Kornephorosー10ー
「納得のいく説明を聞かせてもらえっか?」
黒のクレイトスは、現国王派の将官を従えているためか手は出さなかったが、今にもキれそうな様子で訊いて来た。
演技をしているというわけでは、多分、無い。戦闘後の高揚が収まっていない事を加味しても。
港の少し開けた、荷の一時保管場所で、海と軍団兵を背に俺、その正面には黒のクレイトスと――おそらく重装歩兵を指揮していた現国王派の将軍が二人と副官少々、黒のクレイトスたちからやや離れ、しかし俺からも若干距離を置いた右側に王太子とプトレマイオスがいる。
まあ、主義主張はどうあれ、自分の戦場を横から荒らされたら怒って当然だろう。表の計画に、修正が必要なことは解っているはずだが、それはそれ、これはこれという考え方なのかもしれない。黒のクレイトスは、わざと突っかかってみて相手の反応から力量を量る癖があるが、基本的に激情家なのは間違いない。言いたいことは、相手が誰であろうともはっきり言う。
そして、これも当然といえば当然だが、将軍である以上、戦績や軍功に関して、しっかりと評価されることを望んでいる。
失敗には懲罰を、成功には褒賞を。
今回の戦闘においては黒のクレイトスが第一功労者となるものの、都市の攻略という観点からは戦功が分散してしまう。見方によっては、黒のクレイトスの役割は陽動で、手薄の城壁を突破した俺が本隊だと思われかねない。
そっれを
ハン、と、鼻を鳴らした黒のクレイトスは――。
「じゃあ、この状況はなんだ?」
――腕を払い、周囲の死体と、しんと死んだように静まり返っている町を差しながら詰めよってきた。が、それを押し止めたのは、現国王派の将軍達だった。
俺には、この二人の人となりが解らないので、何とも言えないが、黒のクレイトスと一緒に俺を非難しないところを見るに、根っからの軍人ってわけじゃないのかもしれない。
なら、軍功争いよりは、利益の誘導に切り替えた方が得策か?
「現国王からの命令では、協力してダトゥを落とせというものだった。だから協力した」
あくまでしれっとした顔で答え続けていると、俺と王太子の修正案の中身を察してくれたのか、どこか言い訳じみた――しかし、俺よりもしっかりとした動機を黒のクレイトスは話し始めた。
「オレが来た時には、決戦を志向してここの連中も出ていた。攻城戦をやるよりははるかに損害が少なくて済むので、決戦となった。なにか不満があンのか?」
「今回の北伐は、新都ペラから離れているし、付近にこちらの砦も無い。ここは既に陸上輸送の補給限界だ。海上輸送のために港を無傷で確保する必要がある。また、この大都市に蓄えられていた物資を逃がさないため、先行していた俺が独自の判断で攻め落とした」
プトレマイオスが俺の状況説明に形の良い眉を歪めたが、口は挟んでこなかった。そう、俺が城門を解放させ、騎兵が後から続いた。それは、現国王軍の兵士や将軍もしっかりと見ていたはずだ。
なにも、問題ない。
「敵の市民軍はオレが殺してンだ。後は、無傷で港が欲しいなら、手ェ出すなよ」
「場合によりけりだろ。それに、海を封じてないんだ。交渉している間に海上へと脱出されては面倒になる」
「……おいしい所だけ、かっさらう、ってか?」
「おいしいのは、ここからだろ? 俺はまだ奪ってないんだからな」
指でさっき殺した連中が船へと運び込もうとしていた物資を指差し、黒のクレイトス……というよりは、その横で俺に飛び掛かりそうな黒のクレイトスを抑えている現国王派の将軍に、意味ありげに視線を向ける。
当人の性格次第、という部分はあるが、賄賂の意味に気付かない高級将校は、ほとんどいない。案の定、二人の将軍は意味を理解し、表情を少し和らげた。
そもそもが、平野部での決戦で勝ったとして、簡単に城門を開くとは限らないのだ。ヘレネスの都市においては、一部の特殊な場合を除きしっかりとした城壁を保持している。もしも攻城戦になった場合、攻め手側は相当の損害を被る。
お互いにそれを理解しているので、使節を遣り取りして、降伏条件を詰めるんだが、それには時間が掛かるし、都市の財貨を根こそぎ奪う事までは出来なくなる。
まあ、王太子派の目的はこの都市の港湾設備と船なので、そんな条件付きの降伏を認めるわけにはいかないんだがな。ただ、こちらにも多少の戦功と船―――船は貴重品だが、現国王派は海軍を動員していないので、どうせ奪った所で扱えない――を譲るだけで、十分に都市を略奪できるなら、ここにいる現国王派の将軍にとっても得るものは大きい。
けっ、と、黒のクレイトスが吐き捨てるように笑い「どうにも、戦ってない時のおメぇは、あんまり好きになれンな」と、乱暴ではあるがさっきよりは砕けた口調で――多分、これは演技ではなく素の表情だと思うが――呟いた後、目を細め、苦々しく笑った。
「そういやぁ、こいつらはなんだ?」
今更といえば今更だが、黒のクレイトスが足元の死体を軽く蹴って仰向けに転がし、俺に訊ねてきた。
「逃走を図った連中だ。抵抗されたのでやむなく殺した」
「抵抗? 得物はどこにあるってんだ?」
わざとらしく額に掌を当てて黒のクレイトスが周囲を見渡せば、付近の現国王派の将軍二人もきょろきょろと周囲を見始めた。
「奴隷はそのまま頂くこともできただろうし、若いヤツは奴隷商人に売り渡すことも出来たはずだ」
黒のクレイトスは断言し――。
「お前、ここの連中の物資を独り占めしようとしてたンじゃねぇのか?」
――と、若干嘘くさい笑みで続けた。
場の空気が僅かに先程とは違う形で緊張した。
俺は敢えて無言で、泰然と黒のクレイトス達を見ている。
そんな中、王太子だけがゆっくりと俺に近付き……分かり易く振り被って、右頬を殴ってきた。
反射を抑え、避けずに受け止める。が、敢えて受け流さなかったので、流石によろけてしまった。
ッチ、クソ、演技だってのに、俺の事を言えないような馬鹿力で手加減せずに殴るんじゃねーよ。ったく。
「失礼した。ディオン殿、フォティス殿、これはまだ若輩者で焦る気持ちがあったのだろう。今回は、これで見逃してやってもらえないだろうか?」
頭は下げず、穏やかなしかし有無を言わさない迫力を備えた笑みで――二人の現国王派の将軍を見た王太子。
名前を知ってるって事は、それなりの家格のヤツなんだろうな、と、顎をさすりながら思う。もしかしなくとも、今度の現国王の結婚に際し、少しでも家格と実績を
上げさせる必要のある連中なのかもな。
呼びかけられた二人は、俺の様子を見て――いや、気がかりなのは、俺の怪我や処罰ではなく、俺が唆していた自分達の分け前の方だろうが――どこか気まずそうな顔をしていたが。
「無論、ここの市民軍の主力と戦った貴方の軍は充分に労われるべきなので、宿泊先も物資も……そして、奴隷においても、優先することを約束する。ただ、命令違反の軍団兵を後方へ移すために、船はこちらに譲って頂きたい」
はっきりと王太子が宣言すると、一も二も無く頷いた。
次いで、王太子は俺の方へと向き直り、厳しい声で命じた。
「独断先行した軍団兵は、テッサロニケーへと下がらせ、補給物資の輸送依頼を商船隊に行った後、現地のラオメドンの指示を仰がせること。また、反乱を防止するため、お前さんは軍団兵を連れず、この戦闘結果をリュシマコスへと伝えた後、徒歩にてテッサロニケーへと帰れ。黒のクレイトスも、それで問題ないな?」
これが表の計画の修正だと理解している黒のクレイトスは、軽く肩を竦めただけでなにも答えなかった。現国王派の将軍二人は、通常よりもはるかに厳しい処遇に同情した目を向けてきてはいたが……。まあ、だからこそ王太子とプトレマイオスの軍に関しては、悪い報告はしないだろうと思う。
そして、勝って当然の戦だからこそ、処罰を受けた俺の事に関しても、連座を恐れて上に報告を上げないはずだ。そもそも高々数百の軽装歩兵なんて、ほとんど気にされることもない。
まあ、現国王側の将軍二人から同意を得た上で目的の船を頂けたわけだし、概ね予定通りの着地点、といったところか。
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