夜の終わりー5ー
「アーベル、その、今回の事は……」
ティアが去ってすぐにエレオノーレが出てきた。
小走りの感じなんかから察するに、ドクシアディスあたりが先にティアでこっちの様子を探り、機嫌の良し悪しで行くかどうするかを決めようとか提案したんだろう。
んで、話が出来ないほどじゃないとティアが報告した、か。……ん? 死ね、と、ティアは伝えなかったんだろうか? まあ、アイツ、学者の集団の所属とかいってた割にバカだしな、歩く途中で忘れたのかもしれない。
まあ、俺が死ねとか言うのも割と普段の会話なので、話が出来るか問答無用で斬り殺されるかを確認したのかもしれないが……。
改めて、正面からエレオノーレと向き合う。
「お前は、なんでいつも俺の邪魔をする?」
「その、見過ごせなくて。ドクシアディスさんも、自分達で上手くやれるなら奴隷を多少買えるって……」
エレオノーレは、俺の指示に従わなかった気まずさは感じているようだが、悪いことをしたとは感じていない様子だった。眼差しに、迷いが無い。
ふ――、と、溜息を夜空に向かって吐く。
自己管理も先を見通す力も無い正義の味方ほど、厄介なものは無い。善意の押し売りで共倒れ、なんてな。
「お前は、慕われてはいるんだ。それで、船の連中は、金を多少は儲けられても、先の戦争で貧乏籤を引いたように先を見る力は弱い凡俗だ。組んだところで、ろくな結果にはならない」
「だって……アーベルは、見捨てるじゃないか」
エレオノーレの目に、否定的な光が宿る。
「で?」
「結果的にだけど、こうしてたくさんの人を助けられたなら、本当に、平和で強い国へと繋がるんじゃないの?」
ふふん、と、軽く笑ってから俺は前髪を掻き揚げた。
ひとつ大きく息を吸う。
エレオノーレを鋭く睨みつけ、奥歯をきつく噛み締めた。
「……俺が、いつ、そんな目標を話した?」
「え? でも、皆が生きていく為に努力を」
「ああ、そうだ、自分の兵士を養うのは当然の義務だ。それが無ければ、部下は働かない。仲間? 場合によっては、兵士に死ねと命じるのが指揮官だ」
「それは!」
言い返そうとしたエレオノーレの声。
それ以上の大声を被せて、俺はエレオノーレの反論を封じた。
「そして!」
声の圧で負けたエレオノーレの訝しげな視線が俺に向けられている。
「俺は、こいつらの国を作るのが目標じゃない。過程としてそれが必要だったから、土地を掻っ攫うのを今の第一目標にしているだけだ。だが、そこは俺の居るべき場所じゃない」
「……アーベル?」
いつになく不安そうなエレオノーレの声を聞いたが、俺は構わずに――いや、喋るのを自分自身で止められずに、今の……本当に切実な気持ちを、なぜか、いつのまにか、吐露していた。
「俺は、帰りたいだけだ。俺自身のラケルデモンに。……ただ、それだけだ」
エレオノーレが驚いた顔で俺を見ている。
フン、と、鼻で笑い――。
今更なにを、と、ようやく皮肉の笑みを返せた。
俺はずっと、帰りたかった。心の奥では、それしか考えていなかった。でも、無理だった。ただ負け犬になるためだけに故郷へなんて帰れない。
あの国には、俺の出自を知る人間がいる、レオもいる。恥にまみれてあざ笑われての帰国なんて、俺のプライドが許さなかった。
国を出るときには思っていなかった。
他国の一般的な市民が、これほど、無能だなんて。
もっと上手くことが運べると思っていた。
なのに、あれから半年以上がたつのに、俺はまだ先が見えてない。間違っていた、なんて思いたくは無いが……。
「この船が、私達の帰る家じゃないの?」
声に弾かれて――いつのまにか、俯いてしまっていたらしい――、足元の視線をエレオノーレの顔へと向ける。
気の強い眼差しが、グリーンの瞳が、どこか卑屈な色を感じさせる俺自身を映していた。
「お前の仲間で、お前の家族、だろ? 勘違いするなよ、俺のじゃない。俺のと言う言葉で続けるなら、繋がる言葉は兵隊だけだ」
それも幻想だったがな、と、自嘲気味に付け加える。
「アーベルは、なにがしたいの?」
鋭く問い詰めるような声に、肩を竦めて応じる。
「昔、言ったとおりだ。傭兵団を作り、ラケルデモンに侵攻し、あの国の勢力のひとつとなる。ラケルデモンの権力に返り咲きたい。再起することによって――、全てに対する復讐を完遂したい。それだけが、俺の望みだ」
「違う!」
「違わない。お前は、なにを誤解していたんだ? いつも言っているだろ? はっきりモノは言えと、勝手な思い込みで俺を語るな!」
すぐ目の前にいるエレオノーレが、遠く離れていくのを感じた。
いや、分かっていたことなんだ、少なくとも俺には。
必ず訪れる瞬間が、そのタイミングでもないのに着てしまったというだけだ。
俺がいる場所はここじゃない。
しかし、俺がここを離れるのは今じゃない。
「ドクシアディスや、お前のくだらない試みに乗った連中で、今後の弥縫策をまとめ、俺に報告しろ、以上だ。そして、さっきも言ったがこれは命令だ。お前の言う、お願いじゃない、分際を弁えろ」
エレオノーレの肩に手を乗せ、半回転させて俺に背中を向けさせる。その背中を軽く押せば、エレオノーレは船室の入り口の方へと向かってふらふらと歩いていった。
国に帰りたい、か。
一度はっきりと言葉にしてしまうと――、中々抑えがたい感情だった。
誰にも理解されなくても、周りに敵しかいなくても、なんの辛さも感じなかったのに、今は少し、胸が苦しかった。
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