Kornephorosー7ー
都市へと繋がっている石畳の街道を逸れつつも、足を取られる砂地を避け、岩場を駆け抜ける。重装歩兵には難しい地形だが、俺の部隊なら問題は無い。装備の重量が軽く、かつ、兜も盾も視界を防がないよう、極力工夫している。
敵の投擲攻撃の範囲までは、まだ距離がある。
流石に、黒のクレイトスはこちらの動きに気付いた様子だったが、伝令を送ってくることもせずに、目の前の戦闘を優先したようだった。
槍と盾を打ち合わせる金属音、怒声や悲鳴は、風に乗って高らかに響いている。敵の後方を取った黒のクレイトスの騎兵が、敵を押し潰し始めたせいだ。
戦場の空気を感じる。
微かに香る程度だが、血の匂いの混じり始めた空気を大きく吸い――、並んで走っている味方へと語りかけた。
「さて、最後の訓示だ。だが、今は速度こそが重要だ。走りながら聞け。これまでのはあくまで訓練だった。もちろん、訓練でも脱落者は出た、が、それだけだ」
訓練と実戦の違いからか、普段の走りこみより楽なぐらいなんだが、息が上がり始めている者もいた。
ったく、城壁に取り付いた段階で身体の状態がピークに達するように、筋肉を温める程度の速度に抑えてるつもりなんだがな。
可能な限り鍛えた、とはいえ、完璧には程遠い、か。
……いや、他人から教われる事は案外少ない。結局は自分自身で体得するしかないのだ。武器の扱いも、身体の動かし方も、恐怖に打ち勝つ術も、他人を殺す理由も、背負った罪悪感の置き場所も。
なにも感じず、ただ自分のために必要だから殺す、なんて風には、他人はできていないらしい。
ただ、そうした未熟な兵士の情緒面の揺らぎを引き受け、闘争へと駆り立てるのもまた指揮官の仕事でもある。
「恐怖という感覚は、構わない。正常な反応だ。誰も死んだり怪我したくは無いだろうからな。しかし、恐怖という感情は不要だ。ただ、敵を殺せ」
俺の話に、必死で耳を傾けている気配はある。
が、賛同はまだ無さそうだった。
ま、怯えるなといわれてすぐに奮い立てるなら苦労は無いか。
「この戦闘は、現国王のお遊びじゃない。我々が生き抜くために、王太子と歩むために必要な戦争の序章だ。前を見ろ、アイツ等は、それを邪魔する敵だ。アイツ等は、俺達に協力しない。俺達を助けもしない。俺達の死と出血を望んで立ちはだかっている。分かり合うことの決して出来ない連中だ」
流石の人望、と言ったところか。
王太子という言葉を聞き、目の色や雰囲気が変わった。
他ならぬ自分自身の未来に直結した戦場だと再認識させたことで、目の前の相手を同じ人間ではなく、害意を持った敵だと認識を新たにさせた。
歯を食いしばる者、城壁の上の敵を睨む者。
反応は様々だったが、概ねつかみは悪くない、か。
即興にしては中々だろう。
話に乗せて引っ張って、既に半分を走破した。
が、ここからが正念場だ。そろそろ……。
ほら、来た、城壁からの迎撃だ。
高所から投げられる石礫や槍は飛距離が増す。こちらからの反撃は、まだ届かない。が、敵の攻撃も、もろに風の影響を受け、しかも俺の軽装歩兵は、ファランクスのように密集陣を敷いてもいないので、脅威にはなりえない。
負傷ではなく、恐怖に負けて足を止めた者も幾らかはいるようだったが、俺は無視して進軍した。再び追ってくるならそれで良い。前に出れないなら、そのまま止まって投擲物の的にでもなればいい。それだけだ。
「もし、負の感情に飲まれそうになったら、全力で敵を憎め。自分を殺した人間が、のうのうと今後も生きていくのは楽しいか? 違うだろ? 腕を斬り落とされようとも、足がもげようとも、前へ進め、必ず報復しろ! 最後の力を振り絞ってでも敵の喉笛に喰らいつけ。敵を決して許すな! 一兵たりとも、許すな! 憎み抜き、殺し尽くせ」
殺せ! と、二~三度声を上げると、重なる声が増え、すぐに大きなうねりとなった。
憎むのは、簡単だ。それこそ、出会った瞬間にさえ相手を憎めるようにヒトは出来ている。なんとなく態度が気に入らないだとか、目付きが、表情が、声がどうしても受け入れられない。そんな経験は誰だってあるだろ。
しかも、戦場では相手の方も武器と殺意を向けてくるんだ。憎まない方がおかしい。
そして憎しみは――、誰かを殺すための最高の動機となる。
「さあ、反撃だ! いくぞ! 全速前進!」
縦隊から、横列に散会しつつ展開し、足を速める。
投石兵の小隊が、牽制の投擲を始めた。突撃隊は、まだ槍を保持させず、走ることに集中させている。
城壁は、もうすぐだ。
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