Saidー1ー
なんとかボロ船の都合をつけて古くからの港町であるナウプリエーに入港すると、どこか気だるげな役人が、おざなりに――あくまで、仕事だから仕方なくやらされてるような感じで――、質問を投げかけてきた。
「目的は?」
三十年配、普通の面構え、どこにでも売っているような亜麻布の服。色々な種類の人間と渡り合う港湾の役人としては、意外な程に特徴の無い男だった。
いや、それは、周囲の兵士達もか。
初めて見るアルゴリダの人間からは、個性という物を全てどこかに置き忘れてきたかのような、均一性を感じた。
「商用じゃない。戦争退避だ。海が落ち着いて、近くに軍艦がいなくなるまで滞在したい」
予め用意していた理由を口にすると――。
ふぅ、と、面倒くさそうに軽く溜息をついた役人。
「俺みたいな連中は、多いのか?」
港には思ったほど船が多くは無かったので、少し意外な感も受けたが……。
「ああ。非参戦国から、わんさかさ」
肩を竦め手見せる役人からは、もうお決まりの質問と審査に飽き飽きしてることがはっきりと見て取れる。
まあ、それもそうか。
戦争の規模が大きいので、軍需物資はいくらあっても足りないぐらいだろう。っていうか、確保出来るならあるだけ掻き集めたいってのが、双方の将軍の本音かもな。
自分達が鎧を多く確保すれば、敵の手に渡る鎧が減る。
物流に乗っているモノは、可能な限り押さえにかかるはずだ。
もっとも、ラケルデモン側としては、アテーナイヱに向かう商隊を攻撃して奪う方が得だとかも考えていそうだが。それに、アテーナイヱ側も、篭城していることによって金回りは冷え込んでいるだろうし、約束どおりの金が出るのかも怪しいところだな。
……ああ、外港都市ダトゥで見つかった、粗悪な銀貨は、そうした理由で出回り始めたのかもな。
ふぅむ。
双方で、継戦能力の低下が始まっているのかもしれない。
決着は、近いか?
「この辺りはどうだい?」
中立国で、かつ、他国との関わりを避けているとはいえ、位置的にはラケルデモンの急所となりえる場所だ。
そう、俺がもしアテーナイヱの将軍であったなら、ラケルデモン本国ではなく、ここに上陸する。夜間もしくは陸から気づかれない荒天時に、多少無理してでもアルゴリス湾を突っ切り、奇襲を行う。――そう、まさにこの港を急襲し、糧秣を確保した後に籠城し、持久戦を展開する。
無論、ラケルデモンに包囲された中での戦いとなるため、生還の可能性の低い作戦ではある。湾の入り口に艦隊を回せば、容易に退路も断たれてしまう。
が、持久戦に持ち込めば、アテーナイヱ本国や主要都市への包囲網を一時的に解く効果が期待出来るし、もしかしたら、攻囲が説かれた隙にアルゴリダ遠征軍と連携し、挟撃が行える……かもしれない。
まあ、百回ぐらいやったら、一回、いや、二回ぐらいは成功するかな、程度の無謀な作戦だけど。
ただ、現状、アテーナイヱ側も耐えるだけでなんとかなるとは考えていないはずで……。
しかし、そんな俺の思考を他所に、役人はめんどくさそうに手を振って答えた。
「アルゴリダは中立だよ。湾の入り口の都市には何度かアテーナイヱが攻めてきたけどね。湾の奥にあるここまではこれるはずが無いさ」
改めて役人の顔を見る。
危機感の全く無い表情。
いや、コイツだけがたまたまそうなのかも分からないが、これだけ周囲で派手に戦っている最中、自分達だけは安全だと――中立を根拠に責められないと、本気で思っているんだろうか?
だとしたら、世間知らずというか……なんというか。恐ろしい程に能天気だな、と感じた。
ただ、ここでそんな議論を始めて目をつけられるわけにも行かない――アルゴリダは、他のどの国よりも強固に、外国の人間を
数歩進んでから、肩越しに振り返り、改めて埠頭を見渡してみる。
建物は古いが、荘厳で手入れも行き届いている。
しかし、そこにはマケドニコーバシオの港で感じたような活気は感じられず、まるで、ずっと昔に死んでしまった誰かの墓標のようにも見えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます