Menkhibー8ー

 日が暮れ……。

 仕掛けが単純過ぎるて見破られるんじゃないかなという不安と、回りくどい罠だと上手く誘導できないんじゃないかという不安の間で悩んでいると、思いの外早くに少年隊の寝床からジシスが出て来てくれた。

 詰めていた息を、慎重に、ゆっくりと吐く。

 まずは、一安心、か。

 とはいえ、ここでに気取られるわけにはいかない、まだ。少年隊の敷地内で見つかって決闘を挑まれれば、ほぼ確実に俺達が負ける。


 暗がりに向かって手で合図を送り、クルトとエーリヒを呼ぶ。

 今日の晩飯は、意図的に抜けた。前以って少年隊の寝床から抜け出していなければ、アイツ等を充分に追うことが出来ないから。


 執拗に俺に嫌がらせを仕掛けてくるって事は、並々ならぬ対抗意識があるはずで――もっとも、それは、俺個人の人格に対してではなく、王家の血筋という出生に関する部分に対するものではあるんだろうが――、俺達三人が奴隷を狩ったという噂を聞きつけたなら、必ず自分達でも試すはずだという俺の読みは、見事に当たった。

 略奪が上手くいけば、翌日には、略奪した物資を少年隊の他の連中に振り撒き、持ち帰った奴隷の首でもさらして、監督官から賞賛され……。

 ジシスの一味はこの少年隊の訓練所では、ちょっとした英雄になれることだろう。

 俺達が先に略奪に成功した事実は、闇に葬られたまま。

 もっとも、今日、ここにアイツ等が生きて帰れたらの話だがな。

 きっと、あの三人で出来た程度なら、自分達にも略奪が出来るはずだと安易に考えている。……はずだった。

 最初から戦勝気分なのか、足取りが軽やかなのが遠目にもはっきりと分かるものの……。

 集団の先頭はジシスで、その取り巻きの四人が続き――。

「七人もいる」

 エーリヒが、どこか泣きそうな声で言った。

 見れば分かる、と、肘でエーリヒを後ろに追いやり、再びジシス達に視線を向ける俺。

 灯りも持たずに潜んでいたおかげで、既に夜の闇に目は慣れている。

 ジシス達は、少年隊の寝床の裏手の共同倉庫から……クソ、剣まで用意してたのか。寝床を抜ける際に、倉庫を攫っておかなかったのは失敗だったかもな。

 七人全員が、少年隊の訓練で使う剣を手に――多分、ジシスを目に掛けている監督官が渡したんだろう。クルト曰く、ジシスは結婚できる年齢に達していない監督官の夜の相手をしてのし上がった、とかいうことだしな。

 ジシスが美形なのか否か、よく分からんが……いや、男ばっかの訓練所なんだし、なんでもいいってことなのか? あのクズ共め。

 しかし、単なる高慢ちきなヤツかとも思っていたんだが、数を集めた上に、剣まで持ち出すあたり、意外と強かな所があるな。アイツ。


 この条件じゃ、ダメ、……か?

 いや、まだだ。まだ分からん。

 それに、数が多いことは、裏返せば、一掃するには丁度良い機会でもあるしな。


 どこか、戦う前から諦めたような、しょげてるエーリヒのケツを蹴っ飛ばし、クルトの首根っこを抱えて、俺はそのままジシス達の後をつけた。

 遮蔽物に身を隠しながら、這うように進みながらも、決して近付かない。距離は、全力で走って近付いた場合に、息が切れるのに充分なだけの間合いを空けている。俺達に気付き、ここで仕掛けてこられても、こちらから距離を詰めなければ、息切れしたアイツ等と戦うことの出来る有利な距離だ。

 背後を警戒しているヤツは、今のところ七人の中にはいない。こちらが気付かれた気配は無い。それもそうだ、ここは、既に俺達は一度通っている道なんだし、この日のために充分に下見をして、周辺の地形も把握している。

 この一戦に向けて積んだものが違う。簡単に見つかってたまるか。


 森を抜けた七人が、村の中へ入っていく。

 誰にも邪魔されず、ヘロットにも見つからないままに。

 村は、少し前に俺達が襲撃したことで警戒はしているのかもしれないが、見回りをしているヤツはいなかった。

 確かに、ヘロットが夜に出歩くことは禁止されているんだが、家に上がりこまれて強盗をされるなら、どっちにしても結果は変わらないし、それならせめて抵抗することを選んでも良さそうなんだが――。

 ……いや、そうか。

 少年隊の略奪なら、正当な行為であるので、もっと盛大になにか痕跡を残していくものだと思っているのかもしれない。それが、こそ泥のように静かに村に侵入し、弱い人間を殺し、その死体も放置してあったのだから……。その、もっと、こう。例えば、同じへロットの泥棒とか、そういう事件だと思ったのかもしれない。

 失敗二つ目。いや、予想以上の人数、武器の準備を別けて考えれば、三つ目の失敗か。

 中々に、謀略も難しいものだな。

 まあ、俺もまだまだだってことなんだろう。相手がなにを考えるのか、もっと親身に――相手の立場にたって考えなければ、意図した通りに誘導するのは難しい。

 ただ、次は、もっと上手くヤってやる。


「アイツ等は、退路も無く、真っ直ぐに村に入っていった。もう、こっちの勝ちだろ。ほれ、行くぞ、準備しろ」

 横でビビってる二人に、前にクルトに譲ったハチミツが入っていたのと同じ大きさの瓶を手渡し、松の枯れ枝で……苦労しながらも火を熾し――。

「なんだ? なに?」

 ぼんやりした顔で小首を傾げたクルトと、火を見て露骨に焦りだしたエーリヒ。

「油だよ、燃えさし突っ込んで投げんだよ。ほら、こうやって、な!」

 言いながら、ジシス達に向かって一投目を投げるが……。さすが少年隊筆頭とその取り巻き。不意の一撃にも、風を切る音と、瓶に刺さった燃えさしの炎で軌道を見極め、全員が火の掛かる領域から離れた。

 陶器の瓶が割れ、油が広がり、小枝から移った炎が燃え上がる。


 炎のせいで、お互いの顔がはっきりと見えた。

「アーベルゥ? なんだよ。寝床にいねえと思ったら、こっちにいたのか?」

 奴隷への略奪目的で来ていたはずのジシスは、あっさりと目標を変えたのか、耳まで裂けそうなほど笑みを深くして、剣を抜き――。

 俺に続いたというよりは、ジシスの気迫に押される形で油の入った瓶を投げるクルトとエーリヒ。

 あっさりと避けられ、剣で弾かれるが、油と炎は周辺に広がってゆき……。

 村の中が、夕焼けのように、紅く明るくなった。

 俺達が放った火だけじゃない。

 既に、火事を疑ったのか、村のヘロット共が、わらわらと付近の家から這い出して来ている。

 村の入り口にいる俺達と、村の中まで入り込んでしまっているジシス達。


 そこで、ようやく俺の意図に気付いたのか、ジシスは――。

「襲撃だ! 敵は七名! ガキだ! 今なら殺せるぞ!」

 ジシスが取り巻きに指示を出す前に、村中に聞こえるように大声で叫ぶ。

 更に多くの家々から人が出て来て、ジシスの取り巻きは事態の急変に怖気づいたのか、完全に足を止めた。

 俺は、叫んですぐに、振り返らず、クルトとエーリヒの手を掴んで、前に見つけていた村の南側の小規模な果樹園に向かって走り、木陰へと滑り込む。

 ヘロット共は、逃げた俺達を見向きもせずに、村の中ほどで剣を構えるジシス達七人を包囲し……。

 農具を高く構えた。

「ちくしょう! てめえ! 卑怯だぞ! それが、テメエのやりかたッ!」

 ジシスの怒鳴り声が、途中で途絶え、それと同時に、メキョ、と、重く湿った鈍い音が響き――、無数の悲鳴が続いた。


 ヘロット共に見つからないように暗がりに身を潜めながら、しっかりと七人が死ぬのを見届ける。

 もし、一人でも包囲を抜けるようなら、俺達自身で手を下さなくてはならなかったんだが――。

「あの死に様、どう思うよ」

 もう震えてはいない二人に向かい、これまで俺達を散々な目に合わせてきた連中のみっともない姿を顎でしゃくる。


 ジシス達は、日頃の威勢はどこへやら、ある者は這って逃げる最中に鍬や鋤で潰され、羊の毛を刈る小刀で切り裂かれる者に、棍棒で散々に殴られて頭を潰される者など、剣を持っていながら、ろくに抵抗もせずに、ヘロット風情に皆殺しにされていった。

 胸がすくのと同じぐらい、失望していた。

 あれだけ偉そうにしていたくせに、死を前にして、怯えて抵抗も出来ないなんて。

 ラケルデモン人の誇りもなにもあったもんじゃない。あれじゃ、ただの凡人。社会のゴミじゃないか。


「みっともないったら、ありゃしないね」

 ビビリの癖に、こういう時だけは調子の良いエーリヒがすぐさま追従してきた。クルトも、いつもはぼんやりとしていることが多いんだが、この瞬間には楽しそうに笑って、敵が死ぬ様子を眺めている。

「な? 何人でも余裕だったろ?」

 七人もの数を揃え、全員分の武器を持ち出したのは、確かに予想外だったが、なんてことはない。こっちは、味方ってわけじゃないものの、ジシスが敵という点では一致している奴隷を、百人から動員出来るんだ。

 ガキの五人が七人に増えたところで、わけもない。

 そう、ずっと優等生でいられたジシスに足りなかったのは、恐怖心や警戒心……このままでは殺されるという危機感。そうした、弱者としての視点や思考が欠けていた。

「悪い男だぜ。アーベルはよ」

「頭が切れると言え」

 確かに、最初は少し焦ったものの、元からそう分が悪い賭けでもなかったし――もし、ジシス達が奴隷に包囲されそうにない村外れの家を狙っていたなら、襲うのを見送ることも出来た――、むしろ、一気に七人も死んでくれたおかげで、小出しに敵を誘導して殺す手間が省けたとも言える。うん。結果論だけど。

 もっとも、まだアイツの息の掛かったのが何人か生き残ってはいるがな。

 名前は覚えてないが、面はしっかり目に焼き付けているので分かる。

「帰るぞ。死体が出たら拙いのは、あのヘロット共も分かってる。始末は勝手にしてくれるさ」

 ヘロット共が、日頃の鬱憤晴らしのためか、死体を引き摺ってお祭り騒ぎを始めたので、とばっちりを受ける前に、俺達は村を後にした。


 計画のは大成功だ。

 暗い夜道を歩きながら、行きで俺に引き摺られていたことなんて忘れていたかのように弾んだ足取りの二人に向かい「まだ終わりじゃない」と、俺は告げた。

「アイツ等だけじゃ可哀想だろ? 冥界に向かうにしても、先導の教師がいないとな」

「どうやるんだ?」

 奴隷からの略奪、目障りな優等生の始末と、二度続いた勝利の味をしめたのか、随分とましな顔になってきたエーリヒが、今度は『でも』とか『けど』とかの否定的な接続詞を口にせず、話に乗ってきた。

 クルトも腹が決まったのか、表情を窺った俺の視線に、強い眼差しで頷き返している。。


 ふん、と、軽く鼻を鳴らし――。

「まあ、任せろ」

 軽く、だが、固く請け負った。


 見せしめのため、そして、俺達を冬の間引きで選ばせないためにも、生意気な監督官を最低一人は殺してさらす必要がある。いざとなれば殺すという脅しが、身を守る保障となる。


 そして……。

 優等生の行方不明という、監督官を分断するための格好の口実は、俺の手の内にあった。

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