Menkhibー14ー

 俺が偽装したヘロットの敵対行為に訓練所内の人間で対処するとして、編成に一日、装備の調達と配布に一日、そして……決行日は三日後。

 ――となるだった。

 監督官の始末、そして、その後の行動を検証してみるが、失敗はひとつも無かった。

 そう、同期の口も頭も軽いガキな連中が、監督官を獲ったとはしゃぎ、軽く上の連中にシめられたことと、少しの疑惑が俺達に向いていたことも含めて。


 疑惑は、便利だ。

 確実でない以上、罪として処罰は出来ず、かつ、可能性を否定しきれない以上、なにかしたら、同じように俺によって殺されるかもしれないという不安が付きまとう。

 ま、あまり不安を煽って、逆に先制攻撃されても面白くないし、そこは上手く見極めて脅す必要はあるけどな。

 それが、人と人との駆け引きである以上、万人に共通の手順なんて無い。こちらの恫喝に対するささやかな贈り物が、不当な体罰の軽減程度なのか、食事の優先的な配給なのか、それとも、俺と共謀して他の邪魔な監督官を殺すことまでしてくれるのか。会話、仕草、視線、その他、噂程度に聞こえてくる誰かの悪口なんかからも推理し、利用する。

 利用価値が無くなれば、捨て駒の踏み台にして、より高く上り詰める。王権の在り処まで。

 他人を踏み台として積み上げた先の高みに、それがあると考えていた。

 だから、監督官をってからは、久々に、寝付も夢見も良い日々だったんだが……。


 予想に反して、監督官を殺した翌日はいつも通りに過ぎ、二日たって、三日たっても訓練所に討伐軍を編成するような動きは無かった。

 非武装の農奴ヘロットとはいえ、金属製の農具を持った百人からなる集団相手なんだ。ひとりも逃がさず皆殺しにするには、この訓練所の全員……とまでは行かなくとも、六~七割を動員して対処包囲殲滅すると思っていた。

 外周を青年隊と少年隊とで二重に包囲し、監督官が村に攻め入る。

 基本に則った誰にでも立案できる簡単な作戦だが、奇を衒う必要のある場面ではない。逆に、変に外連味けれんみを出せば、戦の素人の集団であるヘロットが予想外の動きをする可能性もある。他の村へと逃げ込まれ、団結して蜂起でもされれば泥沼だ。

 他の選択肢は、ない……


 だから、五日目の昼に集められ、奴隷の村を潰したと聞かされた時は動揺を隠せなかった。

「…………ッツ!」

 歓喜の叫び声を挙げる同期を尻目に、心臓が縮むような思いで監督官の話に耳を澄ます。

「……葡萄園より、行方不明だった少年隊五名の遺体と、やや離れた畑から二つ、そして川岸からも二つの遺体が出た。この許されざる暴挙に対し、正規軍が迅速に村を制圧し……」

 相変わらず修辞語が多い。

 短く鋭く切り返すという、流行の言い回しは知らないようだな。ここの長は。

 そして、そんな中身の薄い話のせいで、結局どこの誰が村を滅ぼしたのかという点について、詳しく知ることは出来なかった。

 青年隊も監督官も、誰も動いていないのは間違い無い。損害が全く無い戦場なんてモノはありはしない。

 大きな怪我を負った者が全く居ない――訓練中に軽い負傷をするのは日常風景だ――のだから、訓練所内の人間は戦っていない。

 また、武勇を称えられた監督官が居ないことからも、外部が動いたらしいとだけはおぼろげに感じられるが……。

 訓練所に滞在した兵士も……少なくとも、食事風景やその他の場面を思い返す限り、村を攻め滅ぼせるだけの数がこの村を経由したとは思えなかった。

 軍を展開するに当たっては、兵站線の確保は必須だ。殲滅に必要な兵士を、村の人口の倍の百名と見ても、その軍団を維持するだけの武器装備、医薬品に食料、そういった物資を、付近の拠点に寄らずになんとか出来るのか?

 いや、もっと東の海に近い訓練所が動いたなら……。出来ないことは無い、か。

 だが、有り得るのか? わざわざ遠方の部隊が、冬に山越えして、小さな村を滅ぼすなんてことが。

 効率的じゃない。

 分からない。

 理詰めで考えれば、納得できない部分が多い。その納得できない部分、隠されているモノがなんなのか見当がつかない

 それが、どうにも、嫌な感じだった。

 ……面白くない。

 疑惑は、俺自身に対しても敵と同じだけの意味を持つ。

 俺の企みを全て見透かし、その上で泳がせている誰かが……いるのか? 今回の件は、事態がその掌から外れようとしたから修正したと?

 もしかしたら、この訓練所は、包囲され、監視されているんじゃないか?


 昼食後――。

 奴隷の村から、使えそうなものも使え無そうなものも、とにかく片っ端から訓練所へと運び込むため、午後の授業は中止になった。

 まず監督官共が物色し、次いで青年隊の連中が欲しいものを私物としてかっぱらい、最後に私物の所有を禁じられている少年隊が、農具や食料、家具や日用品を訓練所まで運び出す。

 まあ、順当っちゃ順当な順番だ。

 が、連れ出された上で、楽しそうに略奪してる姿をただ眺めてるだけってのは、中々に面白くない景色だった。

 ジシス亡き後の少年隊が、どう変わったのかを知らしめるためにも、一度、戦っている姿を上に見せ付けておきたかったんだけどな。伝聞だけだと、信じないヤツも多そうだし。


「ふぅ――」

 軽く溜息を吐き、村全体を見渡す。

 昼の村は、夜に見たのとはまた違った印象だった。ちっぽけで、洗練されていなくて、まさに家畜小屋って感じ。計画性もなく、適当に家や施設を立てて並べているだけだ。もっとも、家畜である農奴ヘロットなんかに知性を期待するだけ無駄か。


 戦があったというのに、村はほぼ原形を残している。火を掛けたとか、そういう痕跡は無い。家屋の傷みは少なく、農奴の住居としてなら、そのまま使えそうな家の方が多いぐらいだ。

 だからなのか、村には、年明けまでに新しい奴隷を差配するそうだ。踏み荒らされた畑で、どれだけ麦が芽を出すのか分からないし、俺達が襲撃することも考えれば、来年の今頃まで生き延びるのは半分ぐらいってところだろうが。

 とはいえ、別に農奴ヘロット風情に同情するつもりもなければ、手加減するつもりも無い。どうせ、ほっときゃ増える家畜なんだし、多少死んでもどうということもない。むしろ、市民人口よりも多過ぎなんだから、意識して減らすぐらいで丁度良いはずだ。


 村はずれの小山に視線を向ける。

 裏山への入り口には、死体が無造作に積み上げられていた。

 今が冬でよかったな、と、思う。既に鼻が曲がりそうだってのに、他の季節だったら、腐敗が進んでもっと酷く臭ったことだろう。


 死体を見るに、武器を握っていた形跡は無かった。

 人は死ぬと肉が固まる。時間が経つにしたがって、徐々にその硬直は解けていくが、目の濁り方を見るに、死んだのは昨日の夕べぐらいで、この季節で死体が柔らかくなるほどに腐敗が進んでいるとは考え難い。

 だから、農具で武装していて、それを握った手を無理やり開かせたのなら、もっと痕が残るはずだが……。

 ほとんどの死体は、一撃、多くとも二撃で殺されていた。

 恐ろしく鋭い切り口だ。

 背中から背骨、肋骨までを一直線に斬り、胸の皮一枚だけでぶら下がっている上半身。足を一撃で両断している傷口も見て取れる。太股の丈夫な骨を断つのは……、いや、それ以前に、太腿は女でさえそれなりに太くて斬りにくい場所だってのに、積まれている死体のそれは、成人した男だ。

 この村で戦った連中は、ここの監督官が束になっても敵わないような強さ――訓練所の監督官が奴隷を殺す場面を何度か見ているが、切り口はもっと歪で、骨も綺麗に断ててはいなかった――を持っている。


 訓練所の監督官相手でさえ、数を集めてひとりを殺すのがやっとだってのに……。

 俺の勝ち、だと?

 数日前の自分をぶん殴りたくなる。

 ちくしょう、全然、まだまだじゃねぇか。

 俺自身の強さも、手駒も、情報も……なにもかもが足りてない。

「アーベル、家具や食料を運び始めろってよ。ぼやぼやしてると、またどやされるぞ」

「ああ」

 エーリヒの呼びかけに生返事を返し、俺は軽く瞼を閉じ、気持ちを切り替えて他の少年隊の連中と一緒に、戦利品の運び出しに掛かった。


 その後……。

 全滅した奴隷の村に備蓄されていた冬越しの食料や、その他の日用品で、訓練所は大いに潤った。

 この冬の選別は、充分な食料がある上に、弱者は既に奴隷相手に敗死していることを理由に、正式に中止――公的には、ジシス達が選別されたという形として記録された――となった。

 しかし、どれだけ手を尽くしても、村を襲った部隊について知ることは出来なかった。

 いや、それだけじゃない、時折、その村で見た死体と同じように見事な切り口で斬殺されている死体を何度か目にした。

 少年隊を掌握した俺が、味方に引き入れた青年隊のヤツや、監督官で――俺の復位と、反乱準備に積極的に関わってくる者は、皆、そうして死んでいった……。


 今にして思えば、エレオノーレから聞き、ラケルデモンを抜ける際に交戦したあの処刑部隊の連中を使ったのだろうが、当時の俺にそんな知識は無く、また、説明もなされていなかった。

 そう。

 ……当時の指揮官が誰なのかは、分からない。

 どういう意図で、あんな小さな村に処刑部隊が向けらたのかも。訓練所の長程度に指揮権があったとは思えない処刑部隊なのに、なぜそこまで迅速に展開し作戦が遂行されたのかも。

 既にレオがその部隊に左遷されていたのか否かも。

 全ては、推測の域を出ないが――。

 レオは俺を、思いの外しっかりと見守られていたのかもしれない。そして、それは同時に、俺を見張ってもいたのかも。余計なことをしないようにと。


 しかし、味方を増やす以外の行動において、俺はなんの制約も受けなかった。

 ハリを含む準ジシス派は、夏までには全員訓練中の事故で死に、俺が仕切ることを快く思っていない少年隊の連中が以降の冬に選別され、間引かれていくことも。青年対の敵対者が、略奪の際の不慮な事故や、少年隊との遭遇戦で死んでいくことさえも、見逃されていた。

 味方がいない――出来てもすぐに死んでいく俺に向けられる視線は、日に日に恐怖の色が増していった。

 新たに近付く者は、どんどん減っていった。

 例外的に、クルトとエーリヒは、最後まで俺の側に控えてはいたんだが、ジシスの残党を殺した時点で腑抜けきっていて、仲間意識というよりは惰性、もしくは、略奪のおこぼれ目当てでついてきているような感じだった。

 まあ、あの二人に関しては、そもそもが、俺が戦う前提でしか動けなかったんだし、鞍替えするよりは、多少問題はあっても、そのまま付き合い続けることを選ぶしかなかったのかもしれないが。


 そんな見えない檻の中にいるような日々の中で、いつの間にか、他人や国家を毒づくこと以外出来なくなっていた。

 誰も、少年隊の管区を越えて権力を拡大しようとしなかったし、俺がそれを強要しようとしても、誰も付いてはこなかった。

 訓練所内の敵を全て殺した後は、暇になって、略奪と奴隷殺しに勤しみ、しかし、それにも飽き始め……でも、他に出来ることなんて無くて、手詰まりで、閉塞感と、復讐心を持て余していた。


 そんなある夜に、たまたま遠出した畜産の村で出遭ったのが……エレオノーレだった。

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