Kornephorosー8ー
前傾し、爪先で強く地面を掻いて加速する。剣は抜いていない。腕をしっかりと降り、前へ前へと突き進む。吹き抜ける風が割れる鋭い音が響く。
全力疾走では視野が狭まる。本来なら軌道を読みやすい、上方から弧を描いて飛来する投擲物さえも視認出来ない。
しかし、敵は、数も錬度も不十分なのか、一発もかすりもしなかった。
体当たりするようにして城壁に肩をぶつけ、反転する。五名小隊でバラバラに前進させたせいか、脱落は予想より少ない。
やや遅れて、軍団兵も俺と同じように城壁に取り付いた。
顔を上げる。
俺達が真下に集いつつあることを察した敵が、城壁から身を乗り出すようにして槍を構えていたので――背中の長剣を抜き様、即座に斬り払った。
「援護しろ!」
すぐ横の味方の膝裏を蹴り、中腰になったところで踏み台とし、城壁へと上がる。
最早狙いをつける必要が無いと判断したのか、城壁から石やら廃材やら、なんでもかんでも、ありたけをぶちまけようとしていた三人の兵士を、視認と同時に反射的に斬り捨てた。
改めて周囲を観察すれば、身近な獲物は十前後だ。
取り付かれたことでまごつき、足並みが乱れてはいるが、投擲用の短い槍を長槍に持ち替える事さえせずに俺に向かってきている。城壁の幅が狭いせいか、前から三人、後ろから二名二列で四人だな。
思ったよりも数が少ないが、俺だけに集中するってわけにも行かないんだろ。こういう戦場では、地の利を失ったら案外簡単に兵が崩れるんだから。
まあ、確かに、槍の長い間合いは脅威だが、向かってくるのは所詮点の攻撃だ。穂先の向かう先にしか突き出せない。周囲に味方が居れば、尚更。
左半身を狙って突き出された、前方から二本背後からの二本の計四本槍を、身体を右に捻ってかわし、剣の峰で避けた先を狙ってきた残りの二本を逸らし、正面から俺の眉間を狙った槍の一本を左手で掴む。
攻撃を終えた敵は、腕も足も伸びきっている。
突進力が失われたその瞬間、時間が止まったように、一時的に動きを止めた七つの的があった。
峰で受けていた二本の槍をいなし、踏みつけ、払い降ろした際の反動を活かして剣で一人目を突き上げる。左手だけで掴んでいた敵の槍から、力が抜けた。それを感じた瞬間、すぐさま左回りに半回転し、奪った槍で背後のひとりの顔を突き、すぐ後ろで、俺が今踏みつけている槍を握っている敵の兜を引っ掴み、引き摺り寄せ――乱暴に引き寄せたからか、敵の頭から兜が外れたので、そのまま頭突いて城壁の下へと落とした。
槍の軌道を妨げていた味方がいなくなったからか、足元を狙った薙ぎ払う槍の一撃を短く飛んで躱し、飛び上がった所を狙って向けられた一本の槍を剣で弾く。
接地していないから、槍を払った反動で後方へと飛ばされる――地面を蹴っていないので、充分な威力は出ないが、膝を曲げた後、踵で押し込むようにして背後にいたひとりを蹴転がす。
着地し、下敷きにした敵の喉に膝を入れ首の骨を折った。
手練れだ、と、叫んだ敵は、続く言葉を発せさせる前に、首と胴を斬り分けた。
俺に向かってきた最後の一人は、あっという間に六人の味方を失ったからか、へたりこみ、怯えた目を――。
感情的なことを言えば、殺したかった。
理由なんて無い。壊して良い玩具なんだから、楽しまなきゃ損だろ?
……ただ、今は遊びじゃない。時間との戦いの最中で、向かって来ないなら相手をする必要性も意味も無い。
ハン、と、鼻で笑い、俺は声を張り上げた。
「門だ! まず、開門しろ! 掃討はその後だ! 経路上の邪魔なやつだけを斬り捨てろ」
日頃の教育の賜物なのか、それとも単に味方の死傷者を見て、人間本来の残虐性が出たのか、城壁の一面が既に狩場に変わっていた。
率先して飛び降り、受身から勢いを殺さずに前転して衝撃を逃がす。
二十名近い兵が俺に続いたので、近くにいた五名を指差して城門へ向かわせ、残りでその周囲を警戒する。
正面での決戦に余程の人員を割いているのか、最も重要な門へと向かう俺達に兵は向かってこなかった。城壁の守備兵は自分のみを守るのに手一杯のようだし、都市内には戦力がもう無いのかもしれない。
ふと、人の動く気配に顔を向ければ、騒ぎを聞きつけ、不安に狩られたのか――十にも満たないようなガキが戸口から顔を出していた。
ので、近くの小石を思いっきり蹴って、その扉に撃ちつける。
「出て来んじゃねえ! ガキ、家の隅で震えてろ!」
女だろうが子供だろうが、戦時に近付く人間は殺す。殺してしまう。そうするしかないのだ。戦闘圏内に入ったモノは、なんであれ斬るのが戦士としてのあるべき姿で、危険に対する当然の反応だ。
ガキは、親に引っ張られたのが、すぐに家の中に消えていった。泣き声は聞こえない。声を上げれば殺されると判断したのか、親が口に布でも当てているのかもしれない。
一瞬、これまでにないくらい強い殺意と――それを押し留めるに足る……なんと言ったら良いのか分からないが、善意では無く、不確実な迷いが生じた。殺さずに下がらせたのは、その自分自身に対する疑念のためだ。
どうしました? と、隣の兵士が訊ねてきたので「時間を優先する。それに、アレは現国王軍に受け渡す戦利品だ、目減りさせるわけにも行かないだろう」と、応えた。
ソイツは、特に疑問に思わなかった様子で、周囲の兵士にもやんわりと戦利品の保持を伝えた。
そう、そういう考えも確かにあった。
ただ――。
どうにも、ガキは嫌いだ。弱い姿は過去の自分を思い起こさせるし、殺ろうかと思えばアイツの顔と声が浮かぶ。
ラケルデモンを出てからガキを殺す機会がなかったので気付かなかったが、どうも、あの夜の出来事は良い意味でも悪い意味でも頭の奥にこびりついているらしい。
フンと鼻で笑い……。
巨大な青銅の閂を、五人人掛かりで外したのを見届ける。
扉を蹴り開け「来るぞ! 屋根に飛び乗れ。騎兵の
薪の束や、市の棚を足場に屋根に上がる兵士。
損害は、驚くほど軽微のようだ。
これなら、“表の作戦”の第一段階の仕上げは、完璧に済むだろう。
行け、と、アゴラへと続く大通りと、港へと続く城壁伝いの商用道に兵士を分け、俺も港へと向かって駆け出すと――。
「将軍!」
声に振り返ると、後続の投石を重視した援護の部隊が、城壁で敵の死体を掲げてこちらに見せ付けてきた。
一瞬で意味を理解し、俺は笑みを返した。
「首を狩って、町中に放り投げろ! 虫の息のヤツは縄で首を括って城壁に吊るせ! こちらの武威を示せ! 抵抗する気力を根こそぎ奪い取るんだ!」
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