Menkhibー11ー

「おい」

 監督官達が、奴隷の村の臨検の準備をしているため、寝床へと押しやられる道すがら、俺は、浮かれっぱなしの同期たちに向かって呼びかけた。

 全体の、足が止まる。

「延長は、あくまで延長だぞ? それを、確実なものにしたくは無いのか?」

 研いだ鉄のような、怪しい鋭さのある目が俺に集中する。

 この段階で監督官達が、選別の延期や、食事の保障をするとは思っていなかったんだが、むしろ、それは良い方向に解釈されたようで、俺とエーリヒとクルトが、ジシス達を殺したから上手くいっている、と、ほとんどの少年隊の同期は考えてくれている様子だった。

 その信頼がある今だからこそ、非道な命令を非難されずに出すことが出来る。

「ハ~リ~? お前が、俺達の仲間だって証明出来る、素晴らしい機会だぞ?」

 ニタニタと笑いながら、目立たないようにと他人の背中に隠れているハリの肩を掴んで引き摺り出す。

 が、ハリは俺の手を払いのけあがったので、腹に膝を入れて地面に転がした。

 俺に向かっていた視線がハリへと集中し、ハリは……一瞬だけ助けを求める目を周囲に向けたが……、すぐさま俯き、下唇を噛んでいた。

 もう、ここにコイツの味方はいない。

 なにを命令しようが、誰も俺を止めないし――。ハリが断れば、俺がそうしなくとも、他の連中だけでもハリを殺す。すでにそこまで事態は進んでいる。

 人は、流されるのを好むからな。強い目的も無く、ただ生きていたいだけの連中なら尚更。


 狂気が伝染するモノだということを、今、強く確信していた。

 俺が、今日までの日々で募らせた恨みつらみを、今こそ晴らすべきだった。


「ジシスと仲の良かった監督官。誰か分かってるよな? そいつを尾行しろ」

 まさにさっき、外出を控えろという命令が出た中で、俺達を監視する役職にある監督官の動向を追えという、失敗すれば見せしめに殺されることが確定している命令に、ハリは躊躇していた。

 だが、ハリに向かって、一歩踏み出せば――俺が足を踏み出すのと同時に、少年隊の他の連中もハリ目掛けて包囲の輪を狭めている。

 逃げ場は無い。断れば殺される。これだけ分かり易く表現してやっているんだ、バカでも察する。

 ハリも、ここで殺されるよりは、まだ助かる可能性のある命令を受ける方を選び、寝床へと向かう俺達の列から外れ、物陰を伝って共同の食事場の方へと戻っていった。半泣きの面のままで。

「アイツ、きちんと調べてくるかな」

「監督官に泣きついたところで、俺達は全員、上の連中の言うとおりに寝床へ大人しく向かってるんだろ? なにを慌てる必要がある?」

 クルトの疑念も最もだったが、別に、ハリにそこまでの期待があるわけでもない。ハリが失敗したり裏切ったら、確かに監督官という大物を逃すことにはなるが、俺に敵対する同期は確実に一人減る。

 どちらに転んでも、別に損はない。

 準ジシス派は多くは無いが、まだ残ってはいるんだからな。その中から次の生贄を選ぶだけだ。


 しかし――。

 出来れば、敵情視察ぐらいはしっかりとこなしてくれた方がありがたいというのも本音ではあるけどな。

 そう。

 ジシスを目にかけていた監督官は、比較的若いので、まず間違いなくヘロットの村への臨検を命じられるはずだ。が、上の連中に命じられるままに、はいそうですか、と、大人しく支度を整えるだけだろうか? ガキとはいえ九人が殺された可能性があるのに?

 危ない目に会う前に、少しは良い目をみようと考えるはずじゃないか?

 ジシスが居ない今、ジシスと懇意にしていた監督官は、絶対に女の元へ行くはずだ。監督官になれてるってことは、二十八歳以降で、結婚の差し迫った時期でもあるんだしな。その焦燥感は容易に想像できる。

 もし、女の元へと向かわなかったとしても、なにかしらの代替方法で派手に景気付けするはずだ。例えば、喉仏の出ていない少年隊の幼いのから、次の愛人を探すとかな。


 前者なら、訓練所から離れた監督官が妻子を住まわせている村へと向かう道で襲撃するし、後者なら、この寝床にのこのこと現れた時点で殺す。

 欲を言うなら、前者の方がありがたいなとは思っている。計画の最終段階で、監督官の死体に細工をする上では、この訓練所内で死なれると、少しばかり厄介だから。



 この時の俺は……。

 全てが手の内にあると思っていた。事態は、思い通りに動いていた。

 周辺の勢力を糾合し、アクロポリスに返り咲くのも容易だ、なんて思っていた。俺自身の手で動かせる世界の狭さも知らないままに。

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