Menkhibー12ー

 空が完全に闇色に染め上げられる前、まだ明るさの残る暗い蒼の内に、ハリが俺達の元へと戻ってきた。

「身支度を整えるって口実で、アイツは女のところへ向かうみたい、です。青年隊を指導している……ほら、あの、訓練中には青年隊と一緒に走ってることの多い、割と親しみやすい監督官の屋敷で、そこの娘の次女の方をずっと狙ってたとか」

 いきなり俺達に対して敬語を使うことに抵抗があったのか――いや、それとも単に敬語の口調に慣れていないだけかもしれなかったが、ハリは語尾で悩んだようだったので、愛想笑いを浮かべているツラに膝を入れてから俺は尋ねた。

「他の大人達は?」

 鼻を押さえて蹲るハリの前髪を引っ掴んで、顔を上げさせる。

「へいひゃに、ひょふも、ほまりで」

 鼻血のせいか、上手く呂律がまわっていないハリを、ハン、と、軽く鼻で笑ってから、掴んでいた頭を放り捨てる。

 多分、兵舎に今日も泊まりって言ってるんだろう。

 ……ふぅん。

 ジシスに手をつけるほどモテない男なのかと思ったが、そこそこ人望はあるんだな。娘を奪いに行くのを見逃されるなんて。

 ただ、まあ、こっちにとっては好都合だ。

 今回は、俺達自身が手を下す必要がある以上、敵は一人か二人、多くても三人までだ。それ以上は、相手に出来ない。

 もっとも、よっぽどの恥知らずでもない限り、女の下へと通うのに、この前のジシス達のような大人数でいくのはありえない。単独か、娘をものにするまでの間、家人を抑えるための親友が数名付き添う程度のはずだ。

「聞いたか? いっつも偉そうに俺等をぶん殴ってたあのバカ監督官に、御礼できる機会が来たぞ?」

 否定の声はなかった。

 少年隊の同期の連中は、静かに闘いの準備を始めている。石、投石器、ジシスのせいで訓練用の件や槍の管理が厳しくなっていたので、ごく簡単な調理用の刃物、木刀。

 思い思いの獲物を手に、寝床を抜け出し、夜に紛れていく。

 足運びや呼吸、得物の持ち方なんかを見るに、単純な戦技では俺よりも他の連中の方が上なんだろうな、とは思う。

 悔しくないといえば嘘になるが、どうせすぐに追いつくし、手駒が強いなら俺は指揮者に徹すれば良いだけだ。

 実利を得られるなら、過程は別になんでもいい。

 同期の連中の顔は、押さえきれない感情からか、僅かに口角が下がり、歪な笑みが浮かんでいた。


 躊躇無く同族を殺そうとするのがおかしい?

 いや、なにひとつとして、おかしなことは無い。少年隊とは、畢竟、人を殺すためにあらゆる技術を学ぶための場所であり、完全な縦社会である以上、同期を掌握した俺の命令は絶対だった。

 それを狂っているというのなら、少年隊の教育そのものが効率よく狂うための制度であり、今日こうして生きている時点で狂い切っているってことだ。

 殺す相手が誰だろうが、それは些細な問題だった。

 いや、端的に言って、家畜と同じ農奴へロットを殺すのは、あくまで日々の足りない糧を補うためであり、そこに特別な意思や感情は無い。別にどれでも良くて、たまたま目に付いたヤツを殺すだけの作業だ。

 しかし監督官には、日々の恨みがある。動機の点で言えば、農奴へロットを狩るよりもはるかに監督官を狩りたいはずなんだ。

 俺は、少しだけそれを後押ししているだけ。

 協力体制を作っただけ。

 そして、唆した。

 威張り散らしていたジシス達を、新参者の俺が殺せたことで、枷も外れている。

 既に、同期全体の意思として、監督官を殺すということを欲していた。自分達の上に君臨し続ける、圧政者を。

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