Saidー7ー

「ん? おい、そこのお前、そう、お前等だ。そこの五人。ぐずぐずすんな。殺した敵の装備を奪え。兵装を整えろ。水や食料、薬を見逃すな」

 レオの方へと向かい、報告を早く聞きたい気持ちもあるんだが、いまひとつ自発的に動かない――明らかに先程の戦闘に戸惑っている――レオの部下に指示を出してからにすることにした。

「他のも、遊んでんじゃねえよ。尋問は三人も居れば良い、残りは、二人一組で付近の哨戒に当たれ。敵を警戒すんだよ。別働隊がいないとも限らねえだろ」

 生き残りは、レオとその後ろの黒髪のガキを含め二十名。おっと俺を除いた数字ではあるが、まあ、まだ味方になると決めたわけでもないしな。他に、死に損なってるのもいないわけでもないが、血を大量に失い、かつ、この寒さだ。長くない――数日生存できるか否かな――のに、食料や医薬品を浪費する気は無い。戦場で優先されるのは、人道や感情論じゃない。現実的な視点だ。善悪の観点で言えば、武器を持って殺し合うのが悪である以上、勝利し、生き延びるためにはあらゆる手段を講じるべきだ。

 俺は、ここでこいつらと心中するわけにはいかない。マケドニコーバシオへの手土産……場合によっては、コイツ等から聞き出せた内部情報を伴い――帰還することが最優先だ。

 そのためには、誰を、なにを犠牲にするのも厭わない。


 周囲の索敵と、戦利品の確保、捕虜の尋問の指示を出し終え、改めてレオに向かい直る。レオの背中のチビは、肩をビクつかせてレオの太股にしがみついていた。

 あのガキが俺だったら蹴り飛ばされていたような気もするんだが……いや、俺があのガキぐらいの年の頃は、まだ、頭を掴み上げられて叱られる程度か?

 いずれにしても、ラケルデモン人らしかねる振る舞いのガキを、レオが叱りもせずに放置しているのを少し不思議に感じた。このガキは、異国人ってわけでもなさそうなんだがな。

「見事な指揮です」

 レオは、昔から変わらず、感情とか個性とかそういうのを一切排したような平坦な声で、そう俺に向かって言ったが――。

「皮肉か?」

 おべっかをばっさりと切って返せば、レオはやや首を傾げてみせた。

 ハン、と、鼻を鳴らす。

「でなきゃ世辞だな。余計な言葉は要らん。所詮、誰にでも出来る当たり前の指示だ。俺が命じなくてもお前がそうしただろう?」

 レオは、苦笑いでゆっくりと首を降り、再び口を開いた。

「どこからお話致しましょうか?」

 俺は嘆息し――。

「全部だよ。包み隠さずな、ただ、時間が無い。要点を簡潔に、だ」

 近くの敵の死体を蹴って転がし……ああ、腕と首を切り落とした死体だったので、背中側は余り汚れていない。死体の羊毛の外套を適当に敷き直し、死体の腰の辺りに座る。ついでに、ソイツの腰の道具袋を外し中を覗けば、どこにでもあるような干したハーブ類、塩、手頃な石が二つ三つに、ああ、干しイチジクがあるな。

 引っ張り出し、適当に齧りながら、レオを見上げる。

「座るか?」

「ご遠慮申し上げます」

 無表情で無機質な返事が返ってきた。まあ、隣り合って座るってガラでもないか。雪も止んでいるし、そう不自由は感じていないんだろう。

 しかし、ついでなので、齧った干しイチジクを差し出して訊ねてみると――。

「食うか?」

「……いえ」

「あん?」

 歯切れの悪い答えに首を傾げるが、いや、まあ、状況を鑑みれば、レオの視線を追うまでもなく、どういうつもりなのかは分かるか。

 なんでか知らんが、後ろのガキに食い物をやりたいんだろ。

「なんだか、らしくねぇな」

 昔、あっさり俺を捨てた件に関し、根に持っているわけではないが……わけではないと思う、が……。

 ん、う。

 黒髪のガキと同じぐらいの歳だった頃の俺に対する態度と、今のレオの態度を比べ、なにも思わずにいれる程には俺は人間が出来ていない。

 が、そんな子供っぽさが自分にあることの方が、レオの行動よりも俺を苛立たせていたし――。それに、切り札? らしいガキに死なれても、嫌われても面白くはない、な。

「おら、これも持ってろ。なんかの役に立つかも分からん。戦えねえなら、荷物ぐらい持て」

 敵の道具袋ごとガキに向かって差し出すが――俺が怖いのか、ガキはレオの背中から出てこなかった。

 心の中で三つ数えても状況が変わらなかったので「――ッチ」短く舌打ちし、道具袋を軽く下手投げで放り投げる。

 動きもしないガキに代わってレオが受け取り、ガキに手渡した。ガキは、俺に背中を向け、レオの背中に――とはいえガキの背丈はレオの腰程度なので、正確にはレオの右足に背中を預ける形になり、適当に袋の中の物を食い始めたようだった。


 軽く嘆息し、レオとガキを改めて観察する。

 レオは、前に関所で見た時から大きく変わってはいなかった。短く刈られた頭髪はあの時から既に全て白髪だったが、髪質は意思を表すかのように固そうなまま。皺も概ねそのまま。ただ、俺が斬り裂いた右目、というか、顔の右半分に大きく縦に裂けた傷とそれを縫った痕がある。微かに外套から覗いた右腕は、肩の少し下から切断されていて、どこか樹木の年輪とも似た傷跡を寒風にさらしている。

 ガキの方は、なんとも言えない。

 少年隊……ではなさそうだ。少年隊に入ったのなら、あんな貧相で、かつ、綺麗な手をしているわけがない。さっきレオから荷物を受け取った際に見えた手は、生まれてこの方、武器を握ったこともないような手だった。六歳未満のいいとこのガキってことか?

 しかし、ラケルデモンのもうひとつの王家のガキだとしたら、黒髪や一重瞼、それに灰色の瞳には違和感を感じる。向こうの連中は、赤茶の髪に髪と似たような茶褐色ヘーゼルの瞳をしている。

 とはいえ、どうもアギオス家の出自にも見えないんだよな。黒髪はともかく、目の色も目付きもそうだし、子供だということを差し引いても丸顔の顔立ちは、俺の身内には無い特徴だ。

 ただ、このガキ、どこかで見たような気はするんだよな。誰と似ているのかは、いまひとつ思い出せないが……。

 はは、灰色の瞳がそっくりだし、案外、レオの隠し子とかだったら面白いんだがな。

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