Menkhibー7ー

 初めての略奪に成功し、七日が経った。

 その間に、俺達三人の中で一番気が弱いエーリヒの意見を元に、少年隊でもジシスと中の良くない人間を選び、こっそりと食料を渡すことで、俺達とジシスのグループとの間にある種の緩衝地帯を作ることには成功していた。

 とはいえ、ジシスの方は、相変わらず執拗に俺の規律違反をでっち上げて密告し、一部の監督官もそれを楽しみにしていたため、日に数度はぶん殴られ、飯は三日のうち二日は抜かれていたが。

 しかし、二人家族が一冬を越すのに充分な食料を略奪できていたため、飯を抜かれる程度の事など、全く問題が無かった。むしろ、クソを煮込んだみたいな黒くて怪しげな不味い汁なんて、こっちから願い下げだったし。

 しかも、ちゃんと食えているおかげなのか、最近は怪我してもすぐに治るようになっていた。


 ちなみに、会った時は一番死にそうだったクルトは、傷が癒え体力が戻ると……。なんというか、不思議な雰囲気の子供だった。つか、わりかしボーっとしているので、案外なにも考えていないだけなのかもしれない。エーリヒが、腕に自信がないことを自覚しているからか、上手く立ち回って被害を最小限に抑える小賢しさがあるのとは、どこか対照的だ。


 無論、俺達三人が急に元気になった事を怪しむ人間は少なくは無かったが――。

 同期の少年隊の方は、一部の連中を買収していたし、その他の大多数は、そもそもが俺達三人に興味が無く、そういうこともあるんだな、とか、意外と死なないものだと、深くは考えていない様子だった。

 もっとも、監督官の方では俺達が奴隷を襲ったんじゃないかと疑っているようだったが、それは別に咎められるようなことではない。逆に、あんな状態で上手く略奪が出来るのかと疑う監督官も少なくは無く――。不思議なことに、俺達三人の略奪を積極的に否定していたのは、特に俺達に向かって日頃暴力を振るっている監督官だった。

 人は、見たくない現実を見ないふりをして、より状況を悪化させる。

 確か、レオに教わった言葉だったが、まさにその通りだな。



「手早くけりをつけよう」

 恒例になりつつある夜中の会合の場で、俺はクルトとエーリヒに向かって、開口一番そう告げた。

 少年隊の訓練所からは少し離れた場所で、青年隊や、少年隊の年長組が略奪に向かう道を避けて作った、俺達だけの秘密基地だ。

 目の前の焚き火は――煙が出ないように、乾いた小枝で小さく火を熾している。真っ暗闇も危険だが、火は遠目にも目立つので、上手く俺達三人で囲って隠せる程度の大きさに抑えている。

 こうした火の管理は、少年隊で教わる基礎知識らしいが、以前の生活ではオイルランプを奴隷につけさせていた俺にはまだ難しい作業だったので、自然と火の番はクルトの仕事になっていた。そもそも、クルトは会議だっつってもあんまり自発的に喋らないし。

 焚き火の上には、前に奪ってきた鉄鍋が乗っていて。中には、炒って塩を振った大麦が入っている。さっきまで蓋をしていて、充分に爆ぜさせているので熱々だ。

 軽く夜風で冷ましてから口に放り込む。あの、なにが入ってるんだか分かんねえ夕飯より、よっぽど人間らしい食事だ。

「数日以内にジシスを殺し、ジシスと一番親しいあの若い監督官も殺す」

 俺と同じように、口の中を少し火傷させながらも、炒った大麦を頬張っていた二人は少しだけ口を動かすのを止めて俺を見た。


 そう、今は、口を軽く火傷させる程度に熱い物の方が美味かった。大体、少年隊には、腰巻いっちょうしか支給されていないんだから、秋風に対抗するには、熱い物を腹に入れるしかない。冷たい物を食って、腹なんか下したら、それだけで命に係わる。

 気温は、日を追う毎に下がっていた。じき、冬になる。

 ここは、標高の関係で、アクロポリスよりも冬の訪れが早いようだ。この訓練所は、パルノナス山脈付近に位置し、アクロポリスからは西に大きく離れていることを最近知った。

 レオがどんな道を使ったのか知らないが、ここからアクロポリスへの直通の街道は無いらしい。正規の道を使った場合には、いくつかの軍事拠点や大きな町を経由する必要がある。それらに見つからずに、こっそりと通り抜けることは出来ないだろう。

 しかしながら、道の無い冬山を越えてアクロポリスへと向かうというのも、自殺以外のなんでもないが。


 帰りたくないといえば嘘になる。が、アクロポリスに戻ったところで、今、出来ることはなにも無い。

 まずは、この訓練所を落とすと決めた。

 なら、それに集中する。


 無言の二人に向かい、さっきよりは気安い調子で俺は続ける。

「雪が降り、間引きの相談が始まる前に、少なくともジシスは殺しておく必要がある」

 そう、アイツが余計な口出しをすれば、体力的にましになってきているものの俺達三人が間引きで殺される対象に入る可能性が高い。っていうか、いくら何人か買収しているとはいえ、少年隊の同期の連中は、まず間違いなく俺達三人で決めにかかるだろう。誰だって、自分が死ぬのは嫌なんだから、標的にしやすいのを選ぶに決まっている。

 ジシス達が後押しするなら、尚の事だ。

「でも、どうやって?」

 訊ねるクルトは、エーリヒと違っていつもと同じようなぼんやりとした顔のままだった。

 エーリヒは、やっぱり前と同じように、恐怖の方が勝った顔で――。

「向こうは、普段四人の取り巻きを引き連れてる。三対五じゃ勝ち目は無いんじゃ?」

 普通に考えれば当たり前のことを、今更口に出している。

 つか、そもそもが既に少年隊の中では俺達三人が最下層で、だから冬の間引きで殺されるって雰囲気が出来上がっちまってるのに、ここで常識もクソもないと思うんだがな。

 まともに考えるなら、どうやったって俺等は死ぬだろう。

 だから、まともじゃない手段で打ち破る必要がある。

「別に、バカ正直に戦うことも無いさ。こっちには、それなりの物資に……買収した、つかいっぱしりが何人か居るんだ」

 軽く肩を竦め、あくまでなんでもないことのように俺は告げた。

 ここで不安や弱みを見せれば、きっとこの二人はついてこないと思ったから。

「食い物で釣ったのが、ちゃんと味方になるかな?」

「大丈夫さ。俺が頼むのは、些細なことなんだからな」

 レオに教わった知識に頼るのは癪だったが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。いや、誰から聞いた話でも、使えるものはなんでも使えば良いだけだ。利用できる限り利用する。


 かつて――。

 メタセニアを攻め落とした後、大きな奴隷の反乱が、二度起きた。その際に、ラケルデモンは、奴隷共の協力勢力を買収し、退路を断って孤立させる戦略で成功した。

 なら、俺達もそれを行えば良い。

 もっとも、単純に、他の少年隊の連中を買収して、ジシス達を囲めば良いってだけの話でもないがな。

 買収、そして、情報の操作、分断、孤立。

 それを上手く使えば、アイツ等程度殺すのはわけないさ。

 そういう狡すっからい話は、王宮で聞き飽きているんだしな。

 つか、今の俺の最大の武器は、そうした狡猾さだけだと思う。だって、他の連中ほどには戦闘訓練を積んでおらず、代わりに、戦術と戦略についてならみっちりと仕込まれているんだから。


 その後、夜が完全に更ける前に、いつも通り、俺達に味方すると言っている連中に炒った大麦の残りを渡し、そしてその際に、俺は適当に二人程見繕って、ちょっとした頼みごとをした。

「明日、ジシスに『やっぱりアーベル達は奴隷を襲ったみたいで。楽に襲える村がある』と伝えてくれないか? 村への道も教えておく、いいか? 忘れるなよ?」

 クルトもエーリヒも、折角見つけた小さな村をジシス達に教える事に、不満そうな顔をしていたが、にんまりと笑いかけると、二人とも反論を口にはせず、大人しく自分の寝床へと潜り込んでいった。

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