夜の始まりー13ー
「で、結局、相方は連れて行かないことにした、と」
四頭立ての大型の荷馬車の横を、愛馬と共に歩んでいるプトレマイオスが、呆れているというよりは半分以上茶化す顔をした後、盛大に溜息を吐いた。
「仕方が無かった」
そもそも俺がアイツを連れて行くと本気で思っても居なかったであろう面々に、ぶっきらぼうに言い放つ。
さっきネアルコス――酒場で少年従者かとも思った、背の低い優男――と、アンティゴノス――最年長の隻眼の男――に、別々に、賭けの対象にされていたと聞いている。ちなみに、ネアルコスは賭けに勝ち、アンティゴノスは大損だとか言っていた。ああ、後、若いうちは神話の神のように女に対して大胆でなくては、とか、なんだとか。
「他の言い方もお前は覚えろ。いつまでもその一辺倒ではダメだ。譲歩したが、折り合いがつかなかったなら、それをきちんと説明出来るようにだな」
町を出てから、すっかりと俺の教師に納まっているプトレマイオスが、説教を始めたが、女の事でどうこう言われたくもなかったので、俺は不真面目な顔で言い返した。
「連れて行く行かないの二択で、譲歩の余地がどこにある。途中まで連れてきて、帰すのか?」
「そういう意味で言ってはおらん」
ハハハ、と、黙って訊いていた王太子が笑い――。
「まあ、お前さんみたいな男には、最初は既婚暦のある経験豊富な年上の女性の方が良さそうだしな。どうだ? 第一夫人に」
ティアを顎でしゃくって見せた。
荷馬車で、俺から離れた場所で荷物のように振舞っていたティアは、嫌そうな顔とまでは行かないが、かなり複雑な顔で俺を――正面からではなく、どこか隠れるようにして見ていた。
結局、ここにコイツが居る以上、優秀なのかそうでないのか判断に迷う部分はあるが――船の振る舞いのどこまでが計画で、どこからが素の素行だったのか――、ミエザの学園から送られてきた密偵ではあったんだろう。
「こんなのは、ゴメンだね」
渋い顔を返すと、思いっ切り笑われてしまった。
「うはは、冗談だ冗談。お前の嫁さんは、出来れば、己の所の貴族の家柄から出しておきたいしな。いずれラケルデモンを任せるなら、それなりの家格ってモノも必要だろう」
「気が早いな」
「お前は手が早いからな」
「ああん⁉」
思わず怒鳴ってしまい、荷馬車の周囲を護衛している先輩諸兄の何人かに睨まれ、幾人かには笑われてしまった。
王太子というと、時期王位継承順位が一位の貴人だが、どうもここでは、態度に関しては寛容な風潮がある。
まだごく簡単な説明しか受けていないが、どうも、王位継承に関して民会が開かれるとのことなので、その影響もあるようだ。まさか、なにを考えているのか分からない者を王には選ばないだろうからな。自然と民衆や周囲との距離も近くなるんだろう。
もっとも、どこまでが許容範囲か、という部分においては、かなり個人差があるようだが……。
「戦災難民を、あっというまに口説いて組織化したんだろ」
王太子に、ニヤリと笑って切り返され、若干言葉が詰まってしまった。
「……ああ、それは」
確かに手が早いとも言えるが、そういう表現をされると、どうも女たらしというか……いや、手が早いは上品な表現では元々無いんだが……。
ふぅ、と、負けるのが確実な議論を諦め、誤魔化すように馬車の端に視線を向けて話題を変える。
「つか、なんでコイツは連れてくんだよ」
船の連中に馴染んでいたんだから、そのまま継続的に密偵として使えば良いのに、という意味で俺は訊いたんだが……。
「これまで実情が不明だったピュタゴラス教団について、色々と教えてもらう機会だからな。そもそも、宗教派と科学派に分かれていることさえ、我々は知らなかったんだぞ? 知識に関しても、どうも天文に関することのようだが、面白いことを言っている。先生も喜びそうだ」
返ってきた返答は、ちょっと予想外で、首を傾げて訊き返す羽目になってしまった。
「密偵ではないのか?」
王太子に、不思議そうな顔で見詰め返された。
青と黒の瞳で真っ直ぐに見られると、なんというか、少し心がざわつく。魔術かなにかで心を覗かれているような、そんな気にさせられる。
「ティアがか?」
頷くと、王太子はまじまじとティアを見たが――。
「あまり、穿った見方をするな。考えなさ過ぎも悪いが、考え過ぎもよくないぞ」
ちょっと困ったように目を細め、どこか投げ遣りに言った。
どうも、そういうことらしい。
「ほら、やっぱり、女に興味があるんだろう。今回は、たまたま素直になれなかったんだろ? 今からでも遅くはないぞ。ん?」
俺がエレオノーレを連れて行く方に賭けていたアンティゴノスが、どこかまだ賭けの結果に未練があるような口振りで割り込んでくる。
大体、次の話が予想出来た俺は額に手を当てて顔を顰める。
「トロイア戦争の原因は――」
「アイツのどこがヘレネーだ」
多分に、俺がラケルデモン人――しかも、一応とはいえ王族――なので、安易にその話に直結したんだろうが、俺はたかが女のために大戦争を起こすつもりは無かった。
「美しいことは美しいだろう? ……睨むなよ」
「いや」
睨んだつもりは無かったんだが、王太子に指摘されて自分の顔に触れてみると、どうも眉間に皺が寄ってしまっていたようだ。
ふむ。
ああ、いや、しかし、アイツは――、うん、まあ、美人といえば美人……か? 俺以外の人間が見て、どう判断しているのか、訊いたことがなかったが。
答え難い話に、どうしても口が重くなってしまう、それを見かねたのかプトレマイオスが横から割り込んできた。
「どちらかと言えば、アリアドネー――とりわけて清らかな聖なる娘――だろう。性格的に、な。ここはクレーテーでも迷宮ではないんだから、二人で逃げるなよ」
的外れな忠告に、軽く肩を竦めることで答える。
神話に当てはめるなら、俺達の展開は、もうナクソス島を出ているんだと思う。
誰がディオニューソスになるかは、アイツの問題だ。
俺は……そうだな、ここの王太子はヘーラクレースを祖に持つんだし、アルゴナウテースでも目指すことにしよう。
新たに得た、仲間と共に――。
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