Marfakー5ー

「ミュティレアでの戦闘は終結しているのですが……」

 キルクスとドクシアディスが顔を見合わせ――良くない知らせなのか、キルクスはドクシアディスに言わせようとしている様子だったが、鈍いドクシアディスは間誤付くだけだったので、結局、短くない間の後、キルクスが切り出してきた。が、さわり程度の部分で会話を止め、こちらの様子を窺って来ている。

「回りくどい話をするな、時間が無い」

 相変わらず腹が据わってない男だ。が、拗ねられても面倒なので、感情を排して短く命じると、ドクシアディスが話を継いだ。

「伝令を捕らえたんだ」

「アテーナイヱのか?」

 頷いてドクシアディスが続ける。

「本国側の処罰として、明日の昼に、ミュティレアの成人男子全員が死刑で、女子供は奴隷の身分にするらしいんだが……」

 ドクシアディスが言い淀んだタイミングで、軽く右掌を天に向け「は」と、短く息を吐き、軽く頭を傾けて俺は答えた。

「結構な話じゃないか。どこに不審がある」

 反乱に対しては、厳しい処罰が下るのは基本だ。……メタセニア人がラケルデモンに敗北後、どんな扱いになっているのか、俺は充分に理解している。

 エレオノーレに感化され、慈愛にでも目覚めたのかと二人に向けて、ふざけた態度の奥で冷めた目を向ければ――。

「……アテーナイヱの中央が、本日再度民会を開き、指導部のみの死刑に減刑すると」

 成程。

 それなら、危機的ではないが楽観も出来ない話だな。

「今回捕まえた伝令は、訂正の命令を持ったヤツなんだな? ……面白くないな」

 質問に頷いたのを確認してから――独り言を呟いたつもりだったんだが、耳聡く聞きとがめたキルクスが問い質してきた。

「面白いか否かの問題ですか?」

「……ああ、言葉が悪かった。減刑の情報は、伝えたくないな」

 現時点では、厳しい処罰から救った英雄になれる俺達だが、減刑の情報が伝えられれば、間違いなく都市はだろう。占領後の当地の際に、口上に上がる。アテーナイヱに残留していた方が、良かったんじゃないか、とな。特に、俺達による政治的・経済的改革についてこれない人間にそうした不満がつのり、要らない内紛を招く。

 内紛は、問題だ。

 分捕る領土も、賠償金も無い上、兵士や戦死者への慰労金に都市の修繕費と、金が掛かるばっかりだ。壊れた都市の再開発の利権も、戦死戦傷手当てで消えてく額だろう。

「伝令というか、その連絡の船は一隻か?」

「はい」

「船ごと押さえてあるんだな?」

 念を押して再度確認すれば、今度は無言でキルクスが頷いた。


「全て殺せ。船には火を掛けろ、なにも、痕跡を残すな」

 一拍だけ間を空け、俺は短く命じた。

「……はい」

 面を見るに、殺す必要があることはきちんと認識しているようだった。が、あくまでも自分達の意志では殺したくないらしい。まあ、一応は同族という意識があるのか、それとも命を奪う責任を負いたくないだけか。

 少なくとも俺には、罪悪感から来る表情や態度ではないように見えるがな。

「作戦行動中の軍艦が無いなら、護衛は不要だ。ガレーで突入する。全ての戦闘艦で海上封鎖を実行しろ。決して、都市を落とすまで、例えどこの国籍の船であろうとも入港させるな。責任者は、ドクシアディスが務めろ」

 え、と、戸惑ったような声が上がったので、眉間に軽く皺を寄せた後、弁明を待たずにキルクスに続けて命じた。

「戦闘指揮に不安があるのか? なら、キルクス、そちらで参謀を見繕え」

 はい、と、仕草こそ丁寧だが、露骨にドクシアディスを侮蔑するような態度でキルクスが応じた。

 ドクシアディスが、唇を噛んだ後、俺に向かって――。

 陳情なのか、嘆願なのか分からないが、ドクシアディスがなにか言う前に、俺は素早く口を開き、説明を始めた。

「都市を落としてすぐ、エレオノーレを入港させる。キルクス及び亡命アテーナイヱ人の一部は、最初の演説の際に市民を扇動させるために必要だ。逆に、アテーナイヱに一度負けているアヱギーナ人がその場にいては、まとまる話もまとまらん。こっちが主導権を握るまで待て」

 理由は説明してやった。が、お前程度の意見は不要と、態度で示した。

 なのに、変なところで鈍いバカは黙らなかった。

「……封鎖線を突破しようとする船は?」

「沈めろ。勿論、乗員もろともな。一人も生かしておくな。いいな? 一人もだ。老人女子供、誰が乗っていようとも、全て等しく殺せ。命乞いは無視しろ。恩赦の情報を伝えてはならない。どうせ、約束なんて、破るために結ぶものだ。本当に恩赦を与えるかなんて分からんぞ」

「もし、相手が非武装の船だったら?」

「くどい。情報の封鎖が最優先だ」

「けど……」

 と、尚も食い下がってきたドクシアディスの横っ面を殴りつけた。それほど強く殴ったつもりは無かったんだが、派手に甲板に転がったドクシアディスの鼻っ面に、吐き捨てるように俺は言い放った。

「良い人を気取りたかったら、最初から武器なんて持つな。分かり合えない相手だから殺すんだろ? 戦う以上、勝つことだけが全てだ。半端に良心を残すからお前は弱いんだ。徹しきる覚悟も無いのに、今更人道を理由に俺に歯向かうな」

 論理的にも物理的にも反抗出来ずに、俺から視線を外し、床を睨んだドクシアディス。


 周囲の顔を見て――ああ、いや、ネアルコスの意味深な目配せから、やり過ぎたんだと分かったが、言う事もやる事もやった後だった。手でも引いて立ち上がらせてやることは出来るかもしれないが、口から出た言葉は戻ってこない。

 力の論理で押さえつけておくにしても、加減が難しいな。


 ……ッチ。

 しゃーねーか、利用するって決めたのは俺なんだしな。別に、本音と建前の一部が重なっていたとしても、そして、それを知られたとしても大きな支障はない。

 今、優先すべきは攻略作戦で、この会議の場での勝利とは、この二人を意のままに操ることにある。自信はそれほどないが、役者になりきるのも、別に不本意って程ではない。


 軽く溜息を吐いてから膝を曲げ、ドクシアディスの肩に手を乗せた。

「お前は、エレオノーレを危険に晒したいのか?」

「え?」

 戸惑ったような、呆けたような顔が上を向き――俺と目が会った。

「なぜ、分からない? 気付かない? アテーナイヱ本国から許されたと知れば、この島の連中は俺達と敵対する。いくら亡命アテーナイヱ人による改革と銘打っても、所詮俺達は余所者だ。連中は、許されるなら俺達を頼ろうとはしないはずだ。その場合、侵略の責任者は誰になる? 俺達マケドニコーバシオからの援軍か? 違うだろ?」

 ドクシアディスの肩に乗せた手に力を込めれば、ハッとした目で――そう、おそらく俺がエレオノーレの身を案じているんだと思い込んだ目で――見詰め返された。

 アイツを危険に晒さない、それは、本心だ。それだけが理由じゃなくとも、嘘はついていない。するべきことが変わらないなら、その意思をどう解釈されても……まあ、不満は無い。


 ……この話を聞いたら、アイツはどんな顔をするんだろうな。

 いや、別に、それは、今の俺に必要な情報ではない、か。


「お前等の、大事な大事なお姫様が悪者になるんだぞ? 場合によっては、その死体を要求されるかもな。で、そうなったらどうするんだ? お前の能力で全面衝突を避けつつ穏便に解決できるのか?」

「……出来ない、です」

 苦い顔で、俺から視線を外したドクシアディス。キルクスは、ちょっと複雑そうな目をしているようだったが、俺の真意を量りかねているのか、細い眉を歪ませ……でも、追求してくるだけの行動力が無いのか、結局は無言で僅かに首を捻っただけで、ドクシアディスが立ち上がる手助けをしていた。

 立ち上がったドクシアディスの目を、改めて覗きこむ俺。

「分かったな? 俺は、なにも、お前等を虐めようというわけではない。相互利益を鑑みて動いている。短絡的な視点で批判するな」

「は、はい」

 返事を確認し、敢えて二人に背を向けて、ドクシアディスを殴った際に踏み込んだ一歩を戻る。


 これでいいんだろう? と、ネアルコスに軽く視線を送れば、いつも通りの人好きのする、だけど、腹の奥になにを仕舞い込んでいるかわかったもんじゃねー笑顔で応じられた。

 まったく、とんだ幕僚をつけられたもんだな。

 頼もしいが一筋縄には行かない。どうにも、その癖の強さに笑みが浮かんでしまう。

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