夜の始まりー14ー
ミエザの学園は、普通の都市国家のアクロポリスと比べても遜色のない都市だった。学園といいつつも、充分な軍備――側近の
しかし……、妙だな、とも感じた。
新都ペラ――元々のマケドニコーバシオのアクロポリスであった旧都アイガイの北に、二代ほど前の国王が遷都したらしい――から、かなり南西に下った位置にあり、山脈で南と西を押さえられている。テッサロニケーの真西に当たるが、川も生活用水の補給目的の細い河川で、水運で利用しているものとは別の川で、支流ですらない。
物流を金に変えるという手段を理解しているヘタイロイの諸兄が選んだと言うには、少し無理がある。
まあ、崖をくりぬいて部屋にしている場所もあり、南方のテレスアリアからの防衛線という目で見れば、有効な都市なのかもしれないが……。
「どうだ? 新しい故郷は?」
城門を潜り、大通りへと入ったところでプトレマイオスが訊いてきた。
「この場所にこれだけの都市を建造したのには
「なに?」
「都市機能に問題は無いように見える。しかし、物流面で、優れた位置とはお世辞にも言えない。人と物を集めるのに手間がかかる」
渋い顔をしたプトレマイオスを除けるように、ハッハと笑ったのは王太子だった。
「はっきり言う。まあ、現国王との間で色々とあってな。マケドニコーバシオについて知らないわけではないだろ?」
もう百年ほど昔になるかな。大戦争の時代は。マケドニコーバシオが、アカイネメシスと同盟を結びヘレネスと戦った。
しかし、戦後処理では――いや、おそらく、戦後急に旗色を反したのでは反発の方が多いだろうから、戦中も外交は続けていたのだろうが――、マケドニコーバシオは敗北したアカイネメシスを切り、親ヘレネス的な政治を行っていた。具体的には、南方の先進都市国家へと人質を提供する等の条件で友好条約を結び直す形で。
現国王も、ラケルデモンの敵対都市のヴィオティアのティーバで幼少期を過ごしたんだっけな。
……多分に、跡継ぎに関する、問題、か。これも中々一筋縄で片付く問題じゃ無さそうだ。継承順位第一の王太子とはいえ、風のひと吹きで流れが変わるのが王室だ。……俺の時のように。
優秀だが欺瞞が苦手なプトレマイオスを見れば、どこか複雑そうな表情で成り行きを見守っていたので、いずれもっと俺が力をつけてから――それだけでなく、信用も得てから――訊くべき問題だと理解する。
「俺に与えられる時間は?」
荷馬車の王太子に向かって、話題を変えるように訊ねてみる。
「長くて二年」
「二年?」
ちょっと意外だった。てっきり、この戦争中、もしくは戦後の混乱期に動くのだとばかり思っていた。
「最長でも、ということだ。お前さんは己達の全てを吸収し、配下の軍を編成しろ」
次いで発せられた王太子の言葉には、周囲に居たヘタイロイの訝しげな視線で迎えられた。が、彼は意にも介せずに肩を竦めて続けた。
「アーベルは、騎乗できる体型じゃない。脚が歩兵の脚だ。それでは馬を上手く扱えない。
確かに、騎乗している連中は、両膝の位置が身体の中心軸よりもかなり外側に広がっていて馬の腹を挟んで抱え込むのに適している。
ラケルデモンにも、騎兵は少数だが存在している。だから分かるんだが、生まれついてというよりは、成長期から馬に慣れることで作られる体形だ。俺は……まだ背は伸びているようだが、今から骨格が変わるとは思えない。
「軍の体系は?」
周囲が納得したのを見計らってから、改めて訊ねると、ふふん、と、どこか楽しそうな調子で笑われてしまった。
「焦るな。場当たり的な説明をするよりも、きちんとした形でお前さんには学んで欲しいんだ。まずは基礎を修め、軍の新設に関する業務を完遂せよ。それが、第一の命令だ」
「了解。現行制度の穴を埋めるような、そんな新しい軍団を俺は作ってみせる」
俺が軽く請け負ったとでも思っているのか、周囲の兄貴分は少し笑ったが、王太子は試すような目で俺を見ていた。今が到達点だと、過信していない目で――。
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