Maasymー6ー
自分にとっては、当たり前過ぎて見えていなかったが、多分、ラケルデモンに固執している。
王になりたいと。
いや、失った家の正統を主張するような単純なものではなく。……上手く説明できないが、ラケルデモンそのものが自分自身のような、決して不可分な身体の一部のように感じている。
国体でも、陸戦最強の名声だけでもなく、国家のための人格というか……。
そうか、これが前にプトレマイオスの授業で聞いていた、先生の提唱する
しかしそれは、ラケルデモンにおけるエンテレケイアを目指すものであり、ここ、マケドニコーバシオ――ひいては、王太子が目指す完成形と必ず一致する、もしくは同じ方向を向き続けていられるとは限らないのか。
敵対したいわけじゃない。
しかし、いつかその日が来たなら……いや、必ずその日は来るだろう。国際関係な友情に永遠の有効なんて有りはしないんだから。その時に、俺はなにを選ぶのか。
感情と、国益を秤にかけた場合、俺はきっと……。
言葉が詰まって上手く出てこない俺に、先生は、なにも変わらない表情で更に訊ねてきた。
「アナタは、あの子のようになることを目指しているのですか?」
無表情というわけでもないが、正にも負にも振れていない表情だ。表現というか、感情が全く読めない。歳経た大樹のような、そんな表情だ。
だが、いや、だからこそ正直に答えることが出来た。
「そういう気持ちが無いわけじゃない。けど、違う……と、思う」
現状、確かに王太子は理想のひとつの形のように感じている。が、しかし、全く同じ道を歩みたいとは思っていなかった。取って代わったところで、俺の目指す王の形とは違っている。
王太子の能力について、どこを見習うべきか否か、取捨選択しているように感じる。
「あの子の力になろうと?」
「間違ってはいないが、それだけでは無いと気付いた」
王太子も、
無条件に従っているわけではなく、自発的な意思で仲間としての行動を選んでいる。
先生は、ひとつ大きく頷いてから、再び話し始めた。
「ですが、アナタは今ここに居る。元からの部分もあるのでしょう。ですが、わたしは、アナタの中に、あの子の一部を感じます。些細な言動の片隅に」
王太子達の影響を受けている、ということだろうか?
そして、それは同時に、他のヘタイロイの中にも、俺の思考や行動原則に影響を受けるものが出ている、というとこか……。
思い当たる節が無いわけじゃない。
少年従者の希望者は、皆、強さに憧れて、というのが一番の動機だった。
若い世代が、好ましくない方向に向きつつある、という話なのかもしれない。
ああ、だからアンティゴノスがああいう行動を取ったのか……。
「彼に出会う前のアナタは、誰を目指していましたか?」
俺が思考を終えるのと同時に――おそらく、表情からそれを読まれていたんだと思うが――訊ねられた。
口元に手を当てて、軽く目を閉じ、深く……ずっと昔の記憶を呼び起こす。
俺の家系から出た最後の王であるジジイ……いや違うな、あまり接点は無かった。声も顔も上手く思い出せない。
遠いからこそ絶対的な存在のように感じなくも無いが、真似しようにも、俺はジジイについてほとんどなにも知らない。業績も、戦場での振舞いも。
なら、親父か?
否、愚直に生きる気は無い。あんな風には、生きてはこなかった。国家に対する忠誠心、政治機構に対する妄信的な服従なんて、寒気がする。俺は自分の頭で考え、自分の力で奪ってやる。なにもかも。
そんな、力を信じ、強く生きていたのは――。
……かつて俺の家庭教師であり、なにもかも奪われ、落ちぶれた時には復讐心を抱かせてくれたレオ、か。
だが、レオは――。
いや、レオだけでなく、そこに居る者全てが、もうずっと昔から現実を見てはいなかったはずだ。
「心当たりは、分かりましたか?」
先生の表情は、最初から変わらない。見る側である俺の感情が変わっただけで。
「古い時代の、負の遺産になるわけか、俺は」
子供が減り過ぎ、人口が減り過ぎ、それでも尚、国を磨り潰して、断末魔の大博打で領土を急拡大させているラケルデモン。
戦後、一時的に奴隷労働力による国力の拡充はおこなわれるだろうが、結局は泡のように弾けて消える。
目の前の現実ではなく、陸戦最強国という幻想を見ている。国体を、国益より優先している。諸問題を、戦争に転嫁している。
外側にいる今だからそうして客観的に見れてはいるが、あの国に残っていた場合、同じ事を自分自身が行わなかったと断言できなかった。おそらく、刹那的で破滅的な性質は俺自身を形作る土台として、はっきりと胸の内にあるはずだ。
「わたしは、それを危惧しています。アナタを知るほど、その不安が増してゆくのです」
古い自分の全てを捨てたとしたら……いや、それは、俺という器に、別のプシュケーを放り込んだような、俺であって俺じゃないなにかになってしまうということだ。
死ねと言われて、素直に受け入れられないのと同じだ。
俺が俺であり続け、その上で共存する道はあるんだろうか?
……戦争へと駆り立てる自分自身の気持ちを捨て去ることなんて、押さえつけることなんて、不可能のように思えた。
アーレースとの評価も、あながち間違いではないのかもな。
戦争も、闘いも、殺しも、そうした衝動は、やはり俺自身なんだと思う。
為政者としての側面なんて捨て、将軍としての義務も放棄して、ただ一振りの剣のように戦場に在れたら、それだけでいいような……。理性の無い獣のような部分を自覚している。
しかし、難儀なことに、それでも俺はここに居たいと思ってしまうんだ。
それを自嘲的に笑おうとしたところ――。
「ですが……」
「…………?」
「今日、お話して、少しだけその考えが変わりました」
「それは?」
自嘲うに自嘲えず、微妙な口の形のままで訊き返すと、先生はやはりずっと同じ表情のままで――しかし、どこか声に悪戯っぽさを出しつつ答えた。
「アナタ方はまだ若いということです。わたしは、アナタをもっと、そう、鉄のような人だと伺い、また私自身もそういう人物だと思っておりました」
非常に申し訳ないが、思わせぶりな台詞の解釈に悩んでいると、先生は一呼吸の後にはっきりと命じた。
「学びなさい。考え抜く力を身につけるために」
「はい」
分かってきた、少しは出来ることも増えた、そう思っていたんだが、やはりまだここに来て一年にも満たない悪ガキだったってことなんだろう。
やれやれ、道程はまだまだ長いな。
話が終わったからか、席を立ち部屋を出ようとする先生。
その背中は――もしかして、俺の爺さんもこんな感じだったのかな、なんて――まあ、実際は全然違うんだろうけど、なんとなく、かなり年嵩が上なのに
「……先生」
ふと、反射的に呼び止めてしまったが、先生は少し不思議そうな顔で身体ごと振り返ってくれた。
「はい?」
「戦争の準備がありますので、すぐにとはいかないかも知れませんが、またご教授頂けますでしょうか?」
少しだけ驚いたように目を大きくした先生だったが、一拍後、穏やかな笑みで答えてくれた。
「はい。もちろんです。この学園の、そして、わたしの生徒アーベル」
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