Maasymー8ー
一応、まあ、癖みたいなものではあるんだが、エレオノーレが一口目を飲み込んだのを確認してから俺も同じ皿の同じ料理に手をつけた。
冷めてはいるが、冷めても食える物を選んでいるのか、そう悪くは無かった。
「ああ、水、居るか?」
けほ、と、パンで少しむせたエレオノーレを見て……木のコップに水瓶から水を汲んで渡した。
「これ、アーベルの?」
飲み干してから――、テーブルにひとつしかないコップを見て、ちょっとだけ首を傾げて訊いてきたエレオノーレ。
「ああ。……ああ、いや、二人で逃げてた時は、お前、そういうの気にしなかったろ」
そもそもの問題として、この家に予備は――あるのかもしれないが、今朝の今で食器の場所をまだ把握しきっていないんだし。
「え? そうだったかな?」
まあ、いいけど、と、エレオノーレはコップを俺との中間の距離に置いた。
樫のテーブルと、木のコップが、カツン、と、音を立てる。
そのせいってわけではないけど、なんとなく、その木がぶつかり合う軽い音で会話が止まった。
食事の手を止めたエレオノーレをそのままに、干しデーツを軽く舐め、飲み込む。久しぶりの干しデーツだが、やっぱり甘過ぎるな。
「アーベルは、さ」
俺の喉の飲み込む音を見送ってから、エレオノーレが再び話し始めた。
「普通の人が足を止めちゃうような河も難なく渡って行っちゃうし、足を止めるような段差でも飛び越して行っちゃうでしょ?」
将軍候補としてヘタイロイに居る内に、そういう特別性はあまり感じなくはなったが、確かに単純な腕っ節では頭ひとつ飛び抜けているのも事実だ。
ただ……。
足が遅い人間に合わせて歩くことが望ましい、ってわけでもないと思うがな。
先行出来る人間が先に行くのは必要なことで当然だし、足を止めたヤツも、浅瀬を探すなり梯子を使うなりして追ってくるのが当たり前じゃないのか?
同じ場所を目指すなら。
「皆は、帰っていく時に、アーベルが凄い大人になったって言ってたけど、そういう、独りでずんずん先に進んじゃうのが――、なにも教えてくれずに、分からないならどっかいけ、みたいな態度が、変わってないなって思ったんだ」
成程、今日は散々指摘された社交性や協調性の部分でもあり、確かに耳が痛い部分もある。だが――。
「変わっていないのは、お前も同じだろ? 周りを、巻き込むのも」
エレオノーレは、ハッとした顔になった後、唇を噛み締めて俯いた。
「そうかもしれない」
本当に、コイツも変わらないな、と、思った。
向こう見ずなところも、困ると黙ることも、目先の些事に囚われることも……先を見る力が弱く、どうにかなるさで進もうとすることも……。
「私は、邪魔になったのかな?」
どうだろう? これからの計画を考えれば、そういう部分も無いとは言えないが、単に都市の治安の悪化に巻き込みたくないということと、小競り合いそのものを見せたくない――エレオノーレには、そういう醜い部分を見せたくない、嫌われたくない――という思惑だけは、テーナイヱ人もアヱギーナ人も一致しており、大切だから、島を奪取するまでは避難していて欲しいってのが本音じゃないかな。
攻略に失敗すれば、反撃を受ける可能性は否定できないわけだし……。
いや、まあ、そもそもが、島を奪うことにエレオノーレは反対するだろうから、全部終わってから結果だけを見せれば良いという、過去の俺のような思惑もあるのかも。
ただ、まあ、……エレオノーレがどこまで知っているか分からないんだし、余計なことは喋らない方が良いよな。
沈黙の中、ぽつりと呟く声が響いた。
「ここでも、また捨てられるのかな?」
暗い部屋に明かりが灯った様に、不意にそれでエレオノーレのなにかが分かった気がした。
そうか、コイツは、寂しいのか。ずっと。
生まれた村から離れ、次の農奴の村でも馴染めずに、俺と逃げ――。最終的に船での仲間を得ても、本質の意味では過去の俺と同じように、同じ場所で同じように世界を見れる人間には出会えなかった。
独りにされること、集団から疎外されること、それが一番のトラウマだったんだな。
唯一疑問に思うことは、そんな
黙ったままの俺に業を煮やしたのか、町の連中だけでなく俺に対しても腹を立てた様子で鼻息も荒く話し始めたエレオノーレだったが……。
「ミエザの学園に私も行きたいって言ったら、皆、最初は反対してたのに、初夏が過ぎて――上手くいってるんだけど、そのはずなのに、いろんな人達の衝突が増えるようになってから、すぐにミエザの学園に行けるように動いてくれて……」
話していくうちにどんどん元気が無くなって、最後にはまたどこか辛気臭い顔になってしまった。
微かに嘆息し――、だが、俺が何か言う前にエレオノーレが顔を上げた。
「また、二人で逃げようって言ったら、アーベルはどうする?」
視線が重なる。
嘘を言っている目ではないが、初めて会った日と違って、本気でもない目だった。覚悟も強い意思の裏づけも無く、ただ言ってみただけというような。でも、もし俺が同意するなら、おそらくは流されるような、そんな従属的な表情をしている。
「他人に頼るな。逃げたきゃ自力で逃げろ」
だから、初めて会った日とは違う台詞で俺は応じた。
「うん。アーベルならそう答えるだろうなって思ってた」
どこか悲しそうな顔で、それでも笑いながら言い返してきたエレオノーレは、しみじみと呟いた。
「やっぱり変わってないね」
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