ー`o'πλονー
座学のためにプトレマイオスの部屋を訪ねる。
。まあ、それもそうだろう
いや、まだここはいい。
万年雪が残る山もあるし、川も十分にある。水に困らないのはなによりこの季節にはありがたい。
部屋の奥の椅子には、いつも通りプトレマイオスが座っている。
暑さを感じていないのか、いつも通りの表情だ。
入口の横には、等身大のネメアーの獅子を絞め殺すヘーラクレースの青銅の像が置かれていたが――。触れたところで、金属の冷たさは感じなかった。プトレマイオスの椅子の横の石のテーブルには、武具の他に水瓶と陶器のコップが用意されていた。ヒュドリスケと呼ばれる、水を入れて持ち運ぶ陶器の瓶なんだが、この前聞いたところによれば領地に来ていた商人からの上納品らしい。
土地持ちの貴族ってのは、どうも優雅だな。
プトレマイオスは座ったまま、少年従者に水を注がせ、椅子に座った俺にそれを進めてきた。
ぬるい水でも、無いよりはましだ。早く秋がくればいいんだが……。
記録係を買って出たプトレマイオスの少年従者は元の位置へ戻り、羊皮紙への筆記を始めた。
【プトレマイオス曰く】
お前がコピスを使うのには、なにか理由があるのか?
剣での戦いの場合、突きが決定打になることが多く、それならサイフォスの方が向いていると思うんだが。
【アーベルは答えた】
今日の先生は俺か?
まあ、一応、軽く説明させてもらうが、サイフォスは直剣でクロスガードが付き、形状としては十字の剣だ。突きを放った際、手が滑らないようにクロスガードが付いている。
確かに、殺傷という意味では突きは重要だ。一対一で戦うならサイフォスでいい。
ただ、俺はほとんどが多対一の戦いだったからな……。一対一での戦いよりも、多対一の方が敵の脅威度が増す。なら、そっちに備えるのは当然だろう?
そして、そうなった場合、面で制圧できる斬撃が俺には合っていた。なので、片刃で人を切りやすい湾曲のあるコピスに落ち着いたんだよな。剣速は膂力で、間合いは剣の改良でなんとかなったしな。
【プトレマイオス曰く】
……理屈は分かるが、実際にその戦い方が出来る人間をお前以外に知らないな。
しかし、多対一の戦いとはいえ、剣で切れる人数はさほど多くはないだろう。数人も斬れば、斬れ味が鈍る。
【アーベルは訊ねた】
鉄の重さのおかげで、多少切れ味が鈍っても断つことは出来るんだよ。叩き割るような感覚の時もあるけどな。
だから、マケドニコーバシオで出回っている武器の素材を変えたいんだがな、俺は。
ちなみに、ここで青銅が多く使われているのは、アカイネメシスの錫が輸入出来るからか?
【プトレマイオス曰く】
ああ、アカイネメシスのトロス山脈は錫鉱石の産地だからな。海への連絡も悪い場所じゃないし、現地で精錬した上で輸入している。
【アーベルは訊ねた】
予算の都合ってのもあるのか……。
銅鉱石はどうしてるんだ?
【プトレマイオス曰く】
それは、マケドニコーバシオ産の物を使用している。
赤銅鉱の鉱山があるんだ。初期は鉱山周辺から産出した孔雀石から精錬していたが、赤銅鉱を掘り出す技術も徐々に進歩してきている。
金山開発で貨幣の流通を活性化させてはいるが、日用品のための青銅の生産も疎かにはできない。
【アーベルは訊ねた】
一応、精錬技術についても確認させてくれ。
【プトレマイオス曰く】
ああ、土で造った炉の上部に、砕いた銅鉱石の粉末を入れ、精錬した錫の粉末を混ぜ、下部でひたすら火を焚く。高温になると溶け出してくるので、錫を入れる量を調整して、用途に応じた青銅のインゴットを作成する。
もしくは、鋳型にそのまま流し込んで剣や盾、槍、その他の日用品を作る。
【アーベルは答えた】
やはり
【プトレマイオス曰く】
まあ、見た目としてその方が好まれて入るし、錫が多いものは硬いが欠けやすいからな。お前程の腕ならともかく、普通の兵士が下手に振り回したり、打ち合わせたりすると、白銀色の物はすぐに砕けてしまうんだ。
鋭いことも重要だが、武器が壊れては元も子もない。
【アーベルは答えた】
……そういう問題もあるのか。
俺はてっきり見た目だけで選ばれているのかと思っていたな。
いや、それなら尚の事、青銅ではなく鉄に原料を切り替えてはどうだ?
輸入に頼る錫が不要になるし、なにより、青銅よりも使い勝手が良いと思うんだが……。
【プトレマイオス曰く】
鉄も無いわけでは無いが、普及には難儀しているな。生産量も多くは無い。
ラケルデモンは元々はヘレネスでも随一の鉄生産国だったよな?
【アーベルは答えた】
ああ。軍事以外の文化や技術のほとんどを切り捨てたが、そこは維持している。
製鉄の場合も、基本的な炉の構造は青銅の製造時と大きく変わらないが、強い風が吹く場所で風の流れを計算して炉を設営し、青銅の時とは比べ物にならない高温で鉄鉱石を加熱し……。
なんといえば良いかな、独特のぼこぼこした黒い鉄の塊を得る。
それを直火で熱しながら叩いて不純物を剥落させ、鉄のインゴットを作る。インゴットは、そのままで貯蔵し、必要に応じて加熱して叩いたり磨いたりして加工していく。
【プトレマイオス曰く】
職工を指導できるか?
【アーベルは答えた】
あまり自信はないな。
武具の製造は半自由人の仕事だったので、俺等は簡単な概要と、数回の実習を行った程度だ。
戦場では、武器を自作する必要があるかも知れないから覚えさせられたが、日常的な生産という意味では、もっと別のコツが要ると思う。
効率と採算を考える上では、な。
軍事利用を考えるな、作れればいいというものではないからな。
【プトレマイオス曰く】
……ふむ。
量産化には、職工の腕が向上するか、南部から人を呼び寄せることが必要、か。
まあ、今度鍛冶屋に顔を出す際には、工房の中も確認してやってくれ。
【アーベルは約束した】
ああ、それは問題ない。予算と材料と頭のいい職人がいるなら、鉄の試作ぐらいはしてみる。
職人は奴隷か?
【プトレマイオス曰く】
いや、無産階級の連中だ。
一応、そこも復習しておくか。
都市国家を構成する人間は、神話の時代に起源を持つ王族や貴族。
次いで、土地や奴隷、資金、そうした財産を多く所有するが血統を持たない貴族、数名の奴隷を所有し、その奴隷の労働による収入で税を払い有事には武具を自弁し参戦する市民、奴隷を所有せずに労働によって収入を得ている無産階級となる。
奴隷は古くは農場などで集団で管理していたが、滅ぼした国の知識層を有効活用するために、個人所有の奴隷が今は主流になりつつある。
単純作業に従事させる連中には、暴力による恐怖を与えた上で、最低限の日常生活を保証することにより、逃亡や反乱を防止しする。技能に優れる連中には数年から数十年の労働をこなせば開放するという条件を購入時に示すことで、円滑な管理が出来るようになってきている。
そういえば、お前が連れて来た連中の都市は、全員が無産階級という制度を取っているな。奴隷労働には抵抗があるか?
【アーベルは答えた】
……いや、あれは必要上仕方なく、だ。俺が管理していた時は、だが。
そもそも、能力が劣る人間が優れた人間の下で生活を送るのは、むしろ幸せなことだ。功績による開放の約束も、悪くは無いだろう。もっとも、開放されたところで無産階級市民になるしかないので、逆に奴隷の生活の方が安定している、と、考えるのも出てくるだろうしな。
【プトレマイオス曰く】
まあな。もっとも、今後、世界国家樹立のために支配地域が増えれば、
上級奴隷とするか、解放奴隷の段階としての管理階級を設けるか……。
奴隷の管理体制も、時代と必要に応じて変更させいく必要があるだろう。
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