Saidー5ー

「随分と、下手糞な戦い方だなぁ。精鋭部隊の隊長サン」

 色々と言いたいことはあったんだが、上手く言葉に出来ないでいるうちに、そんな嫌味が口を衝いていた。

 まあ、実際問題として、レオの手勢と戦況を見るに、お世辞にも上手く凌いでいるとは言い難いんだけどな。転がっている死体、あと、死に掛けのヤツは、ざっと確認しただけでもレオの手勢の方がほとんどを占めているようで、きちんと武装していることで区別出来る敵の死体は、三つ四つってとこだ。

 そもそも、年齢も体格も錬度も違う人間を寄せ集めて作った壁に意味は無い。折れや凹みを衝かれ、弱い部分から崩されていき、戦列を維持出来なくなる。

 しかも、錬度の低いヤツは無駄に味方との距離を詰めたがるしな。自軍の密集で運動戦が妨げられる。数的劣勢なら、囲みの最も薄い部分、もしくはその逆として、敵将付近の囲みの最も厚い部分を攻撃し、敵を混乱させ、さっさと逃げる必要があるってのに。

 こういう場合、多少危険でも最も実力のある人間――おそらく、ここで俺の次に強いのはレオだろう――が、先駆けなければただの兵士は続けない。ここは、のんびりと、後ろに控えていていい場面ではないはずだ。

 そうだな、俺なら……。

 今のレオのように指揮に徹するなら、部隊を三等分し、其々三方向からの包囲の脱出を計らせる。一点集中での突破は、場所を間違えれば包囲されやすいからだ。分散する言うよりは、本命を逃がすための囮を二つ用意すると言い換えても良い。

 また、さっき俺が考えたように、俺が前線に出る場合は、今度は逆に一点集中での突破を狙う。無論、背後や側面を危険にさらしはするが、敵の指揮官の居る方向へと全力攻勢を仕掛ければ、敵部隊の動揺を誘えるし、指揮官を上手く殺せれば追撃を防ぐこともできる。

 どっちが良い戦術かと考えながら返事を待つが、処刑部隊として立ちはだかったことを強烈にあてこすられた当のレオには、軽口を返す気力も残っていなかったのか――。

「寄る年波には……」

 と、らしくない弱気な声を返された。

 軽く、頭を傾ける。

 なんか、毒気が抜かれた。

 どうも、歯向かってこない相手は苦手だな。

 軽口を収めて、敵に向かい合う俺。

「この貸しは、高くつくぞ?」

 背中に向かってそう声を掛けると、白々しい声で――。

「承知いたしました。アーベル様が三つの頃、お父上が特別に作らせた、母上様の肖像のある雅な陶器のオイルランプを落として割ってしまい、発作的に藪に投げ捨てたことなど、このジジイ、すっかり忘れてしまいました」

 とかほざきあがった。敵にも、味方にも聞こえる程の声で。

 眉間に皺を寄せつつ、肩越しにどんな面してんのか顔を見てやっても、いつもと変わんねえ、涼しい顔をしてあががるのが、余計に腹立たしい。

 あの時だって、結局、すぐばれて『割ったまでは良いが謝罪もせずに隠そうとするとは何事だ!』と、みっちりと怒られたっていう……。その、誰にでもある、なんでもない、ガキの頃の失敗談だってのに、こんな切羽詰った場面で持ち出すか? 普通?

 まあ、叱られたのが恥ずかしいので、当時遊んでいた他の貴族の子弟――国民皆兵導入当初は、まだ、貴族階級も少しは残ってはいたし、一部の貴族は中央監督官へと変化していた――に黙っていて欲しいと、レオに懇願もしたがよぉ。

 そして、……そうだ、その時のレオの返事も、良い子にしてくだされば考えておきます、とかだったはずだがよぉ!

「……このクソジジイが」

 吐き捨てるように言っても、はて、とか、とぼけた面してあがったので、俺は再び前方に顔を向けた。

 こっちの空気に戸惑ったのか、攻撃を仕掛けるか否か迷っている敵兵。

 もしかしたら、ちっとは味方の息を整えようってレオの戦法だったのかもしれねえな、とは思ったが、それなら、もうちっとかっこいい思い出話をしあがれとも思った。

 いずれにしても、小憎たらしいジジイなのは変わらないようだった。最後に会った日から、一年半も経ってるというのに。

「口動かす前に、手と足動かして敵を斬れ」

 レオが周囲の陣形を一応は立て直したのを確認し、そう命じれば「御意」と、意外と素直な返事が返ってきた。時間稼ぎは終了ってとこなんだろ。

 とはいえ、数に勝る敵に包囲され……ん?

 後方ってか、レオの背後になんか小さいのがいるな。輪の中心に誰かを守っているのか?

 ……まあ、いい。レオの切り札が人間なのかもしれないと予想していなかったわけじゃない。問い質すのは後だ。


 密集してありあわせの盾を掲げる味方が、敵を殺せるとは思えない。

 だが、そもそも、積極的な攻勢に出るのは、俺ひとりで充分だった。弱卒に邪魔されるぐらいなら、大人しく縦の中で壁役をしてくれてた方が助かる。同族とはいえ、ただの正規軍の四十程度、既に今の俺の敵ではない。まして、レオ達を逃がさないように全周を囲っているので、層自体の厚みは薄く、一度に戦えるのはせいぜい四~五名。突き崩すのは容易い。

 その程度の場面、ラケルデモンを抜けてから今日までの間に、何度もあった。

 俗に言う、ありきたりな日常ってヤツだ。


 味方に背を向け、無造作に剣を構えて敵に向かって近付いていく。周囲に気を張りたいので、急がず、普段よりも少しだけゆっくり歩くような速さで。

「らぁ! ああ! おらぁ!」

「ハーッ!」

 正面で大声を上げ、剣を無駄に振り被ったり、肩を怒らせているのは陽動だ。音といかにもな仕草で威圧し、俺の足を止めさせたいだけ。本当に強い人間の前では、強そうに見せるためだけの仕草なんて滑稽でしかないのに。

 ラケルデモン式の戦い方の基本では、こうして正面で注意を引いた後は……。

 左!

 視界のギリギリ外から放たれた突きを、前のめりに倒れるように陽動側に突進することで攻撃範囲から抜け出し――。

 もしここで俺が後退すれば、突きが外れると判断した敵は右腕で薙ぎ払ってくるので、それを躱すか受け流す必要があり、しばらくは防戦一方になってしまう。

 数で勝る自分達の方に来るはずが無い、そんな気持ちがもろに顔に出ていた三人の腹を革鎧ごとまとめて一直線に裂いた。

 返す切っ先で、俺がさっきまで立っていた位置を突き抜けた男の鎧の隙間――脇の下を貫き、刃先が肺と心臓に達した手応えを確認し、肉が締まる前に素早く引き抜く。

 俺は敵と違って鎧は着込んでいなかったが、だからこそ、これまでの実戦経験から、人程大きな物体が動く際の空気の流れの変化や地面の振動、汗や武器の金属の臭い、それに衣擦れよりもずっと大きな金具がぶつかり合い、擦れ合う音をはっきりと感じることが出来た。

 四人目を突き殺した時点で、死角から背後に迫る二人の敵にも気付いていたし――。

 肘を曲げ、敵の脇から引き抜いた剣を、その勢いそのままに。弧を描くような軌跡で、振り被りと振り降ろしを一連の流れの中で行い。剣の遠心力を生かして半回転し、背後に向き直り……。兜で守られた頭ではなく、胸鎧と兜の隙間、無防備な首を両断した。

 背後から迫る二人のうちの片方を殺した剣は、若干勢いをそがれたが、もう一人の剣とぶつかり合う。ただ、腕力では俺が勝っていたらしく、その敵は持っていた剣を取り落とした。

 地面に転がった剣を踏み、拾って再び斬りつけようとでもいうのか、中腰になった敵のうなじを柄で突き、首の骨を脱臼させる。

 これで七人。

 敵が当初何人いたのか正確な数は不明だが、今始末したので二割程度は損耗しているのか、俺の正面の空白地帯をすぐさま埋めようとする敵影は無かった。

 これで包囲に穴を開けたわけだが……。

 ただ抜けただけでは、追撃や追跡の危険がある。そして、俺は、準備運動が済んだ程度で、余力はあり余っている。

 なら、選択肢はひとつだった。

「ふん」

 と、上機嫌に鼻を鳴らし、すぐさま分断した敵の左翼に正面を向け、緩む口元をそのままに、視線だけは鋭く睨みつける。

 ここで、全て殺す。

 殲滅せよ、と、天からの宣託のような心地良い本能の声が、歌のように頭の中で鳴り響いている。


 結局、俺は、いつまでも、どこまでも俺なんだと感じた。

 マケドニコーバシオでも、殺意を押さえるための精神的な鞘を手に入れただけ。暴力を向ける方向を制御できるようになっただけ。


 本質的に、人を斬るのが好きなのは、なにも変わっていない。

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