったので、すぐに腕の筋肉に軽く痺れたような感覚が走り、不要な力が怒りと共に抜けていった。
流石にもう一度その死体に座る気にはなれず、近くの木を目掛けてぶん投げた。死体は木にぶつかり――落ちてきた梢の雪に埋もれた。
ふと視線に気付き顔を向ければ、ガキが怯えた目で俺を見ていた。
睨み付けても良かったんだろうが、俺はすぐに視線を外した。直視できなかった。
こんなのに、負けたのか? 俺は。王太子や他の
ふ、はは。
……いや、俺も、突き詰めれば国を愛していたわけではなかったのさ。
他に縋るものがなかったから、ラケルデモンを抜けた後、よりラケルデモンに固執するようになってしまっていた。
ラケルデモン人、消された王家の末だと言う血統の正統性に執着していた。
……ハン。
それもそうだよな、ただの戦士より、元王家の戦士の方が聞こえは良い。
陸戦最強国の王だと、王となれるはずの人間だったと、必死で自分を飾り立てていただけなのかもしれない。
その全てが消え去った今――、なにを頼るのか。
どうすれば……指先が届くのだろうか、
この手が届く場所には結局、なにもなかった。
辿り着けない逃げ水のように、触れて消える粉雪のように、揺れて消える水面の月のように、近付いた途端、消えてなくなった。
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