Ras Algethiー5ー

 いや、そうじゃない。それだけじゃないはずだ。

 今回、未だに交易の季節なのに主要な人員のほぼ全てがこちらに来ている理由はなんだ? 使節の人員が、急に変更されているのは? あの頃とはまるで精度の違う戦争の情報……。

 そして、それをわざわざに知らせようとしたって事は――。

「お前等、なにをした? ……出兵したんだな。お前等の都市の判断で、軍事行動を行い……敗北した」

 表情を変え、鋭くねめつけると、キルクス達は露骨に動揺した。

 冷や汗が浮かんだキルクスの顔。ドクシアディスも、以前は俺に反対することが多かったのに、自分達でそうした行為を行ったこと、そして、失敗したことを反省……というか、叱責されるのを恐れているのか、俯いた顔は歪んでいた。

 嘆息し――やや出すぎた真似かと思い、他の仲間の顔を見るが、お前が言え、という表情を返されたので、自ら口を開いた。

「お前等は、商業活動を中心に多民族で構成された集団だ。強力な指導者がいなければ、各民族の保身が顔を出す。犠牲を出したくない、でも、利益は欲しい、とな。防衛戦ならいざ知らず、侵略において命を惜しまない兵士が集まるか、バカが」

「お、仰る通りでした」

 キルクスが膝をついて頭を下げた。ドクシアディスがそれに続き、言葉も継いだ。

「主要民族はアヱギーナ人なんだが、元々村を丸ごと引っ張ってきたり、奴隷だったりとそういう経歴のが多かったんだ。方やアテーナイヱ人は、キルクスが連れて来たのをはじめ、数は少ないが知識層の人間が少なからずいた。衝突とまでは行かないんだが、その、不平感があって、お互いのために外に独自に殖民都市を確保しようという動きになったんだが……」

「都市部を避けて上陸したものの、偵察部隊の遭遇戦で敗北し、そのまま軍の統率が出来ずに撤退しました。それで内部がゴタゴタしてしまい、一時的にエレオノーレ様をこちらへと」

 震える声で言うキルクスに、軽く溜息を返す。

 人的損害はどうでもいい。どちらにしても戦争からの避難民で、こちらの戦力が減ったわけでもない。高価な船が無事ならそれでいい。

 ギリシアヘレネスにおいては、各都市の自立性が強く、国家間だけではなく都市間での戦争も普通の事だ。そもそも、相手は戦争の渦中の都市なんだし、コイツ等からマケドニコーバシオまで辿って来れたとしても、こっちに戦争吹っ掛けてくることもないだろ。


 つか、アイツを人質として差し出すんじゃなくて、安全のために避難させるのかよ……。どれだけ無能なんだ、コイツ等は。

「それで、お前等はどうしたいってんだ? 相談もなにもないだろ。もう結果が出てるんだからな」

 確か、以前の話では軍権や兵権はこちらで持つって取り決めだったはずなので、その違反に対する懲罰を軽減してくれって嘆願かとも思ったが、その交渉の相手が俺という点が甚だ疑問だ。まさか、昔のよしみで、という話が俺に通じると思ってははいまい。

 話の要点が分からない、と、暗に示せば、顔を上げられ――。

「レスボス島が欲しいのです。各民族が独自に都市を運営しつつも、有事には一致団結できるような、そんな、豊かな島国を――」

 表情に強い意志は感じる。だが、いや、だからこそ視野が狭まり、問題の本質が見えていない顔だと思った。確かにそれは、かつて俺が掲げていた目標であったかもしれないが……。

 今更、そんなことを主張しても、しょうがないだろう。

 かつての俺のでこうなった部分もあるが、都市の運営における不満を戦争で誤魔化すのは下策と言わざるを得ない。今、コイツが挙げた問題は、他の手段でも十分に解決できる。兵を出すほどの事態ではなかったはずだ。

 しかも、その失敗を糊塗するために、戦いたがりだった俺に期待するなんて、な。

「随分と勝手な主張だな」

 はっきりと怒気を露にして言ったのは、プトレマイオスだった。

「はい、ですが、契約では都市における軍事をお任せしているだけであり、海に関しては護衛の軍艦もその兵士もこちらで用立てておりましたし、具体的な取り決めはございませんでした。、国土を離れた場合の軍事は一任されておりましたよね? それに、あの島がマケドニコーバシオの衛星都市、もしくは保護国となることで、充分な利益をそちらにも――」

「いや、そこも問題ではあるが、それ以上に、他力本願なのが我慢ならないな。要は、勝手に戦い始めたが、勝利できず、挙句、自力で挽回も出来ないので、伝手のあるアーベルを再び体良く利用したいというだけだろう? キミ達は、どんな判断でアーベルと袂を別ち、また、戦争を始めているんだ? 行動にも主張にも一貫性が無く、失敗の責任を取ろうともしていない。キミ達は筋が通る話をしていない。解るな?」

「それは! ……その」

 否定できないのか、キルクスは唇を噛んで押し黙った。こういう所は、全然進歩してないな、この男は。

 自分の失敗を軽く見て、自分自身の中の天秤で損得を釣り合わせて、対等の条件だと思い込んで会話している。以前アテーナイヱの立場が立場だったからかは分からないが、自分自身の力量を知らない子供のような行動だ。

 軽く言い返されただけで、態度がブレて、拗ねて、黙り込む。

 キルクスに充分に気まずい思いをさせてから、俺はプトレマイオスに呼びかけた。

「ありがとう、プトレマイオス。だが、問題はやはり、マケドニコーバシオにとっての利益となるかだ。個人的な感情の部分は後回しにしよう」

「……いいのか?」

 やや不満そうな目で見詰め返されたので、右腕を突き出して応じる。

「仲間だろ?」

 俺達は、王太子の世界国家樹立の夢を一緒に見る仲間だ。個人的な事情は、まあ、面白くない部分が無いといえば嘘になるが、多少は目を瞑る。

 こん、と、プトレマイオスは俺の突き出していた拳に自分の拳をぶつけ「そうだな」と、言って少しだけ表情を緩めた。

 俺とプトレマイオスが王太子へと視線を向ければ、軽く頷かれ――。

「いずれにしても、外港都市ダトゥが落ちてからだな。現時点ではなにも確約できないが、レスボス島に関しては共同歩調を取ると約束しよう。そして、都市に関しては、治安対策で付近の防衛拠点から警備兵を回す。その二つを成すための費用は、懲罰の意味でもそちらに請求する。船団への護衛はこれまで通り一任するが、戦闘は自衛に限定する。それでどうだ?」

 王太子がそう話をまとめると、……上手く形容できないんだが、どこか納得し切れていない、と言うよりは、戸惑っているような、なんだかさっぱりしない顔でキルクス達は頭を下げた。

「……はい。ありがとうございます」

 寛大過ぎる処置なんだし喜べよ、と思ったが、逆にそれを訝しんでるのかね。

 まあ、事実として、今、他に対外交易に使える人間がいないんだし、こちらの被害が無いのなら、優秀な人材が育つか見つかるまでは処分しない方が得策だって判断なんだがな。多分。

 それに、コイツ等から上がってくる税収も無視できない額なんだし、むしろ、ここで失敗してくれたおかげで、発言力の封じ込めや、今後の人事で邪魔になった際の処分の口実にもなるんだし、そう悪い事態ではない。

 と、そこでドクシアディスが俺に不躾な視線を向けていたので、軽く小首を傾げて誤魔化してみると――。

「やっぱり、大将は変わったな」

 と、さっき聞いたのと似たようなことを言った。怒鳴りつけなかったことを言ってるのか? と、思ったが、ドクシアディスは少し意外な言葉を続けた。

「昔感じていた荒っぽい殺気とは別の、重いプレッシャーを感じる」

 いまひとつ意味は掴みかねたが……、まあ、いいか。

「で、どうする? 話が終わったのなら、迎賓館に向かうか? まさか、強行軍で取って返すってわけでもないんだろ?」

 キルクスの提案に関して話し合う必要があったし、その際にはキルクス達は邪魔になるので、やんわりと退出を促してみるが、すぐさま言い返されてしまった。

「あ、いえ、エレオノーレ様が戻られてから――」

 ああ、そういえば、それがコイツ等の建て前だったな。

 しかし、先生の所に行ったにしては、随分と時間が掛かっている。

 ……嫌なことが思い起こされ、反射的に眉根が寄ってしまった。ここは治安も良いし、エレオノーレが首を突っ込むような事件は無いはずだ。だが、どうにも、これまでの行いが行いなのでアイツを信用しきれない。

 気乗りはしないが、様子を見に行った方が良いかもしれないな。


 いずれにしても、ただ待つのも手持ち無沙汰なので、呼びにでも行こうとした丁度その時、扉が開けられた。

 偶然と言うにはタイミングが良すぎるし、多分、門番の兵士が中の話し合いが済むまで待たせていたんだろう。


 と、そこで俺が扉の近くで話し込んでいたことに気付き、キルクス達とは逆側に移動し、道を空ける。

 王太子の家庭教師にしてこの学園の学問の全てを司るがまず入室し、その後ろからちょっとおどおどした態度で部屋にエレオノーレが入って来た。

 周囲を見回していたエレオノーレと、目が合う。


 容貌は特に変わっていないように感じた。いや、かつては日に焼けて色むらのあった金髪はまめに手入れされているのか艶やかになっているし、服装も以前とは比べ物にならない立派な格好ではある。肩の留め具は銀製で、腰の帯も一見シンプルだが、色むら無く綺麗に染め上げられている上物だ。

 なのに、いや、体質的なものもあるのかもしれないが、痩せ過ぎに近い体型は変わっていない。他の貴族や将軍たちの息女と比べ、引き締まっている頬も、そして、頬の感じや切れ長の目からどこか硬質な印象を感じさせる顔も相変わらずだった。

 そして、普通の上流階級の女性は髪留めに意匠をこらすのに、エレオノーレは……未だに銀の紙紐で、長い髪を頭の後ろでまとめているだけだった……。


 俺と目が合ったエレオノーレは、どこか困ったような顔になり、やがてゆっくりと唇を開いた。

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