Kornephorosー18ー
「だ、だれ、だ?」
辿り着いた部屋は、豪勢だったが、王太子よりも三つも年上の男の部屋にしては、いささか子供っぽさを感じた。
いや、それよりも――。
起きていたのは意外だった。物音を立てたつもりは無い。いや、それ以前に、王太子の異母兄であるアリダイオスの服装は、寝床に入っている時のそれではなかった。
異常な早起きという風聞は聞いていない。
たまたま昨日は眠れなかっただけ? それも、なんだかしっくりとこない。
「お薬をお持ちしました」
こちらの格好を咎められはしなかったので、そう、丁寧に頭を下げ、胸の毒薬の入った皮袋を取り出す。
「く、くすり?」
最初は動揺したせいだと思ったんだが、この男、もしかして……。
改めて、アリダイオスの顔を見る、が、やはりそうだった。この男、吃音の障害がある。
「少し、お休みしやすくなるでしょう」
「お、おま、お――」
ッチ。
なにを言おうとしたのかは、分からなかったが、連声の後、唸るような声が続き、このままだと騒ぎになると判断し、俺はアリダイオスに飛び掛った。
暴れられたが、抵抗は僅かだった。
頚動脈を押さえ、首の骨を折らないように、気道を圧迫しないように注意しながら、ばたつく手足を膝で押さえ、動かないように固定する。
しばらくすると、組み敷いていたアリダイオスの筋肉が緩和するのが分かり、寝台へと運ぶ。呼吸は、平常だ。目立った外傷もない。
いや、無いこともないんだが、腕を確認すれば、古い青痣があったりと、さっきつけた程度の怪我なら、そう不審がられない程度のものだった。
……吃音ゆえに王宮の奥へと隠し置かれたのか、それとも、王家の重圧に耐えられる器ではなく、どこかで壊れたのか、それは医家ではない俺には判断し難いことではあった。
ただ、やや不安定なところもあるが、瞳にはしっかりと知性を感じたし、そもそも吃音症なんかは、きっかけがあれば治癒してしまうこともあると聞く。
環境の変化。
そう、親父殿の結婚や、自分自身の結婚なんかで上手い具合に心の寄る辺を手に入れられれば、な。
……ただ、悪いが、俺達は、それを望んでいない。
後継者の問題を、これ以上拗れさせるのは、望まない。
意外と細身だったアリダイオスの体型・体重から必要な毒の量を割り出し、コップに一滴半の毒薬と水を注ぎ口に含ませる。口から溢す前に、背中に膝を入れて――人は、そこを強く押されると自然と口の中の物を飲み込んでしまう――飲み込ませ、暫く様子を見ると、額に汗が浮かび、低く唸り始めた。
首に肌に触れてみる。
はっきりと指先に熱さを感じた。
目的は、達した。後は逃げるだけ。
そう、そのはずだった……。
不意に目の前で扉が開けられた。
兵士じゃない。が、服装から言って世話役の奴隷でもない。
女、だ。
王妃? いや、この男は庶子の子で、その母親も王宮内部をそんなに自由には歩け無い筈だ。それなら、誰が?
もしや、婚約者がいたのか?
疑問符は消えていない、が、身体が先に動いていた。
すぐさま口を押さえたので悲鳴は無かった。そう、ラケルデモンに居た頃に実地で学んでいることだ。人は、咄嗟に悲鳴を上げられない。息を大きく吸うための間が存在する。
「きゃ」
と、少し女らしい悲鳴がか細く耳元で聞こえた。
視線が合う。
若い女だった。
鋭く、刺すような目が俺を睨んでいる。
……なぜ?
コイツが、ここに?
らしくないと言われれば、否定できない。だが、あまりに予想外な状況に動揺し――。
緩んだ手から、エレオノーレに抜け出されてしまった。
しかし、予想していた周囲の兵士を呼ぶ悲鳴は聞こえず、ただ、抜き身の剣の切っ先を突きつけられた。
あの、旅の始まりの日にそうしたように。強い眼差しで。
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