夜の始まりー4ー
「大将!」
「アーベルさま」
指揮官との握手を終えるのを待っていたのか、すぐさま斜め後ろと斜め前から、挟み撃ちで叫ばれた。ドクシアディスとキルクスだ。
まず肩越しに振り返り――、次いで指揮官の肩越しにキルクスを見る。どうも、二人とも別々の用事で呼んだようだというのを、側に着いて話す順番を競っている二人の顔から察し、一言二言の返事で済まないようなので、身体ごと二人の方へと向き直った。
「現在の我々の資産目録の編集と、この町に入居するに当たっての施設整備費の一時金支払いに関する部分ですが――」
先に話したのは、キルクスの方だった。
指揮官が、気を利かせたつもりなのか、この場から離れようとしたので、呼び止める。
「一応、聞いていってくれ」
指揮官……ああ、いや、プトレマイオスは、少し考える仕草をしたが、特にこちらを訝しむ様子もなくその場に留まった。むしろ、ドクシアディスとキルクス、それに、その周囲にいた幹部連中の方が驚いた顔をしている。
これまで、外部の人間に対してかなり警戒を強めていたから、急な態度の変化の理由を量りかねているんだろう。
俺は肩を竦めて見せた。
「この国に厄介になるんだろ? なら、最終的な決定権は俺を離れている」
「ここは、自治都市になるのでは?」
キルクスは俺に向かって言った直後、プトレマイオスの方へと顔を向けた。プトレマイオスは、キルクスの声色と表情から、この国に対するキルクスの感情に気付いているようだったが、特に気後れした様子もなく口を開いた。
「その通りだ。この町の基本的な運営にこちらは口を出さない。どんな政治形態を敷くも、そちらの自由で――それが、前提条件になる。周辺諸都市との利害関係の調整や、街道整備、兵役については一部、こちらの方式に則って貰うが、そう難しいお願いをすることにはならない」
兵権を握られるのは、難しいお願いだと思う、が、な。
皮肉を口の端に乗せるが、プトレマイオスは挑発には乗ってこなかった。
「とはいえ、ここにそちらの政務官を全く置かないわけにも行かないだろう。その辺りも含めて王太子と相談する必要はある。なら、上申できる人間がいてくれたほうが話が早い」
軽く目を伏せた後、目を引き絞って睨みつけることでキルクスの発言を封じ、下がれと命じる。
「こちらの財政状況は、お前がまとめれば良い。今回の交易の大部分を担当したんだからな。税の徴収や納付に関しては、マケドニコーバシオの一般的な税制について聞き取って、可能な限り対応できる案をまとめとけ。船内法を元に、改定の基礎はできるはずだ。そんなつまらん仕事ぐらい、俺抜きでやれ」
キルクスは、話の内容そのものには納得した様子だったが、俺の態度に関しては全く納得していないようで――、ああ、あと、放任されたことに対しても露骨に嫌な顔をした。だが、反論するだけの材料も無かったのか、そのまま後ろに下がり、相対的にドクシアディスが俺とプトレマイオスの前に出る形になった。
「神殿の建築についてなんだが、基本的な十二神のための祭壇は建造中だが、都市の神を祭る神殿について相談を受けて――」
話にならないので、ドクシアディスの話を手を振って打ち切らせて命じた。
「それこそ、お前等で処理する問題だろう。商業都市なんだから、それに応じた形で整備すれば良いし、船員――と、もう、市民になるのか。それに聞き取りをして、最終的には、王太子との交渉で神事についてマケドニコーバシオのものをどれだけ取り入れるか決めろよ」
ドクシアディスは眉を顰め、肩越しにキルクスを一度振り返った後、難しい顔のままで俺に訊いてきた。
「……大将は、なにをするんだ?」
「別になにも」
「なにも?」
周囲の不思議そうな視線が俺に集まった。
俺はやや演技過剰気味に肩を竦め、見下すような目で幹部の顔を見回した。
「戦わないなら、俺にすることはないだろ。しばらくフラフラしてるさ」
ドクシアディスが奥歯を噛み締め、すぐに表情を真顔に戻し、詰めていた息を吐いてから――ゆっくりと、俺を説得するように話し始めた。
「……こちらの独断については、悪かったと思っているが、乗り切った今だからこそ、今後の方策を決めなくちゃならないんじゃないのか?」
まあ、こういう場面で前に出れる実直さは、一応、こいつの美点かもしれないが、反面、考えの浅さが最後まで課題だったな、と、思う。
「俺は、俺で無ければ処理できないと判断したことをする。これまでもそうだった」
これからも――、とは、一瞬付け加えかけたが飲み込んだ。これからは、無い。ここで道は別れる。俺のこれからは、ラケルデモンに寄る道で、エレオノーレと歩むこいつらとは、完全に逆方向になる。
「今は、お前等で充分なので口を出さないだけだ。基本的なルールは、最初に俺がまとめただろう? アレがあるんだから、問題ない。俺は、お前等に、なにも無い荒野に道を敷けと言っている訳じゃない。分かるな?」
ようやく、元俺の部下達は、自分で考える顔になった。
船で弥縫策をまとめろと命令した言葉に、何人かが行き当たったようで――、懲罰と考える者もいたようだが、実力を試されている、と、最終的に解釈したようだった。
「遅くとも、明日の昼までには全てまとめる。報告は聞いてもらうからな」
円堂へと幹部連中が向かう中、ドクシアディスが最後まで通りに残り、そんな捨て台詞を吐いて去っていった。
ふぅ、と、俺が軽く溜息をつくと、プトレマイオスもどちらかといえば、呆れに近い重い息を吐いた後で俺に訊いてきた。
「交易で、なにかあったのか?」
「大したことじゃない」
しかし、いまひとつ俺の言を信じていない顔をしている。
自嘲を浮かべてから、俺はゆるゆると首を振り――。
「訂正する。アンタ等にとって、不利になるようなことじゃない」
と、付け加えた。
むしろ、商隊の収容人数を越えた人口の過剰増加は、ここに根を張らざるを得ない状況へとこちらを追い込んでいる。マケドニコーバシオにとっては歓迎すべき事態だろう。国家という枠組みならば、適正に配置でき、かつ、納税できる程度の連中なら人が増えることは喜ばしい事だ。
「こちらは、なにもキミの権力を剥奪しようとしているわけじゃないぞ?」
「俺は、武力であり抑止力だ。国家の保護にアイツ等が戻るというなら、不要になる」
違うか? と、俺よりも若干背が高いプトレマイオスの目を、腰を屈めて卑屈だが傲岸に見える態度で、真下から覗きこんだ。
軍の維持には金がかかる。装備は自弁がが基本だが、これまででは、一部の財産の共同管理を行っていたため、当面は都市予算の支出が必要になる。それを、商人としての感覚が容認するとは思えない。自然と、マケドニコーバシオに自衛の武力を依存し、最後はひとつの商人ギルドへと変わっていくんだろう。
隙を全て衝かれたと理解している。
もう、詰みだと分かっている。
俺の表情から、プトレマイオスもそれを完全に理解したようで――。
「軍人を目指すか?」
ふふん、と、ちょっと上からの笑いではあったが、俺をバカにする調子ではなく、むしろ悪ガキの仲間に対するようなざっくばらんな笑みで、訊ねてきた。
「この国のか?」
聞き返せば、そうだ、とでも言うかのように力強く頷かれた。
は、と、吐き捨てて肩を竦めて見せる。
「俺に合うとは思えんね」
「いや、王太子は、むしろ、キミに興味を持っていた。独立した、国家を捨てた、新興の武装商船隊よりもな。そして、それは正しかったと私も理解した」
意図を測りかねて、訝しむ目を向ける。
プトレマイオスは、今度は少し無邪気に笑い。
「才気は隠せるものではない。会えば分かる。お前は、若いが面白い。戦災難民を救助、組織し、武装商船隊へと育てる。これだけの事が出来る男は、将軍でもめったにいまいよ」
世辞を言っている様子はない。
俺は、甘い言葉で懐柔される性質ではない。
……が、少しだけ心が軽くなった気がした。
誰かにこんなことを言われたのは、はじめてかもしれない。いや、誰かのこんな言葉を素直に受け取ろうと思えたのが、かもしれないが。
「先程も言ったが、王太子が戻るまでは時間がある。軍人として歩むのならこの私が支援する。考えておいてくれ」
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