Menkhibー10ー

 流石に、朝食の席で九人が夜のうちにいなくなっていたことが分かれば、少年隊を取り仕切る監督官としては無視出来るような問題ではなかったようだ。常在戦場を謳い文句にしている癖に、な。

 訓練で使っていたはずの剣が持ち出されていたことから、脱走なのか、仲間割れなのか、それとも略奪に向かい、なんからの事情で帰還出来ていないだけなのか……。幾つかの可能性が議論されるのが普通だと思うんだが、大人達はあっさりと略奪の失敗と考えて動きはじめているようだった。

 これほどの損害が出るのは教育方法に問題があったのでは? とか、少年隊の管理監督方法に関して責任問題となるのではないか? と、日頃偉そうにしている大人達が、あちこちで雁首そろえて議論している。

 ジシス達が略奪に向かうにあたり、充分な支援を得られていたのは、その様子から明らかだった。

 本来なら、ありえないことだがな。

 不足するように計算されて配給される食糧。その足りない飯を分捕るために、戦闘訓練を実地で試す略奪が許可・推奨されているのであって、確実に勝てるように整えられた条件化で、上の指導の下で実施するとか、基本概念からしてぶち壊しだろう。


 九人の未帰還――まあ、俺と、あと同期の連中は死んだとはっきり分かっているが、一応、公式にはそう表現されることに決まった――の影響で、午前の訓練は、おざなりに若い監督官や青年隊の年長者が指導してはいた。だが、俺とクルトとエーリヒが一発かましていた同期連中以外の全てが浮き足立っていた。

 昼前には、ジシス達を殺したのは、略奪で遭遇した青年隊だったという根も葉もない噂が流れ、昨夜略奪に出ていた青年隊の連中が監督官の元へ呼ばれて聞き取り調査が行われたが――。

 勿論、そんな努力は、なんの成果にも繋がらない。繋がるはずがない。

 間接的に手を下した俺達は、しかしながら、当初の劣等性としての印象が強いためか、まったくお呼びが掛からなかった。俺と……まあ、クルトとエーリヒがつるんでるのも、監督官は把握しているだろうが、その三人で九人を殺せるとは、夢にも思っていないんだろう。

 目の前の現実よりも、希望的観測を優先させるなんて、アクロポリスにいた頃の俺と同じぐらいバカだなコイツ等。


 大人達が完全に手詰まりになっているおかげで、今日だけは誰一人かける事無く夕食のための共同食事上に集められ……、クソ不味い少しの肉と野菜が入った、粘っこく酸っぱい汁を、みっちりと詰まった大麦の無醗酵パンと一緒に食わされることになった。

 これなら、略奪した食い物の方がよかったと思うが、そんなことを口にするわけにもいかず、パンでスープをかき混ぜていると、飯の開始と終了を告げるだけだった鉦が、不意に鳴らされた。

 飯の終わりの合図じゃない。いくら少年隊や青年隊が日頃から飢えているとはいえ、この短時間で食い終えられた人間なんて、ひとりもいやしないんだから。

 取り合えず、周囲の連中とあわせて静かに待っていると、木で出来た台上に、一人の男が登って、食事場の人間を睥睨した。


 俺は初めて見るんだが、どうも、この訓練所の代表らしい。

 その、五十になったかならないかぐらいの、がっしりとした男が、一段高い場所で全体に響き渡るように声を張り上げた。

「市民諸君、青年隊および少年隊も耳を傾けたまえ」

 短く刈り上げた髪は、白髪交じりだったが髪質は強そうだった。きっと、良い物食ってる証拠だ。

 このみっちりしたパンでも投げたら刺さりそうだな、と、思ったが、流石にそんな冗談を言っても相手にされなそうだったので、大人しく、適当に話を聞き流していた。


 正直な所……。他の連中が、こんなヤツに対して、背筋を伸ばしているのが、俺にはなんだかバカらしく見えていた。

 確かに、所作は力強く、言葉もはっきりとしている。だが、それだけだった。

 ……レオや、クソジジイや、他の中央監督官達に感じていたような、鋭さが無い。

 なんていえば言いのかな? 真剣味や真実味が足りていないって表現も外れてはいないんだが、近いってだけで、この代表者の大きいけど軽くて中身が薄い感じを上手く言い表せていない。

 そう、良くも悪くも見たままで、裏が無い。深い意味が無い。罠が無く――。まあ、アイツも強いんだろうが、その強さが猪とか熊みたいな直感の暴力で、人の理知に基づいて行使される武力には足りてないように見える。

 これが、田舎ってことなんだろうな。


 吐き掛けた溜息は、二列向こうの青年隊の年長者達に聞き咎められたくないので飲み込んだ。

 今はまだ、アイツ等を殺せない。

 もう少し、我慢して力を蓄える必要がある。

 ようやく同期を掌握したってのに、こんなところで上に潰されては、元も子もない。

 要所は締める。

 話の通じる相手を見つけたら、礼儀正し過ぎるぐらいに接し、どんな行動も事前に報告し、そして――向こうが心を許した瞬間に、ささいな要求を行い、共犯者に仕立て上げる。抜け出せなくなったところで、立場を逆転させる。

 アクロポリスじゃ、子供の遊びの延長で、物心ついたときから行われている程度の事だ。つか、どこのガキだって、年上の兄貴分を味方に引き入れた集団の方が強く、良い遊び場を独占できることや、権力者の子弟が混じった集団なら、目こぼしされる悪戯の範囲が増えることぐらい分かっていて普通だと思うんだがな?

 俺は、それをちょっと工夫して、延長して行っているだけで。


 もしかしたら、レオは、俺なら切り抜けられると信じて、わざわざ山脈で隔てられた僻地に捨てて行ったんじゃないかとも思ってしまったが――。レオの顔を思い浮かべると、やはり、腹が立った。

 俺の教育係をクソジジイから任せられていたのに……。なのに、結局、俺を助けなかった。

 あの裏切り者も、必ず俺が殺してやる。

 ふと、思い浮かぶ、不器用な……レオの姿は、憎しみと懐かしさと、複雑な感情で俺を混乱させる。政務で忙しかったクソジジイの顔は、あまり、覚えていなくて……凡夫だったらしい親父とも、あまり会話する機会がなかった。

 ……いや、親父は、俺が嫌いだったのかもな。産後の肥立ちが悪かったとかで、母親は俺を産んだ直後に死んでいるんだから。

 最初から無いものを考えることは出来ないが、まあ、多分、親父は母親に執着していたんだろう。いや、それさえも定かじゃない。それほどに、俺との距離があった。

 だから、家族って言葉から思い浮かべる人物は、血は繋がっていないが、長い時間俺を鍛え、知識を授け、最後に裏切ったレオだけだった。


 レオを……殺したいと思っていた。

 裏切られたというのが直接的な動機ではあったが、自分でも上手く把握できない感情が、そう俺自身を衝き動かしていた。

 そう、もしかしたら俺は、バカ面した親戚連中以上に、レオを殺したかったのかもしれない。その距離感ゆえに。


 他の事を考えてはいたが、あの程度の話、しっかりと――修辞語を排除し、必要な部分を耳で拾うのは簡単なことだ。

 ご大層な話を要約すれば、ジシス達がいなくなったことで、監督官の上の方の連中が集まり、周辺の村の捜索を行うので、外出を控えるようにという通達だった。そして、略奪を行えないことを考慮し、事態が落ち着くまでは、間引きの年次審査を延期し、その間の食事は全員に充分に与えられる、ということだった。

「いいぞ、いいぞ」

 と、弾んだ声を出しているのはエーリヒで、少年隊の他の連中も、間引きの審査の延長――もっとも、同期が九人も死んでいるので、今期は全員が通過する可能性が高いとか言う、根拠のないことを吹聴する者も出始めているが――と、その間に、密告しなくても三食充分に食えるという口約束を手放しに喜んでいる。

 明文化していないというのに、随分と楽天的なことだ。


 ……はは。

 思い出すな。

 あの、クソ家庭教師のレオが、これからの王には、戦場の地形を把握するための算術も必要だとか言って、アクロポリス付近の軍を展開しやすそうな場所で、距離や高さを延々と俺に計算させた。が、やはり、五つ六つのガキには荷が重過ぎる作業でもあり、予想通りというかなんというか、俺は途中で飽きてきていた。そんな俺に、レオは、程々の頃合で、終われば小麦のふっくらしたパンに蜂蜜をたっぷり滲み込ませた菓子を出すとか言って、丘あり平野あり、川あり、藪ありの戦場を図面に表させた後、したり顔で、『よろしい。今日の授業は終了します』とか抜かしあがったんだよな。

 俺が文句を言えば、どこにそんな約束をしたという証拠があるので? とか、すっとぼけあがって……。

 あ~あぁ。

 大人のずるさは、身に染みている。

 いや、インチキのまかり通る世界の法則が、かな? うん、家督を追われた今は、そっちの方がしっくりくる。

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