夜の始まりー2ー
建設中の都市へ着いたのは、テッサロニケーを出発して二日と半日後だった。開放したばかりの奴隷を連れてこの時間だと、急いでも港から一日は掛かるな。
立地が悪いという訳じゃないが、どうしてこの地を選んだのかが気になる。
場所そのものは、川を挟んで南に険しくはないがそれなりの高さの山がある。薪の調達や、河川による豊富な水で、簡単な農業――近くに、栗も自生しているようだな――も可能なので、可もなく不可もなくと見えるが……。コイツ等は交易路として山道は利用出来ないという点を考えれば、やや難の方が多いようにも見える。海運による大量輸送が強みだからな。それに――。
「城壁は作らない計画なのか?」
木の柵で町を囲っているのを見止め、港で俺達を待っていたファニスが近くにいたので、訊いてみた。が、そこまで確認していないのか、ファニスは露骨に慌てた様子で――どうも、こいつは対応力に乏しいな。まあ、最初に思ったとおりではあるんだが――、周囲に視線を彷徨わせた。
城壁が無いのは反乱の防止のためかもしれないが、木の柵では賊の対策に苦労しそうだ。
……いや、そこまで今の俺が気を回してどうする。
軽く首を横に振り、怒りはしない、と、言おうとした時、ファニスを助けるように口を開いたのは、騎乗している監視部隊の指揮官だった。
「新しい建築方法を試している。内側に木材で骨組みを作り、内部は空洞で人が城壁内部を移動出来るようにするんだ」
馬には赤い鞍敷きが敷かれており、革の胸当てに籠手、青銅の兜で身を固めているが、なぜか盾も槍も持っていなかった。腰にハルパー――刃が内側に付いた片刃の鎌剣で、敵を引っ掻くようにして斬る――は差しているが、戦闘用というよりは、藪を分け入ったりする際の補助的な装備に見える。
兜から覗く目は二重で大きく、目鼻立ちがはっきりとしている。
「なんのために?」
訊けば、すぐさま答えられた。
「予算削減じゃない。籠城した際には、予め外せるようにした石窓から槍で城壁を登る敵を攻撃出来るようにするためだ」
籠城? と、首を傾げると、そう来ることも分かっていたようで、こちらが訊ねる前に話し始めた。
「山向こうにテレスアリアとの関所がある。基本的にはそこで敵を塞ぐが、迂回された場合……もしくは、突破された場合は、ここから北西の軍事拠点から増援を送る。川沿いで平野も多いが、市民軍による決戦は考えていないのでな。それまでの数日我慢してくれれば大丈夫だ」
成程な。
ふん、と鼻を鳴らして俺は、コイツを試す意味でも底意地の悪い質問をぶつけてみた。
「常備軍があるなら、財源の商人を戦で割きたくないだけだろ?」
一拍の間があって、指揮官は答えた。
「その通りだ。キミも分かっているとは思うが、騎馬の管理維持には莫大な費用がかかるし、装備や訓練と、戦争中でなくてもある程度の予算が常備軍には掛かってくる」
面白いな、この指揮官。ちゃんと分かっている。
「その分、錬度や指揮が高く、技術も戦時徴用の市民軍とは比べ物にならない」
合いの手を入れれば、少し胸を張るようにして指揮官は話をまとめた。
「分業による効率化だ」
「成程、まあ、いいんじゃないか」
うん? と、指揮官が小首を傾げる。
「コイツ等は、どうも戦いたくない連中のようだしな。しかし、拠点からの距離だけでここを選んだわけじゃないんだろ?」
自分達に対する、そして、マケドニコーバシオの目論見に対する皮肉を込めたニヤニヤ笑いを返せば、指揮官は少しだけ目を逸らし――。
「川の上流に、酪農を営んでいる村がある。有事にはそこの村民の避難も考えているし……、テッサロニケーへと羊毛や牛皮を輸出するだけでは儲けは薄いからな。革や布の加工も行って貰うためだ」
俺が気付いていないとは思っていないようだったが、他の連中は気付いていないと分かっているようなので、指揮官は当たり障りのない答えで話を濁した。
俺の周囲に居た幹部連中も、それで納得しているようだった。
マケドニコーバシオは、他のヘレネスとは文化の差が大きい。
南側の先進国家が一夫一婦制なのに対し、マケドニコーバシオでは一夫多妻制を敷いている。言葉や神は同じだが、生活様式にどことなくアカイネメシス式の部分がある。
その緩衝としての隔離だろう。
まあ、そこまで俺がこいつらに教えてやる理由はもう無いし、言っても素直に聞くとも思えなかったので、作り途中の城門をくぐって町の中へと入った。
進捗は、大体、六~七割と言ったところか。
水源地である近くの川からの水の引き入れや、商用道路の石畳による整備はすんでいるようだが、住居は建築中の物も多いし、中央の神殿やアゴラ――運動や政務、その他観劇なども行う広場――は、整備途中のようだった。収容人数は、内部に三千、城壁周辺の浮民街や行商人の市を考えれば多くとも四千って所か。
「軍事拠点の規模はどの程度だ?」
俺の横を騎馬で歩く指揮官に尋ねると、流石に顔を顰め、ちょっと黙ったが――。
「八百の重装歩兵を中心とした部隊だ」
少し妙だな、と、感じた。
口調から、数を盛ってる気配はない。まあ、有事の際には、港湾都市テッサロニケーや国境警備隊と連携する前提の小規模な基地と認識する。
そもそも、テレスアリアとの関係は良好で、問題はテッサロニケーからどっかの海軍が攻め上る場合だろうから、そこまでの大部隊と連携させることも無いのかもしれないが。
「多少はここにも警備部隊を常駐させるし――」
言い訳、という口調ではない。指揮官の視線の先を見ると、見慣れない兵装の兵士が二人立っていた。
マケドニコーバシオの常備軍、か。
となると、あの小屋は、町の完成後には、出入を確認する詰め所になる場所なんだろう。
しかし、随分と変わった装備だと思った。
重装歩兵と言うには盾が中途半端――腕に固定せずに紐で首から下げて腹当てのような形で股間までを防御している。しかし、鎧は着けず、盾以外には脛当と兜を装備していた。
いや、それ以上に、槍の長さが……。
あくまで目測だが、普通の槍の倍以上の長さがある。穂先は通常の物と同じ、前腕と同じぐらいの長さの青銅の穂先がついているが、攻撃範囲はかなり広いだろうな。
情報が無いが、もしかすると、ここで待っているという王太子の腹心の精鋭なのかもしれない。
「借りても良いか?」
兵士は、慣れないと扱えないと分かっているのか、騎乗した指揮官に伺いもせずにあっさりと槍を俺に渡した。
……ふうん。
思ったとおりかなり重量があるし、長さのせいか、穂先がかなり重く感じる。基本的姿勢である肩の位置で槍を保持するというのは、慣れ以上に天性の才能が必要になってくるだろうな。
軍事拠点の人数が少ないのはそのためか?
右腕だけで槍の石突きを掴み、天を突き上げる。
え、と、誰かの声が聞こえた気もしたが、槍を振るう風切り音で、船の連中なのかマケドニコーバシオのヤツなのかはよくわからない。
振り下ろし様、穂先が地面をこすらないように右腕を大きく引き、両足も大きく開いて、腰の力を利用し――、左手の甲で槍の柄を軽く叩いて持ち上げる。
そして、そのまま穂先が敵の胸を貫ける位置で槍を保持し、速歩からの突撃による一段目。右腕を引いてすぐに、腰を押し出し、仰け反るようにして上半身を軽く回し、その反動だけで位置を変えずに二段目。そこから更に右足で踏み込み、三段目の突き。
柄は、輸入木材だな。
丈夫で良い木材を使っているな。ヘレネスに多い曲がりくねった低木ではこうはいかない。柄が、先端の重量に負けていない。この三段突きで折れないとは思わなかった。
呆気に取られている兵士に槍を返し――多分、盾を腕に固定しないのは、両手で槍を使うためなんだろうな――、それなら、まだなんとか一般人でも扱えそうだ。
お返しに、と、試しに俺の長剣をそのまま差し出してみた。
「重いですね」
受け取った兵士は、両腕で剣を中段に構え、柄尻を腹の盾に当てるようにして保持し、余裕の無さそうな声で言った。
まあ、そうだろうな。全鉄製で厚みもあるので、コイツ等の長槍と同程度もしくはこっちの方が若干重いぐらいだ。
兵士は、柄尻を盾に押し当てたまま、吊り上げるような動きで剣を上げ下げしている。
その動きを見て確信した。
コイツ等は武器を両手で使う軍隊だ。
ヘレネスでは左に盾、右手に剣もしくは槍といった兵装が標準だが、攻撃に特化させようとしているのか、鎧を廃し、盾を――そうだな、仮に首掛け盾とでも呼ぶか――改良し、武器の攻撃距離を伸ばした。
強いかどうかは分からない。正しい方向での改革なのかも不明。
ただ、まあ、槍と違って持つ位置を調整し難い俺の剣にかなり振り回されてはいるものの、まったく使えないって訳でもなさそうだし、弱卒ではないんだろうがな。
苦笑いで俺の剣を返してくる兵士。
俺は再び鞘に剣を収め、背中へ戻した。
ま、コレが見れただけでも、収穫、とするか。
いつかラケルデモンがこの国とも戦わないとも限らないんだし、情報は多いに越したことはない。
俺を王太子が待つとしたら、これから契約文章を彫り込むんだし、神殿の方か、と、更に足を踏み出そうとしたところ――。
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