Menkhibー9ー

「ジシスは死んだ」

 朝飯の始まる前の時間、他の少年隊の連中を叩き起こして俺は宣言した。右斜め後ろにエーリヒ、左斜め後ろにはクルトを従えて。

 少年隊の連中は、聡い数名を除いて――即座にジシス達がいつも寝ている場所に視線を向けた連中の面を記憶する。日和見だったヤツなら別だが、ジシスと近いヤツは近いうちに始末しておく必要がある――、寝起きということもあってか、言葉の意味を上手く理解していないようで、ぽかんとして、欠伸交じりに、あるいは目を擦りながら俺達をぼけっと見詰めていた。

 まあ、こんなものか。

 俺も、屋敷で安寧としていたままだったら、きちんと理解し即座に反応できたか怪しいものだったろうしな。

「今日から、この少年隊を仕切るのは、この俺だ」

 噛んで含めるように、ゆっくりと一字一句区切って俺は宣言する。

 徐々に、準ジシス派とでも言うべき連中が、昨日ジシス達が略奪に向かったこと、そして、寝床に戻っていないことについて騒ぎ始め、ようやく全員が事態を飲み込んだようで――。

 困惑した視線が俺達に向けられた。

 その瞬間、エーリヒが、干し魚や干し肉を獣に給餌するように撒く。日頃から充分に食えていないからか、他の事なんて全て忘れたような顔で、わっと食い物に群がった少年隊の連中。

 無論、それらは、昨日略奪したものではないんだが、俺達は略奪に成功し、ジシス達は失敗したんだと印象付けるためには必要なことだった。

 惜しくないといえば嘘になるが、今後は少年隊の連中を好きに使えるんなら、すぐにでもまた略奪できるような量だ。それに、計画の第二段階が上手くいくようなら、そもそも俺達が略奪をすることさえ、今期は必要なくなるかもしれないんだし。


「不満だってんなら、それでいいぞ? 別に、今期の選別通過者が、俺達三人だけだって、上は特になにも言ってこないんだからな」

 恫喝と言うよりは、軽くいびるような感じで含みのある笑みを向けてやると……、結局は、強いもの順で食料を手にすることになったようだが、五十人程度の少年隊の連中が、全員、これまでとは全く違う、そう、おそらくは、仲間を見る明るく、温かみのある表情で俺達を見ていた。また、俺達程ではなかったにしろ、日頃から虐められていた底辺の連中は、ある種の畏敬の念でも芽生えたのか、初めて見せるような力強い眼差しで俺達を見ている。

 そう、これだ。

 これが、本来俺のいるべき地位なんだ。


 前に食料を配ってやってた、どちらかといえばやや劣るところの目立つ連中が、まず最初に俺達に恭順を示し、後ろについた。次いで、撒かれた食い物に目の色を変えていた連中も、我先にと俺達の側に混ざろうとし――。

 しかし、比較的早い段階でハリ――筆頭のジシスほどじゃないが、それでも調子に乗って俺や、エーリヒ、それにクルトの悪事をでっちあげて密告を繰り返していた男子だ――が、恥も外聞も無く、愛想笑いで俺達の側に擦り寄ってきたので、即座に足を払って、転がった隙に頭を踏みつけた。

「お前には、罰を与える。お前が、ありもしないことを密告したせいで割り食ったってのがこっちに多いんでな。暫くはまともな飯を食えると思うなよ?」

「お前等が、ジシスを殺したって言うぞ? いいのか? 今までみたいに飯を抜かれるだけじゃなく――」

 多少は優等生としての矜持があるのか、踏みつけられながらも睨み返してきたハリ。

 俺は、踵に体重を乗せ、腰を深く曲げて這い蹲るハリに顔を近付け、からかうように……むしろそれを唆すように言い返した。

「バカか、お前は?」

 ハリが、俺の足首を掴む。

 俺は、それを放置して、軽く右手を払って背後を意識させる。う、と、既に、少年隊の大部分が、俺達の後ろについている現実にハリは、息を飲み――。

「お前の味方がどこに居る? 証拠の在り処は?」

 ハリが顔を背けたのと、エーリヒが俺を掴んでいるハリの手を蹴ったのは同時だった。

 ついでに恨みを晴らそうって気分だったのか、それとも俺達に対するご機嫌取りなのか分からなかったが、他に三人ほどが続いてハリを蹴り、俺は足を上げてハリが蹴転がされる任せた。

 多分、コイツは、俺が来る以前にも、それなりに良い思いをしてきたんだろう。蹴っている連中の視線は、心底楽しそうだったし、人数の関係から混ざれなかった俺の背後の何人かは、羨ましそうな顔をしている。


 そう、世界は既に、真逆に引っ繰り返ってるんだ。昨日の夜にまとめて殺したジシスの取り巻き程親しくしていなかったとはいえ、アイツと敵対せずに一緒に良い目を見た連中は、いまや羨まれる存在ではなく、少年隊の最底辺として蔑まれる階級にある。

 俺達の仲間に加われずに残っているのは、ハリと同じような準ジシス派とでも言うべき連中で、数も多くは無かった。

 今、ここで、すぐに殺すことも出来るが――。

 掌握したばかりの少年隊をひとつにまとめるための分かりやすい敵としては、後ろ盾を失った取り巻きのカス共は、格好の生贄だ。大事に、少しずつ、ゆっくりと使っていかなくてはいけない。

 あんまりあっさりと殺してしまい、日和見の中から生意気なのが台頭してきては、意味が無い。


 程々で、パンパン、パンと軽く手を三度叩いて私刑を止めさせ、しゃがんで這い蹲るハリの顔を覗き見る。

 これまで威圧的に接していたヤツにいたぶられ、随分といい顔になったハリ。

 いいじゃないか!

 中々痛快で、面白い絵だ。

「オレだけじゃない。他にも、みんな、適当なことを監督官に言って、食い物を貰ってたんだ。オレが悪いんじゃない。オレだけじゃ……」

 ニヤニヤ笑いを向ける俺に向けられたハリの反論の声は、どんどん尻すぼみになっていく。おそらく、俺の背後についている連中の中にも、同期を売って飯を食ってたのが混じっているんだろう。そう、朝一番にジシスをヤった事を告げた際に、即座に反応してたけど、今は俺達の背後に納まっている連中とか、な。

 しかし、だからこそ鞍替えした連中としては、ハリが余計なことを言って立場を拙くされたくないんだろう。


 ふん。

 成程、な。

 権力や地位を奪い取るのがこんなに気分が良いものだったとしたなら、家族の後ろ盾を失った俺を蹴落とすのはしょうがないことだよなぁ。

 あのクソ共、さぞや気分良かっただろうなぁ。

「アーベル?」

 知らずに拳を握っていてしまったようで、クルトに不思議そうに訊ねられてしまった。

 ふん、と、軽く鼻を鳴らし、俺は固く握っていた左手を解く。


 次は、俺の番だ。

 アギオス家は、俺の一統以外全て滅ぼしてやる。

 きっと、凄く楽しい戦いになるに違いない。俺に舐めた真似をしあがったアイツ等を、叩き伏せ、足蹴にし、首を刎ねるのは。


 ハリは、まあ、当然といえば当然なんだろうが、俺の心の中なんて全く見通せていないようで、怯えきった顔をしていた。

 単純に、この場で殺されるとでも思っているのかもしれない。

 かわいそうに、な。……ハン。

「お前に、生き延びる機会を与えてやっても良いんだが――」

 もったいぶって自分の口元に手を当て、背後を慮るように身を捩る俺。

「やる、やります!」

 ハリは、即座に自分の立ち位置を理解して、俺の膝にすがり付いてきた。


 肩越しに振り返り、ハリからは見えないように、口を覆っていた手を外し、にんまりとの連中に微笑みかける俺。

 クルトとエーリヒは、俺がなにを言ってるのか、どんな計画を立てているのか、分かっていない顔をしていた。当然、ジシスと仲の良かった監督官を殺すという、昨夜の話を聞いていない少年隊の他の連中は、尚更、俺がなにをしようとしているのか、また、ハリになにをさせるつもりなのか分かっていない様子で、お互いの顔を見合わせて首を捻っている。


 王宮での大人の観察で、人の使い方や、弱い部分を知っていた。

 結局、政治なんていうモノは、政策に関する議論よりも、誰某が人妻に手を出しただとか、どこぞの監督官が金で買収されて権利の便宜を図っただとか、軍の人事で不当に自分の派閥の人間を将軍として推してるだとかの言い掛かりの付け合いであった。

 こと、女と金の問題に関しては、ちょくちょく醜聞として子供の俺にも漏れ聞こえて来る程にありふれた話であり。それだけ話題に上るということは、それらの問題に潔癖な人間が少ないということだ。

 ジシスが夜の相手をしていたとか言う監督官も、きっと、ジシスがいなくなったことで、なにかしらの特異的な行動を起こす可能性がある。

 そこを、調べるかつつくかすれば、俺とここのガキ共でも、充分に横槍を衝けると確信していた。

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